第27話 内政のリーリャ vs 外交のララ
商会との契約が結ばれ、テラ・テルマエは新たなフェーズへと突入した。
これまでの「自給自足の隠れ里」から、「対外交易を行う生産拠点」への脱皮だ。
だが、急激な変化には軋轢が付き物だ。
その日の朝、集会場の会議室は、氷点下の空気に包まれていた。
「却下する。そんな無茶な計画、認められるわけがない」
リーリャが低い声で言い放ち、テーブルの上の書類を押し返した。
対面に座るララは、不満げに眉をひそめ、扇子でパタパタと顔を仰いでいる。
「どうして? とても合理的で、利益が出るプランよ? マザーさんの計算でも実現可能って出てるじゃない」
「マザーは機械だ。だが、働くのは『人』だ。そこを履き違えてもらっては困る」
二人の間には、目に見えない火花が散っている。
俺とシロは、部屋の隅で縮こまりながらその様子を見守っていた。
シロが「くぅ〜ん」と心配そうに鳴く。俺も同感だ。
事の発端は、ララが提案した『生産拡大計画書』だった。
ララは、テラ・テルマエの特産品である「高栄養野菜」と「ミスリル製品」を、王都や他国へ大量輸出することを画策している。
そのために、エルフたちの労働時間を増やし、交代制を導入して24時間体制で農地を管理するよう提案したのだ。
「いいこと、リーリャさん。商機というのは生鮮食品と同じなの。鮮度が命よ。今、この瞬間に市場へ打って出れば、私たちは莫大な市場を独占できるわ」
ララが熱弁を振るう。
「そのためには在庫が必要なの。エルフの皆さんがのんびり歌いながら水やりをしている時間があったら、もっと効率的に収穫できるはずよ」
「のんびりではない!」
リーリャが机を叩いて立ち上がった。
「私たちは植物と対話し、精霊の声を聴きながら育てているのだ。それをただの作業として効率化すれば、野菜の品質は落ちる。何より、私の民を道具のように扱うことは許さん!」
「道具だなんて言ってないわ。正当な対価は払うって言ってるじゃない。お金があれば、もっと豊かな暮らしができるのよ?」
「金で買えないものがある。安らぎや、自然との調和だ。お前のような金の亡者には分からんだろうがな!」
「なっ……! 亡者ですって!?」
ララも立ち上がる。
睨み合う二人。
内政と住民の保護を最優先するリーリャ。
外交と利益の最大化を目指すララ。
どちらの言い分も正しい。正しいからこそ、譲れない。
『マスター。お二人の血圧が上昇中です。このままでは物理的な衝突に発展する恐れがあります』
マザーが呑気なアナウンスを入れてくる。
「……分かった、一旦ストップだ!」
俺は二人の間に割って入った。
「議論が平行線だ。頭を冷やそう。……ちょうど昼時だ。飯にしないか?」
「私は食欲などない!」
「私もよ! こんな頑固な人と食事なんて!」
二人はプイッと顔を背けた。
やれやれ。これでは美味しい野菜も台無しだ。
俺はため息をつきつつ、しかし職人としての勘で「解決策」を閃いていた。
ピリピリした空気には、ピリピリした料理がよく効く。
そして、疲れた頭には強烈な刺激が必要だ。
「マザー、キッチンを借りるぞ。……スパイスの準備を頼む」
『了解しました。刺激的なランチをご所望ですね』
俺は厨房に立ち、袖をまくった。
今日のメニューは、南方の国々で主食として食べられている料理をアレンジしたものだ。
暑い国で生まれたその料理は、発汗を促し、身体の熱を取り除くと同時に、強烈なスパイスで食欲を増進させる。
「まずは生地作りだ」
前日から水に浸けておいた米と、皮をむいた豆を、マザーのミキサーですり潰し、ペースト状にする。
これを一晩発酵させると、独特の酸味と気泡を含んだ生地になるのだが、今回はマザーの「タイム・アクセラレーション」機能を使って、数分で発酵状態まで持っていった。
「次に、中身だ」
フライパンに油を熱し、茶色い粒状のスパイスを入れる。
パチパチと弾ける音と共に、香ばしい香りが立つ。
そこに南方の香草、玉ねぎ、青唐辛子を加えて炒める。
玉ねぎが透き通ってきたら、茹でて潰したジャガイモを投入。
黄色い粉末と塩で味を整えれば、黄金色に輝くスパイシーなポテト炒め「香辛料ポテト」の完成だ。
「よし、焼くぞ」
熱した鉄板に、お玉一杯分の生地を流し込む。
お玉の底を使って、円を描くように薄く、薄く広げていく。
ジュワアアァァ……。
薄焼きパンのように広がる生地。
表面に気泡がぷつぷつと浮き上がり、縁がめくれ上がってパリパリに焼けていく。
香ばしい穀物の香り。
焼き上がった生地の中心に、先ほどのポテトを乗せ、くるりと巻く。
巨大な筒状になった、パリパリの薄焼きパン。
「南方の香辛料と芋の薄焼き包み」だ。
「付け合わせも忘れるなよ」
ココナッツの果肉、青唐辛子、生姜、ヨーグルトをミキサーにかけた白いペースト。
そして、豆と野菜を酸味のある果実で煮込んだ、酸っぱくて辛いスープ。
これらを添えることで、味の無限ループが完成する。
「最後に、飲み物だ」
議論で疲弊した二人には、これが必要だろう。
俺は冷蔵庫から、怪しげな瓶を取り出した。
中に入っているのは、マザーが調合した「特製活力エキス」だ。
カフェインを含む木の実、滋養強壮に効く薬草、ローヤルゼリー、そしてビタミン豊富な果汁を黄金比でブレンドしたもの。
これを、キンキンに冷えた強炭酸水で割る。
シュワワワワッ!!
グラスの中で弾ける黄金色の泡。
見ているだけで力が湧いてきそうな色合いだ。
名付けて「黄金の気付け水」。
「完成だ!」
「……なによ、これ」
テーブルに置かれた巨大な筒状の物体を見て、ララが目を丸くした。
リーリャも怪訝な顔をしている。
「南方の料理だ。……まあ食ってみろ。手で千切って食べるんだ」
俺が手本を見せる。
パリッと音を立てて生地をちぎり、中のポテトを包んで口に運ぶ。
香ばしい生地の酸味と、ホクホクしたジャガイモの甘み、そしてスパイスの辛味が口の中で弾ける。
「んんっ、美味い!」
つられて二人が手を伸ばす。
パリッ、サクッ。
「……!」
二人の動きが止まった。
そして、無言でもう一口。今度は白いペーストをつけて。
「……辛い。でも、まろやかだ」
リーリャが呟いた。
「生地がパリパリで、中がしっとり……。こんな食感、初めてよ」
ララも驚いている。
スパイスの香りが、沈んでいた食欲を強引にこじ開けていく。
二人の手が止まらなくなった。
酸っぱいスープをすすり、また薄焼きパンをかじる。
額に汗が滲むが、それがかえって心地よい。
「ここで、これを飲むんだ」
俺は黄金色の炭酸水を差し出した。
二人は疑いながらも、一口飲む。
ゴキュッ。
「――っくぅぅぅぅ!!」
ララが親父のような声を上げてグラスを置いた。
「な、なによこれ!? 喉がビリビリする! でも、すっごく目が覚めるわ!」
「……体の中から、力が湧いてくるようだ。疲労が霧散していく……」
リーリャも驚愕している。
カフェインと炭酸、そして糖分のトリプルパンチが、疲れた脳に直撃したのだ。
まるで背中に翼が生えたような高揚感。
完食する頃には、二人の顔からは険しい表情が消え、代わりに血色の良い、スッキリとした顔つきになっていた。
「……ふぅ。生き返ったわ」
ララが満足げにお腹をさする。
「ああ。素晴らしい食事だった。……頭が冷えたよ」
リーリャが静かに言った。
そして、俺ではなくララの方に向き直った。
「ララ殿。……先ほどは言い過ぎた。すまない」
彼女は素直に頭を下げた。
「お前の提案が、この領地を思ってのことだというのは分かっている。ただ、私は変化を急ぎすぎて、大切なものを失うのが怖かったのだ」
「……私もよ」
ララもバツが悪そうに視線を逸らした。
「あなたの言う通り、効率ばかり追い求めて、現場の人たちの気持ちを無視してたわ。商品が良いのは、作り手が愛情を込めてるからこそだって、この料理を食べて思い出したわ」
ララは皿に残った生地の欠片を見つめた。
手間暇かけられた料理には、心を動かす力がある。
「ねえ、リーリャさん。折衷案を探しましょう」
ララが提案する。
「交代制はやめるわ。その代わり、収穫した野菜の『選別』と『梱包』の作業だけ、少し効率化させてもらえないかしら? マザーさんの力を借りて自動化すれば、エルフの皆さんの負担を減らしつつ、出荷量は増やせるはずよ」
「……選別と梱包か。それなら、土に触れる時間を減らさずに済むな」
リーリャが考え込む。
「それに、観光客の受け入れも制限しましょう。完全な開放ではなく、一日数組限定の『特別招待客』のみを受け入れる形にするの。そうすれば、静かな環境を守りつつ、高い収益を上げられるわ」
「限定……か。それなら、私たちの生活も守られる」
リーリャの表情が明るくなった。
「悪くない提案だ。……さすがだな、ララ殿」
「ふふん、伊達にエリアマネージャーやってないわよ。それに、あなたのこだわりも尊敬するわ。品質を守る『防壁』として、これからも私に睨みをきかせてちょうだい」
ララが手を差し出す。
リーリャは少し驚いた顔をしたが、すぐに力強くその手を握り返した。
「ああ。お前が暴走しそうになったら、私が止める。……その代わり、外の世界との戦いは任せたぞ」
「ええ。任せておいて! 値切り倒して、最高の条件を持ってくるわ!」
ガッチリと組まれた手。
先ほどまでの険悪な空気は消え、そこにはお互いの領分を認め合った「戦友」のような信頼感が生まれていた。
内政の守護者リーリャ。
外交の切り込み隊長ララ。
最強のタッグの誕生だ。
「やれやれ……。雨降って地固まる、か」
俺は残った炭酸水を飲み干した。
足元では、いつの間にか来ていたシロが、俺の膝に前足を乗せて「ボクのは?」という顔をしている。
「お前には刺激が強すぎるからダメだ。後でミルクをやるよ」
「わふぅ……」
残念そうなシロを撫でながら、俺は二人の女性を見守った。
これでテラ・テルマエの運営基盤は盤石だ。
俺は技術に専念し、リーリャが内を固め、ララが外を攻める。
完璧な布陣じゃないか。
「さて、二人とも。仲直りの印に、デザートでもどうだ? 甘いヨーグルトがあるぞ」
「食べる!」
「いただく!」
声が重なり、二人は顔を見合わせて笑った。
その笑顔は、スパイスの後の甘味のように、爽やかで甘美だった。
こうして、テラ・テルマエの「第一次内戦」は、美味しい料理と活力の秘薬によって、平和的に解決されたのだった。




