4-2 敵襲、ニブルヘル砦防衛戦
取り返しの付かない悲劇に出会うたびに、どこで道を間違えたのだと決まって人は悩み苦しむ。
あまつさえ努力と注意が足りなかったのだと己をいたずらに責める。
あるはずだった目前の希望が、一生手に入らないものだと悟り、それが絶望へと変わるのだ。
開拓は順調だった。
金と水と食料がニブルヘルの隠し砦に集まり、侯爵軍に1歩勝る新装備も兵たちに広がりつつあった。
だが――
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「敵襲ッッ、敵襲ーッッ! 者ども起きろォォッッ!!」
侯爵の宝物庫を荒らしてまだ月齢が1周もしていないその早朝、ニブルヘルの砦が襲撃を受けた。
最近はアウサル当人がいた方が財宝の取引に有効だということで商談に同行しつつ、暇な日は練兵所でラジールにしごかれる生活を続けていた。
実践がこんなに早いなんて聞いていない。
……なんて異界本の新兵たちならぼやくことだろう。
「いるか同志アウサールッ、よしいたな付いて来い! ああルイゼはいらん、さすがに死なれたら困るからなっ!」
「え、そんな……ぼ、ボクだって……」
ルイゼがゴネようとしたが無駄だった。
そこにいるのは武人の顔したラジールで、取り付く島もなくキッパリと言い放つ。
「要らんっ弱いやつは邪魔だ、後ろで支援だけしてろ、よし行くぞ同志アウサル!」
「ルイゼはグフェンのところに行け、後方で動く人材も必要だ。ではな」
「いってらっしゃいませアウサル様! その……どうかご無事で……」
話が決まったのでラジールと共に砦を飛び出す。
正門を出たところで彼女の直属が集結して、そのまま後続との合流も考えずに敵軍勢目指して突っ込んでゆく。
「おいちょっと待て、念のため聞くが勝算はあるんだろうなっ?!」
「問題ない、向こうも小手調べのはずだ、我ら精鋭で先鋒を撃滅し出鼻をくじく! その頃にはグフェンとエッダが兵をとりまとめてくれるはずだっ、ガハハッ!」
なるほど直感で動いてるふしはあるが理屈もちゃんと通っている。
……俺たち戦士の危険の方を、全くといって考慮に入れてない点を抜けば。
「おいラジール」
「何だ同志アウサル、戦いで細かいことは気にするなっ!」
異界にこんな言葉がある。水を得た魚。
ラジールの童顔が豪快な笑顔を浮かべ、危なっかしくその背負った大剣をブンブン揺らした。
……戦闘になったらまずコイツから離れんと巻き添えだな。
「逆だ逆っ、命かかってんだから気にするに決まってるだろ! それより向こうの先鋒なんだが……こちらの5倍じゃきかない数がいないか? いやいるよな?!」
「そうだな6、7倍といったところか! この兵力差! 胸が熱くなってくるよなぁ同志たちよぉ~っ♪♪」
「イエスッ、ハイルラジールッッ!!」
ダメだコイツら、エルフは長寿ゆえに戦いで死ぬのを嫌うそうなのに……コイツら真逆を行ってやがる……。
なるほどだからこそコイツは特別なのだな……。
「弓が来るぞっ、避けろーっ!」
「はいそうですかと避けれるかよっ、何で俺をこんな最前線に連れ……うぉぉぉっ?!!」
先鋒部隊より矢の雨が飛んで来た……。
やはり侯爵の軍だ。どうやって迷いの森を突破……いやそれどころじゃない!
ラジールがその矢の雨に向かって跳躍する。
大剣をみね打ちにして一閃すると、周囲の矢がまとめて飛び散った。
下げた俺の頭の上を迎撃し損ねた矢が通過してゆく……。
「突撃せよーっ突撃せよーっ、なーに1人あたり7人倒せば緒戦は我らの勝利だワッハッハーッ!!」
「イエスッ、ハイルラジールッ!!」
コイツら無茶苦茶だ……。
それで弓を回避したらすぐに先鋒と激突した。
ラジールが開幕いきなり1撃で敵兵3体を倒し、そのまま奥へ奥へと突っ込んでゆく。
当然のように俺たちもそれに従うらしかった。お断りすれば孤立して死ぬ。
「きっ、貴様はッ、呪われた地のアウサルッッ?!!」
「……まあそうなるよな、悪いがそういうことだ、スコップの前にやられてくれ」
このまま続いて突破をしてゆくとなると、いきなり正面2兵を素早く片付けなくてはならなくなった。
幸い俺の姿に驚いていたので、足下の土を2発飛ばして視界を奪う。
あとはスコップでぶっ叩いてどうにかこうにかした。
「よし反転だっ、我に続け勇者たちよっ、予想通りヤツらアウサルにビビってるなーっ、ガハハッバカめっ美しい竜ッ眼ッだというのになーっ!!」
「アンタ……アンタな……」
だてに客将なんて気取った助っ人してないわけだ。
ラジールが反転を指示すると、また一丸となった突撃が敵先鋒部隊の布陣を台無しにする。
だが俺もラジールにいいように使われたりなどしない、さきほどの突破で穴をいくつか掘っておいた。
「うっうわっ押すなっ、あああーっっ?!!」
「穴がっ、何でこんな場所に穴がっ、うわああっ?!!」
軍隊相手なら陥没を掘ってやるだけでいい。
行軍する仲間に押されて何名かが深い穴底に落ちる。
「やるではないか同志アウサル! 良いぞ良いぞっ、この戦、快勝が約束されたようなものだなっ!!」
「とか言いながらアンタ何十人片付けたよ……」
信じられない、その後も死傷者0でラジール隊は敵先鋒をほぼ全壊させてさらに後退させた。
そこにニブルヘルの後続部隊がやって来たからだ。
・
「お待たせましたラジールさん! ……何だ、お前もいたのかアウサル」
近接も魔法も出来るダークエルフの兵たちが、ヒューマンたちの軍隊を圧倒してゆく。
「アンタこそ遅いじゃないか、こっちはラジールに連れ回されて半分は死んだ気分だったよ」
「フハハッ、謙遜するなアウサル! やはりお前は素晴らしいっ、どうだ我が副将にならんかっ?!」
このラジールさえいれば力技とその猛将の呼ぶ流れというもので、案外どうにかなってしまうのではないか。
「断る。死ぬほど苦労しそうだ」
「うむっ、実際のところ本当にバッタバッタと死んでゆくからな! それが闘争の宿命よ……」
こんな戦い方に付き合ってたらそりゃそうだ。
それはそうとエッダの軍が前を固めてくれたおかげで、少し俺たちも休めそうだった。
スコップを杖にしてぼんやり前線を眺める。
「休憩中に申し訳ないですがラジールさん、どうも敵兵が多いです。前に加勢してはもらえませんか?」
「よしわかった! 行くぞ野郎どもっ、あと同志アウサールッ!」
スコップと穴掘りにしか能のない俺に、また前に立てと言う。……却下だ。
「悪いが俺はいかん。ここでやりたいことがあるから別行動しよう。……何より付き合ってられん」
「なんだそうか。じゃあまた後で一緒に突撃しよう! 約束だぞアウサルッ!」
倒しても倒しても新手が現れる。
その最前線へとラジールの部隊が側面より迂回して進軍していった。
すぐに前を阻まれて、だが圧倒的な練度でそこだけ前線を押し上げてゆく。
「で、お前は何をすると言うのだ?」
「一応ここが本陣だろ。グフェンは砦か?」
「ああ。私が迎撃部隊の指揮をとることになった。グフェンは万一のために籠城の準備に入った」
籠城してどうするんだ。
俺たちを助けてくれる勢力なんて、近くて遠方のライトエルフの国くらいだろう。どう考えても間に合わない。
「……何をしているアウサル」
「何って……落とし穴を作る。ああ、近づかない方が良いぞ、兵に言っておいてくれ」
この迎撃部隊本陣を守るのは本隊しかない、主力は前だ。
そうなれば敵は側面を突いて来るに決まっている。それも想定の上なのかもしれないが。
「悪くない。お前のその力、利用させてもらおう」
「え、いやこっちは保険のつもりだったんだが」
本陣を離れてその左翼部に落とし穴を掘っていった。
力の限り山ほどの落とし穴をだ。広範囲に、不規則に、無数に用意してやった。
やがて敵迂回部隊が本陣を突きに来た。
エッダがわざと左翼側を手薄にしたのだ。これでチェックメイトだと、焦った敵遊撃部隊が手薄な本陣に食らいつく。
「お、落とし穴だとォォッ?! エルフどもめ汚っ――」
それを目前にして敵兵の大半が罠にはまった。
運良く抜けた兵もいたが少数だ。
「よし掛かったっ、者ども撃てぇーっ!!」
弓が得意な者は弓を、魔法が得意な者はライトニングボルトを罠により無防備化した敵に撃ち込んだ。
敵遊撃部隊が瞬く間に壊滅する。
「やった! この調子で敵を追い払え! アウサル、お前は同じ物を右翼に頼む!」
「……そうほいほいと同じ奇策に引っかかるかな。いやまあ一網打尽にしたしもうワンチャンくらいはあるか? わかったアンタに任せる」
フェンリエッダの読みはあっさり当たってしまった。
今度は右翼に新しい遊撃部隊が現れ、ソイツらをまた俺たちが落とし穴と一斉追撃で全滅させた。
戦況は俺たちの優勢、ヒューマンを倒して倒して倒しまくった。
だが……。
だがおかしいのだ。
敵の増援が途切れることはなかった。
倒しても倒しても現れる敵軍に、ついにニブルヘルの精鋭たちも疲弊することになった。
次第に押し込まれ、無限の増援に兵たちも動揺している。
このままでは崩れるのではないか? そうエッダに忠告しかけた時だった。
「あれは撤退命令だ……。ラジールさんを下がるよう説得しないとな……」
砦よりのろしが上がった。
詳しくはわからないがそういうことらしい、こうなってはもう崩れる前に下がるしかなかった。
「わかった、ならば少しの間別行動させてもらおう。アンタたちの悪いようにはしない、信じてくれ」
「……わかった。お前は2度も私たちに奇跡を見せてくれた、今回も信じるよ。ただ……どうするのか説明くらいはしてくれ」
時間が惜しかったのだが確かに協調も大事だ。
手早くエッダに説明してただちに俺は後ろに下がった。
やることそのものはそう難しいものではない。
実のところいつもの力技だ。
急いで砦の目前まで戻ると、俺はその周囲を深く堀り込んでその土を外壁に堅く塗り固めた。
つまり……より深い堀と、土壁を大急ぎで用意したのだ。
何とか強行突破を受けないところまで防御力を上げて、それから撤退支援のため正門外れに落とし穴を増やしまくる。
これにまんまとかかった敵兵へ、城壁からのえげつない狙い撃ちがなされた。
「おおーっ同志アウサールッ、こんなところで会えるなんてやはり運命かっ!!」
「アンタがしんがりだよな、いいや言わなくてもわかってる、よし下がろう!」
やがて最後方、しんがりのラジールが来た。
なんと敵騎馬を5騎も引き連れて……。
つまりコイツより後ろに下がったら死ぬ。だからラジールの前を必死で走る。
「行かせるかこの裏切り者め!!」
「ああそうだとも俺は同族のヒューマンだから裏切り者だなっ!!」
俺の目前にも騎馬が回り込んだ。
ラジールなら平然とぶった斬って突破するんだろうけどな、俺はそんな豪傑ではない。
騎馬の槍をスコップで受け流し、そのまますり抜ける。
……馬のひずめ下から土をごっそり奪って転倒させながら。
「う、馬がっ、ちくしょぅ!! この裏切り者の、化け物めっっ!!」
後方より罵声が聞こえたが無視した。
ラジールと肩をそろえ、いや身の危険的にコイツとだけは肩をそろえちゃいけないんだが……。
それでもなんとか俺たちは砦内部に落ち延びることに成功していた。




