雪降る日、遅刻とちよこれいと
2月14日、バレンタインデー。私は、昨夜から降り始めた雪をアパートのベランダからぼんやりと眺めていた。東京の街はいつも通り忙しく、早朝にもかかわらず、足早に行き交う人々が雪を避けるように歩いていた。曇天の空を見上げる。白い綿のような雪が降っても、私の心の中は何だか晴れない。外の寒さと、胸の中のモヤモヤが不思議な形でリンクしているようだった。
私は営業部に勤務する典型的な社畜女子。ギリギリまで寝ているため、毎朝、駅まで走り、満員電車に揺られて会社へ向かう。今日もまた、眠気と疲れが全身を支配しながらの出勤だ。準備を終えて、玄関を勢いよく出た。冷たすぎる風が頬を刺すようだったが、今日だけはその冷たさにも負けたくない。今日はバレンタインだ。今年のバレンタインだけは、特別な意味があると強く感じていた。
……今日こそは、絶対に告白しよう。この日を逃したら、もう……。
私は心の中でつぶやき、握りしめたスマホを見つめた。その画面には、送ろうとしていたメッセージが途中で止まっている。昨夜、決心がつかなくて、送れなかったのだ。
……バレンタインにチョコレートを渡すなんて、今まで考えたこともなかった。でも、今年は違う。私は、あの人にこの気持ちを打ち明けたい。
心の中で、自分にそう言い聞かせる。少しだけ、昨日より強くなれた気がして、会社へと向かう。
だが、現実はどうだろう。私の職場は、朝から晩まで忙しく、デスクの上には仕事の山が待ち構えている。最近、上司からも残業規制や業績悪化を厳しく言われ、事務の私たちにも責任が重くのしかかっている。常に誰かから頼られ、追いつかない業務を代わりにと頼まれる日々。疲れ切っているのに、どこかで「これが普通だ、これが幸せなんだ」と思い込んでいる私がいた。
そんな中でも、私には唯一の楽しみがあった。それは、営業部の上司である佐伯誠一とのちょっとした会話だった。佐伯は、35歳の若さで部長になり、見た目も落ち着いていて、知的で優しさを感じさせる人だ。入社当時、初めての配属先で、彼からOJTを受け、仕事のイロハを習った。仕事に対する熱心さはもちろんだが、彼の優しさや気遣い、温かい眼差しに惹かれた。
最初は、ただの尊敬だった。尊敬以上の感情を持つことは、私には遠い世界のことだと思っていた。しかし、日々の仕事を共にするうちに、佐伯の優しさや仕事に対する誠実さ、そして少し無理をしてでも部下を守ろうとする姿に、私は次第に心を奪われていった。だが、その想いを誰にも言えなかった。彼に自分の気持ちを伝える勇気がなかったからだ。
「でも、今日は違う。今日こそは……」
私はもう一度、自分に言い聞かせた。
バレンタインデーという特別な日だからこそ、告白を決意した。今年こそはと……。このチョコだけは、ただの義理チョコで終わるわけにはいかない。今年の春から、佐伯が海外赴任に行くのではないかという噂を聞いてしまったから、後には引きたくなかった。
もしも、このチャンスを逃したら、もう二度と佐伯に想いを伝えることはできない。そんな切実な思いが、私の心の中で強くなっていった。
そんな決意を抱えて家を出たら、待っていたのは予想以上に厳しい現実だ。外は予想以上に雪が強く降り、車の交通は完全に麻痺し、駅へ向かう道を歩いているうちに、次第に雪は激しくなり、足元も滑りやすくなってきた。普段なら、こんな天気なら時間をずらして仕事に行くが、今日はどうしても遅刻だけは避けたい。
なぜなら、今日、時間を見つけて告白をすると心に決めたため、今日という一日が一分一秒がとても大事だと感じでいたからだ。
途中で何度も足を止め、雪を払うように急いで駅へと向かうが、駅も人が電車の遅延によりごった返しており、すでに遅刻寸前だ。電車の乗り換えも遅れ、会社に着くとすでに、朝の会議が始まってしまっている時間帯になっていた。
「……遅刻だ」
私は呟きながら、社内に足を踏み入れると、すぐにデスクに向かって仕事を開始する。会議に参加することもできず、無理やり心の中で「後悔しないようにしなければ」と決意を固めしかなかった。
朝も慌ただしく過ぎていき、人手がたりないので昼もいつの間に終わっていた。すれ違いが起こっているのか、一向に佐伯とは社内であっても会えずにいた。
終業時刻になり、チャイムの音色がなりやんでしばらくしたとき、ようやく佐伯の姿を見かけた。彼はいつも通り、どこか穏やかで、忙しい合間にも部下に優しく声をかけている。
私はデスクの引き出しに入ったチョコを考えながら、そっと佐伯を見つめていた。心の中でそのチョコがだんだんと重く感じられる。
「いまさら、本当に渡す価値があるのかな?」
さっき、佐伯のデスクへ決裁を持って行ったとき、すでに何個もチョコが積まれていたことが頭をよぎり、不安が胸を締め付ける。弱気な考えや不安を振り払い、私は心の中で一度大きく息を吐き、決意を固めた。
「今日は絶対に渡すんだ!」
ようやくチャンスが訪れる。それは、佐伯が休憩室に入っていくのを見かけた。私は引き出しからチョコを手に取り、少し震えながらも、佐伯を追いかけて休憩室へ向かう。
「あれ? 咲じゃないか? どうかしたか?」
「えっと……、佐伯さんが、休憩室へ向かったのが見えたので」
私はしっかりと佐伯を見つめた。微笑む彼は、私の様子を伺いながら、次の言葉を待っていてくれるようだ。
外は雪がちらつくのが窓から見える。私の気持ちは、まるで降り積もる雪のように静かに、何年も胸の中に収めていた。今まで言えなかった言葉を何度か反芻する。外はすでに暗くなり、雪が街灯に照らされて輝き始めていた。
◇
バレンタインデーの数日前、私は一大決心をし、デパートへ向かっていた。普段なら仕事の合間に買い物を済ませることができるはずだったが、今年はどうしてもこの日を逃してはいけない。
何度も心の中で決意を固めながら、駅の改札を抜けて、駅ビル内のデパートへと急いだ。
「今年は絶対、佐伯さんに告白するんだ……」と、私は自分に言い聞かせていた。
季節柄なのか東京の街並みが、普段とは少し違う特別な雰囲気を醸し出していた。街中のカフェやショップがバレンタインムードに彩られ、どこもかしこもピンクや赤の装飾で溢れている。外を歩くカップルや、手に手を取って歩く人々を見て、私は少しだけ胸が締めつけられるような感覚を覚える。
「でも、今年はは違う……」と私は心の中で繰り返す。
デパートに到着し、バレンタイン特設コーナーへ向かうと、その熱気に圧倒される。平日にも関わらず、そこはまるでお祭りのように賑わっていた。ブランドのロゴがついた豪華なパッケージがずらりと並び、女性たちが真剣な眼差しでチョコレートを選んでいる。その光景に、私は一瞬戸惑いを覚えた。周りの女性たちは、皆どこか余裕を持っているように見え、思わず自信のない私と比べてしまう。
「こんなにたくさんのチョコレート……こんなにたくさんあると、どれがいいか迷う」
私は思わず立ち止まり、並んだチョコレートの箱を眺めた。どれも素敵で美味しそうに見え、何を選んで良いのか分からなくなる。佐伯の好みはわかっているとはいえ、一大決心の心も籠っている一品なのだ。真剣にならざるをえない。
私は心を奮い立たせるように深呼吸した。これが私にとって、唯一無二の瞬間だ。佐伯に渡すチョコレートは、ただの義理ではなく、真心を込めた気持ちを伝えるためのもの。選ぶのに時間をかけるのは、別に変なことではない。
特設コーナーを見て回るなか、「これだ!」と私は思い切って一箱を手に取った。それは、シンプルなデザインの高級チョコレートだった。パッケージは控えめな黒で、金色のロゴが上品に刻まれている。これが、佐伯にぴったりだと私は感じた。
だが、チョコレートを選ぶ手を止めた瞬間、周囲の女性たちが目に入る。どれも笑顔で、楽しそうに他の人たちと話しながらチョコレートを選んでいる。手に持っている箱も、どれも豪華で、まるで競い合っているかのようだ。その姿を見て、私は少し心が萎んでしまった。自分にはそんな堂々とした態度はない、ただ一つのチョコレートを渡すことで精一杯だという気持ちが急に強くなり不安になる。
「でも、私は……」
私は心の中で自分を励ますように再び言葉をつぶやいた。
「これを渡すんだ。佐伯さんに、自分の気持ちを伝えるんだ」
周りの女性たちの熱気に負けず、私は再びチョコの箱をしっかりと握りしめた。大きな声で笑う他の女性たちを見て、少し自信をなくしそうになった私を振り払うように、その箱を更に強く握りしめた。
「他の人と比べても仕方がない。私の気持ちは、他の人にはないものなんだから」
私は俯き加減の気持ちを奮い立たせ、胸を張って言い聞かせた。周囲の華やかな雰囲気が、だんだんと遠く感じられる。まるで、自分一人だけがその場所に立っているような気がした。その瞬間、私にとってとてもの大切な一歩であることを実感した。
「私は、この気持ちを伝えなきゃいけないんだ」
私は小さく呟き、不安と戦いながら、再び心の中で告白をすることを強く誓った。
その時、店員が微笑みながら声をかけてきた。
「こちらのチョコレートでお決まりですか?」
私は少し驚いたが、しっかりと頷く。
「はい、これでお願いします」
店員にその箱を渡すと、さらに心がドキドキと高鳴った。包装紙を丁寧に巻いてくれる様子を見つめながら、私は考えていた。このチョコレートを渡すことで、佐伯と何か変わるわけではないかもしれない。
でも、「好きだ」と伝えることに意味がある。私の何年分もの想いを聞いてほしいと包まれていくチョコを見ながら考えていた。
私の気持ちが伝わってしまったのか、店員に「頑張ってくださいね! 応援しています」と紙袋を渡される。「ありがとう」とお礼をいい、紙袋を大切に持ち、デパートを出た。
デパートでチョコレートを手に入れた私は、心の中で何度も自分に言い聞かせていた。家に帰って机の上にチョコの入った紙袋を置くと、部屋では、少し浮いているように感じた。
◇
私は佐伯に気持ちを伝えるんだと、意気込んでここまできた。外は雪が降り続いており、街はすっかり冬の空気に包まれている。
私の胸の中では不安と期待が入り混じり、目の前にいる佐伯と少し視線を外した。後ろに隠したチョコが少し重く感じる。
私の胸は、二人きりになったことで、ドキドキとした緊張が走っていた。
佐伯との関わりは、いつも穏やかで落ち着いている。仕事で困ったことがあれば、優しくアドバイスしてくれるし、部下としての成長を見守ってくれる存在だ。その優しさがいつしか私の心を強く惹きつけていった。
佐伯は休憩室でコーヒーを淹れたばかりで、カップを手に持ちながら「咲もいる?」と聞いてくれる。私は頷き、佐伯は私の分もコーヒーを淹れてくれた。
その表情はいつもの穏やかな笑顔で、どこか心地よさを感じさせる。
「はい、コーヒー。なんか、表情が硬いけど、どうした、咲?」
佐伯は、私の顔を見ると少し驚いたように言った。
「何か、今日は、何か大事な話でもあるのか?」
私は佐伯の言葉に少し驚きながらも、心の中で軽く息をつく。佐伯の優しい視線が、少しだけ緊張をほぐしてくれる。
「いえ、そんな大したことではないんですけど……」
私は少し照れくさいように笑った。顔が強張っていると言われたので、意識して笑いかける。
「実は、バレンタインデーだから、佐伯さんにチョコレートを渡そうと思いまして」
言葉が口をついて出た瞬間、私の胸がドキドキと早鐘のように響いた。自分の気持ちがこのチョコレートに込められていることを、佐伯が理解してくれるのだろうか。その一瞬の不安が胸をよぎったが、佐伯の顔に変化はなかった。
「おお、そうか。気を使わせちゃったかな?」
佐伯は少し驚いた表情を見せたが、すぐにその顔に優しい笑みを浮かべた。背中に隠していたチョコを佐伯に手渡す。
「ありがとう、咲。嬉しいよ。でも、これは義理チョコだろう?」
佐伯の優しい笑みを私が読み取ることはできなかったが、義理だと言われたことに少しのショックを覚え、「……いえ」とすぐに否定した。
「……義理チョコじゃなくて、私の……私の気持ちを込めて、渡したいと思って。急なことで、その、迷惑かもしれないんですけど……」
私の声は、普段よりも少し強く、確かな決意を感じさせるものだった。自分の気持ちを伝えるためには、ただ渡すだけでは意味がないと、ようやく思い至ったのだ。
佐伯は一瞬、私の顔をじっと見つめた。その視線に少し戸惑ったが、決して逃げることはできなかった。その時、佐伯がふっと微笑んだ。
「なるほど、気持ちを込めてっていうのは、すごく大事なことだよな?」
佐伯はゆっくりと話し始めた。紙袋の中をちらりと見て、二つ頷く。
「咲はいつも一生懸命だから、気持ちが伝わらないわけがないよ」
佐伯のその言葉に、咲は少し驚き、胸の中が温かくなるようだ。佐伯の言葉は、まるでずっと私を見守ってくれていたかのような優しさが感じられる。
「でも、告白はしないのか?」
佐伯が穏やかに聞いてきた。その質問に私は、少しだけ言葉を失った。勇気を振り絞ったのに、その意味が伝わらなかったのだろうか? と焦る。
「え……?」
私は驚いて目を見開いた。佐伯がその言葉を放ったことに、動揺し、顔が赤くなるのを感じた。佐伯は軽く肩をすくめて、再び笑った。
「冗談だよ。でも、もし本気で気持ちを伝えたいなら、チョコレートだけじゃ足りないかもしれないね?」
佐伯はわかっていて私にある言葉を言わせたいのだろう。私はその言葉を真剣に受け止め、胸の奥で何かが弾けるような感覚を覚えた。佐伯がその一言で、まるで自分を後押ししてくれたような気がした。
……そうだ、チョコレートだけじゃ足りない、もっと伝えたい想いがある。
私はついにその決意を胸に、深呼吸をしてから言葉を発した。
「佐伯さん、実は……」
少し躊躇いながらも、佐伯の目を見つめながら続けた。
「私、ずっと前から佐伯さんのことが好きです」
その瞬間、心臓はドキドキとさらに早くなり、言葉が喉に詰まりそうだった。目の前の佐伯は、待っていましたというように嬉しそうな表情を浮かべ、柔らかくなり、静かに頷いた。
「そうか」
佐伯は少しだけ間を置いてから言った。
「ありがとう、咲。気持ちは、とても嬉しいよ」
私は佐伯のその言葉に、思わず安心して力を抜くことができた。今はただ、その一言が胸に響いていた。
「チョコレート、受け取るよ。他のは、どうしようかって悩んでいたんだよね。本命からのを毎年待っていたんだけど、くれそうになかったし」
佐伯は微笑んで言った。その瞬間、私はようやく胸の奥にあった重荷を下ろし、心から安心できた。
……告白してよかった。
この一歩が、私にとって大きな意味を持つことを感じながら、佐伯に微笑んだ。
◇
バレンタインデーから数日が経ち、雪はすっかり溶けて春の足音が聞こえ始めていた。私は毎日、心の中であの日のことを思い返していた。あの瞬間、佐伯に自分の気持ちを伝えたことが、まるで夢のように鮮やかに蘇る。
「告白して、本当に良かった……」
私は一人、デスクに向かって微笑みながら考えていた。告白したあの日、佐伯は優しい言葉をかけてくれた。「気持ちは、とても嬉しいよ」と言ってくれたその言葉が、今でも咲の心に温かく響いている。
佐伯からの返事は、すぐには「好きだよ」とは言ってくれなかったが、咲にとってそれだけで十分だった。佐伯の優しさに包まれたその瞬間から、私の心は少しずつ安心して、そして強くなっていった。
その後、二人の関係は少しずつ変わり始めた。仕事中に、佐伯が私に目を向ける回数が増えた気がする。以前よりも頻繁に目が合い、少し照れくさい笑顔を交わすことが増えた。それだけで、私の胸はドキドキと高鳴った。
ある日、仕事が終わり、残業をしていた私が帰ろうとすると、佐伯が後を追ってきて声をかけてきた。
「咲、少し話せるか?」
佐伯の声は、いつも通り穏やかだったが、どこか真剣さを感じさせるものがあった。私は少し緊張しながらも、「はい、もちろんです」と答えた。心の中では、何か大事な話があるのだろうかと思いながらも、佐伯についていった。
静かなカフェに入り、席に着く。窓の外では、夕暮れ時の柔らかな光が街を照らし、カフェの中はほっとするような温かさに包まれていた。
「どうしたんですか?」
咲は少し戸惑いながらも、佐伯を見つめた。
佐伯は一呼吸おいてから、落ち着いた表情で口を開いた。
「実は、あれからずっと考えていたんだ。咲があの日、俺に告白してくれたこと、すごく嬉しかった。それに、気持ちが伝わったことが、すごく……嬉しい」
私はその言葉に驚き、少し顔を赤らめた。
「でも、佐伯さんは……」
佐伯はその言葉を優しく遮った。
「俺も、咲のことが気になっているんだ。仕事のことだけじゃなくて」
少しだけ間を置いてから、佐伯は再び続けた。
「正直に言うと、咲には前から何度も助けられてきた。仕事のことでも、そうだし、日常の中でも……君の前向きな姿勢に、いつも励まされていた」
私はその言葉に、胸がいっぱいになった。佐伯が私をこんなにも大切に思ってくれているのだという事実に、涙がこぼれそうになったが、必死でこらえた。
「私は、佐伯さんのことが好きです」
私はその一言を、心からの気持ちで伝えた。佐伯は優しく微笑んだ。
「ありがとう、咲。君の気持ちは、ちゃんと受け取ったよ」
佐伯はほんの少しだけ咲に近づき、真剣な目で言った。
「これからも、君と一緒に仕事をしていきたいし、何より君をもっと知りたいと思っている。だから、もしよければ、付き合ってくれないか?」
私はその言葉に心から嬉しくなり、笑顔がこぼれた。私が望んでいたことだ。その言葉を待っていた。憧れていたときから、告白できずにただ見つめていたときも、告白をしたバレンタインから。
「はい、もちろんです!」
その瞬間、二人の距離がぐっと縮まったように感じた。今まで以上に佐伯の存在が大きく感じられ、私は心の中で一つの決心を固めた。告白したあの日から、二人の関係は新しいステージに進んだのだ。
「少し寄り道をして帰ろう。せっかく、二人ともが久々に定時で帰れたんだしさ」
「おいしいごはんを食べに行きませんか?」
「それはいいね。咲が好きなものを教えて」
私たちはカフェを後にし、暗くなり始めた帰り道を二人並んで歩く。上司と部下ではなく、恋人として、私が思い描いた日々が始まった。
◇
その後、二人はゆっくりと歩み寄りながら、少しずつ関係を深めていった。日常の中で、小さなサプライズをしたり、共通の趣味を見つけたり、仕事が終わった後にご飯を食べに行っておしゃべりをしたりする時間が増えていった。私は少しずつ、佐伯との時間が当たり前のように感じるようになり、毎日がとても幸せだ。
ある日、二人で夕日を眺めながら手を繋いで歩いていると、私は心から思った。
「これからも一緒に、歩んでいけるんだ……」
そんな思いを胸に抱きながら、私は佐伯と新たな始まりを迎えた。あの日、私が決心をして告白をしたから始まった関係。二人の未来が、これからどんな形で広がっていくのかを想像すると、胸が高鳴るのだった。




