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第十八話 障害を乗り越える情熱こそ愛

「はい。お疲れ様」


 閉店後、隣のクリニックを閉めてきたシルヴィアは、カウンターに突っ伏して動かなくなったハルトの近くにカップを置いた。ミルクのたっぷり入った紅茶に、蜂蜜の甘い匂いがする。初めてここへ入った時に飲んだのと同じものだ。


「頑張ったわね。今日凄く混んでたんでしょ?」

「はーめっちゃ仕事したー。おれ、ねーちゃんやばすぎて思わずハルト召喚しちゃった(よんじゃった)もん」

「うぅ……ごめんなさい」


 カウンターにほど近いソファ席にルークが腰を下ろす。少し距離はあるが、がらんとした店内でその声はよく響いた。その横では、心無しか小さくなったリリィが先程から両手でカップを持って落ち込んでいる。最初ホールを任されていた彼女は、グラスを二つ、皿を五つ割って二階から追い出されたらしい。


「でも、リリィさんの丁寧な接客は大人気でしたよ。ね」


 ハルトがにこりとリリィに笑いかけると、彼女はほっとしたようにへらりと笑って熱いホットミルクが入ったマグカップに慎重に口をつけた。可愛い。隣のルークが、笑い合う二人を見て不満げにソーダの入ったグラスを持ち上げている。


「えー?あれはトロいってゆーんだよ。甘やかすとろくな事ねーって」

「まぁまぁ。あんたも大変だったのよね」

「やりぃ!シル姉だいすきー」

「はいはい」


 シルヴィアがルークの前にフライドポテトがたっぷり盛られた皿を置いた。レンチンなので揚げたてサクサクとまではいかないが、客ではないので細かい事は気にしない。彼女に料理の才能が無い事は全員が知っている。


「そういえば黒谷さんは?」


 ハルトはキョロキョロとあたりを見回した。この店の持ち主である、いつも圧倒的存在感を放っている悪魔がいない。


「仕事が忙しいみたいよ。本業の方」


 シルヴィアがハルトの前にサンドイッチの盛り合わせをことりと置いた。先ほどルークが作ったもののあまりだ。ルークは普段料理はしないが、基本的に器用なので教わればなんでもこなす。黒谷がいない時はメニューを簡単なものに絞ったうえで、ルークが料理を担当していた。


「あ!ありがとうございます。だから姿が見えないんですね」


 ちょうどお腹がすいていたと、ハルトは喜んでタマゴサンドに手を伸ばす。シルヴィアは先程から注文が無いにも関わらず、人の心を読む能力でもあるのかと疑うくらい絶妙なタイミングで全員のテーブルを回っていた。ちなみにリリィはまだお腹がすいてないと食事を断っていた。相当落ち込んでいるようだ。


「最近本当に忙しいみたいですね」

「だから店混んだんすよねー、師匠いると客来なくてめんどくないのに」


 ルークの言葉で、ハルトはこの店の現状を理解した。パステルカラーの店内に似合わない黒谷が店番をしている姿を想像する。成程、道理であの時は客が一人もいなかったはずだ。


「お菓子はセンス良いのに本人が映えないのよねぇ」


 シルヴィアが困ったように頬に手を当てる。ケーキや菓子の売れ残りは主に、リリィとルークが天国に持って行っているようだ。天国では食べものは腐らないらしい。


「そういえば、地獄ってどんな所なんですか?」


 ハルトはふと疑問に思ったことを尋ねた。地獄と言えば、血の池や針の山があったり、あと何かが燃えているイメージがあるが、実際はどうなのだろうか。リリィとルークが(そろ)って斜め上を向く。二人は性格は全く違うが、顔立ちとこういう仕草は本当に似ている。


「地獄かぁー。それ俺も知らないんだよね」

「天使は地獄に行く事が無いですからね」

「悪魔が天国行ったら溶けるっていうのは聞いたけど、天使が地獄に行くとどうなるの?」

「焦げる」

「なるほど」


 ハルトは納得した。そんな地獄の様子を思い出したようで、カウンターの向こうではシルヴィアが眉を寄せている。


「あんなとこ行くもんじゃないわよ。なんかずっと燃えてるし、嫌な匂いもするし」

「シルヴィアさん行ったことあるんですか?」

「大昔よ」

「じゃシル姉って元悪魔だったり?」


 ルークが話のついでというごく軽い調子で聞く。シルヴィアは少し考えるように彼を見ると、完璧な形の微笑みを作って答えた。


「ナイショ」

「えーいっつもそれじゃん!」

「シルヴィアさんって秘密主義ですよね」

「別に俺ら偏見とかねーっすよ?」

「それは知ってるわよ。ここ悪魔の店よ?」


 そうだった、と皆の内心が一致する。やはりシルヴィアは悪魔で、何らかの事情があって人間になったのだろうか。そう思いながら、ハルトはサンドイッチの皿の上で手を彷徨(さまよ)わせた。次はツナかポテトサラダか迷うところだ。


「悪魔とか天使が人間になるって事あるんですか?」

「多くは無いですけど、前例はあります。悪いことをして追い出されたり、あとは滅多にないけど力を使い切ったり」

「人間の男追っかけて人間になった天使もいたらしーね」


じぃ、と三人の視線がシルヴィアに集まる。彼女は心外だと口を尖らせた。


「追っかけてないわよ失礼ね」

「まーシル姉は追っかけるタイプじゃねーっすよ。追わせる方っつーか」

「ふふ。まぁね」


 ルークのフォローであっさり機嫌を戻したシルヴィアが(つや)やかな笑みを見せる。追わせる女の見本のような余裕のある表情に、リリィが素敵、と呟いた。シルヴィアは男性にも女性にもよくモテる。


「人間と天使が付き合うのってありなんですか?」

「別に禁止じゃねーよ。寿命が違うっていうのがネックだけど」

「だから人間になるんじゃないの。一緒に歳とっていきたいってね」

「そっか。人間になったら早く死んじゃうんですよね」

「そうなっても構わないくらいの情熱ってことじゃないの?進んで人間になりたいと思う気持ちはよくわかんないけど、大切なもののためには犠牲(ぎせい)にしなきゃいけないものもあるってのはよくわかるわ」


 遠い目をするシルヴィアは、過去に何かがあったのかもしれない。気になったハルトだったが、そこに切り込む勇気はまだなかった。いずれ教えてもらえるだろうか。


「でも本当に、天使と人間の恋なんてロマンチックですよね」


 御伽噺(おとぎばなし)のような大恋愛を想像して、リリィがうっとりと瞳を輝かせる。天使と言えどもやはり女の子、こういう話は大好きだ。そしてその話を聞いて天使との恋愛を何となく考え始めたハルトは、リリィのきらきらした瞳の先が何となく自分にあるような気がして人知れず舞い上がってしまった。しかしどうやら全く隠しきれてなかったようで、ハルトの顔を見たリリィも顔を赤くして(うつむ)いてしまう。


「若いわねぇー」


 お互いを意識して真っ赤になった二人を見て、シルヴィアが揶揄(からか)うように目を細めた。しかしルークは二人を繋ぐ赤い糸を切るように空中で手刀をかまし、激しく首を振って否定の言葉を紡ぐ。


「あーダメダメ。ねーちゃんは」

「なぁに、あんた寂しいの?」

「だってねーちゃん抜けたらリーダー業務俺一人じゃん、めんどいにもほどがある。てか死ぬ」


 ルークは山積みの仕事を想像したのか、心底嫌そうな顔で再度首を振った。どうやらリリィの分の仕事が全部上乗せされるのが嫌なだけのようだ。


 もともと天使と付き合えるとは思っていないし特にリリィとは恋人同士では無いので、否定されてもそれ程ショックでもない。ただこんなに可愛くて性格も良い女の子と付き合えたら幸せだろうなと、少し夢見てしまっただけだ。ハルトは素に戻った。


「だ、大丈夫よ!ルークを置いて行くわけないじゃない!」


 しかしリリィはまだ切り替えが上手くいっていないようで、真っ赤な顔で思いっきり動揺している。そんなところもやはり可愛らしいなと、ハルトは素直にそう思うのだった。


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