第23話 迷宮の主 vs 採掘ドリル
地下迷宮の空気は、深く潜るほどに重く、淀んでいく。
だが、そんな陰鬱な空気も、我が相棒であるギガント・マザーの爆音と排気の前では霧散してしまうようだ。
ガガガガガガガガッ!!
ドリルが岩盤を砕く音が、狭い坑道に反響する。
俺たちはもう、何時間掘り進んでいるだろうか。
背中のカーゴスペースは、すでに回収した鉄鉱石や魔石で満杯に近い。
だが、マザーのセンサーはまだ「先」を示していた。
『マスター。この先のエリアに、極めて高純度のレアメタル反応を確認。おそらく、この施設の動力炉か、あるいは貯蔵庫だった場所です』
「よし、そこが終点だな。一気にいくぞ!」
『了解。……おや?』
マザーが不意に速度を落とした。
前方の闇の中に、巨大な扉が立ちはだかっていたのだ。
高さ10メートルはあるだろうか。黒い金属で造られた重厚な扉には、禍々しいレリーフが刻まれ、封印のような魔力が漂っている。
いかにも「この先、ボス部屋」という威圧感だ。
「……鍵穴は見当たらないな」
『ピッキングは不可能です。物理的なロックではなく、魔力認証式のゲートのようです』
「解除コードなんて知らないぞ」
『問題ありません。鍵がないなら、ノックをすればいいのです』
ウィィィィィン……。
マザーの前面にある二連装ドリルが、高速回転を始めた。
ノックの意味を履き違えている気がするが、訂正はしない。
『開けてください。宅配便です』
ズドォォォォォォンッ!!
ドリルが扉に突き刺さる。
火花が散り、金属の悲鳴が上がる。
数千年の時を耐えた封印も、超古代の採掘兵器の前では紙切れ同然だった。
重厚な扉はひしゃげ、蝶番が弾け飛び、轟音と共に内側へと倒れ込んだ。
土煙が晴れると、そこには広大なドーム状の空間が広がっていた。
壁一面に埋め込まれた発光石が、青白く輝いている。
そして、部屋の中央。
山のように積み上げられた宝の山の上に、その主は鎮座していた。
「グモォォォォォォォッ!!!」
咆哮が空気を震わせる。
牛の頭と、巨人の体を持つ魔獣。
『ミノタウロス・ロード』。
通常のミノタウロスの倍、優に5メートルはある巨体だ。
全身の筋肉は鋼鉄のように隆起し、手には巨大な戦斧を握りしめている。
その鼻息からは、高熱の蒸気が噴き出していた。
「……でかいな。迷宮の主ってわけか」
俺は息を呑んだ。
Aランク相当の魔物だ。かつての勇者パーティでも、全員で連携してようやく倒せる相手。
今の俺には武器がない。丸腰だ。
だが、不思議と恐怖はなかった。俺は座っているシートの背もたれに深く体重を預けた。
「マザー、やれるか?」
『愚問です、マスター。採掘作業における最大の障害物は「硬い岩盤」ですが、あの牛さんは岩盤より柔らかそうです』
マザーの分析は冷静、かつ辛辣だった。
『それに、通路のど真ん中に居座って……。あなたいつまで道を塞いでいるの! 工期が遅れるでしょうが!』
ヒュオンッ!
マザーが加速した。
戦車形態のトップスピードで、ミノタウロスに向かって突撃する。
「ブモォッ!?」
ミノタウロスが反応する。
その巨体に似合わぬ敏捷さで戦斧を振り上げ、マザーの突進を迎え撃とうとした。
巨大な斧が、マザーの装甲めがけて振り下ろされる。
ガギィィィィィンッ!!
凄まじい金属音が響いた。
だが、砕けたのはマザーの装甲ではない。
戦斧の刃だった。
マザーが展開したエネルギーシールドに弾かれ、斧は飴細工のようにひしゃげていた。
「ブモッ……!?」
ミノタウロスが驚愕に目を見開く。
その隙を、マザーが見逃すはずがない。
『採掘開始』
ギュイイイイイイインッ!!
右側のドリルが、ミノタウロスの胴体に突き出された。
回避しようとしたミノタウロスの脇腹を、高速回転する刃が掠める。
それだけで、分厚い皮と筋肉がごっそりと抉り取られた。
「グアァァァァァッ!!」
絶叫。
ミノタウロスがよろめき、後退する。
だが、マザーは止まらない。
今度は左側のドリルを突き出しながら、さらに前進する。
『逃げないでください。まだ掘り足りません』
追い詰められる迷宮の主。
もはやどちらがボスで、どちらが侵入者か分からない。
ミノタウロスは最後の悪あがきとばかりに、角を振り立てて突っ込んできた。
質量と質量のぶつかり合い。
ズンッ!!!
激突の瞬間、勝負は決した。
マザーの排土板が、ミノタウロスの突進を受け止め、そのまま押し返したのだ。
キャタピラが大地を噛み、強烈なトルクを生み出す。
ズルズルズル……と、巨体のミノタウロスが後ずさりさせられていく。
『パワー不足です。もっと食べて鍛え直してきなさい』
マザーがさらに出力を上げる。
ミノタウロスは為す術なく壁際に押し付けられ――。
ドシュッ!
マザーのドリルが、その心臓部を正確に貫いた。
断末魔すら上げることなく、巨大な体から力が抜けていく。
光の粒子となって消滅していく魔物。
後に残ったのは、巨大な魔石と、ドロップアイテムである立派な角だけだった。
『障害物、排除完了。……ふぅ、いい運動になりました』
マザーがドリルを空転させて血振るいをする。
その仕草は、エプロンの汚れを払う主婦のように軽やかだった。
「……お疲れさん。相変わらず無茶苦茶だな」
俺は苦笑いしながら、安堵のため息をついた。
さて、邪魔者はいなくなった。
俺たちは部屋の奥、ミノタウロスが守っていた「宝の山」へと向かった。
『反応通りです。古代の合金インゴット、それに高純度の魔導コンデンサ……。これだけあれば、領地の設備を大幅に強化できます』
「大収穫だな。全部持って帰ろう」
俺たちはマザーのカーゴに戦利品を積み込んだ。
満載だ。これ以上は積めないというくらい、マザーの背中は膨れ上がっている。
「よし、帰るか。リーリャとシロが待ってる」
『はい、マスター。安全運転で参りましょう』
地上に戻った時には、すっかり夜になっていた。
荒野の星空の下、テラ・テルマエの明かりが見えた時、俺は心の底からホッとした。
ただの荒地だった場所が、今は「帰るべき家」になっている。
居住ユニットの前にマザーを停め、ハッチを開ける。
すると、待ち構えていたかのようにドアが開き、リーリャとシロが飛び出してきた。
「おかえり、アルド!」
「わふっ! わんわんっ!」
シロが尻尾を高速で振りながら足元にじゃれついてくる。
リーリャも駆け寄ってきて、俺の体をペタペタと触って確認した。
「怪我はないか? 無事か?」
「ああ、大丈夫だ。マザーのおかげでかすり傷ひとつないよ」
「よかった……。本当に、よかった……」
リーリャは心底安心したように目を潤ませ、それからハッとしたように居住まいを正した。
「あ、すまない。出迎えが騒がしくなってしまったな」
「いや、嬉しいよ。こんな風に出迎えられるのは初めてだからな」
俺は照れくささを隠すように、背中の荷物を指差した。
「お土産も山ほどあるぞ。これで新しい農具も作れるし、家の補強もできる」
『シロちゃんへのお土産もありますよ。ミノタウロスの角で作った、特大の骨ガムです』
マザーが加工済みの角を放り投げると、シロは空中でそれをキャッチし、嬉しそうにガリガリと噛み始めた。
「さあ、中に入ろう。腹が減って倒れそうだ」
「ああ。約束通り、夕食の準備はできているぞ」
リーリャに促され、俺は家の中へと入った。
リビングには、温かい料理の香りが充満していた。
テーブルに並べられているのは、昼の通信で話していた魚料理だ。
『白身魚の香草蒸し』。
地下湖で獲れた白身魚を、ハーブとオリーブオイルでマリネし、野菜と一緒に蒸し焼きにしたものだ。
リーリャが俺のレシピを見様見真似で、マザーのサポートを受けながら作ったらしい。
「冷めないように、保温魔法をかけておいたのだが……味は保証できんぞ」
リーリャが少し不安そうに言う。
俺は席に着き、一口食べた。
ふっくらとした身が口の中で解け、ハーブの香りが広がる。
塩加減も絶妙だ。
「……美味い。店が出せるレベルだ」
「本当か? お世辞ではないか?」
「本当だよ。疲れた体に染み渡る味だ」
俺が素直に褒めると、リーリャは花が咲いたように微笑んだ。
その笑顔を見て、俺の疲れも一気に吹き飛んだ。
食後、俺たちはテラスに出て、夜風に当たりながらお茶を飲んだ。
足元ではシロが骨ガムを抱えて満足げに寝転がっている。
「……いい夜だな」
「ああ。お前が無事に帰ってきてくれて、本当によかった」
リーリャが俺の隣に座り、そっと肩を寄せてきた。
夜の静寂の中、二人の距離が自然と縮まる。
これは、デートだ。
派手な場所に行くわけでも、特別なことをするわけでもない。
ただ、同じ時間を共有し、互いの存在を確かめ合うだけの、静かなデート。
「アルド。今日、お前を待っている間、ずっと考えていたんだ」
リーリャが星を見上げながら呟いた。
「この場所が、どれほど私にとって大切かということを。……そして、お前の存在が、私の中でどれほど大きくなっているかということを」
「リーリャ……」
「私は、もうお前なしの生活など考えられない。……これからも、ずっと傍にいさせてくれ」
それは、以前よりもはっきりと、そして深い情愛を含んだ言葉だった。
俺は彼女の手を取り、強く握り返した。
「ああ。俺もだ。君がいないと、ここの飯も美味くない」
「ふふっ。食いしん坊な理由だな」
リーリャが笑い、俺の肩に頭を預けてきた。
甘い香りが鼻をくすぐる。
マザーのカメラアイが明滅している気配を感じたが、今夜だけは見逃してやることにした。
ダンジョンの激闘と、帰還後の安らぎ。
その落差が、今の幸福をより鮮明にしてくれる。
俺たちは言葉もなく、ただ寄り添い合って、テラ・テルマエの夜を過ごした。
明日からはまた、持ち帰った資材を使っての忙しい日々が始まる。
だが、今はただ、この温もりを感じていたかった。




