表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/104

第十七話 噂は最初に流したもの勝ち

———地獄、中層


「(おい、クロム様だぞ)」

「(様なんかいるか? あいつなんかもうリーダーじゃねぇよ)」

「(業績なんかどうでも良いとか言っといて、裏で不正を指示してたらしいぜ)」

「(マジかよ。自分さえ良ければいいってか)」

「(俺達は真っ当に働いて業績をあげてるっていうのに、最低な奴だ)」

「(しかも天使なんかと()れあってやがるんだぜ。悪魔の誇りは無いのかよ!)」

「(ばっか、そろそろ口閉じろ! 焼かれるぞ)」


 黒い煙と永遠に消えない炎が辺り一面を覆い、絶えず焼かれ続ける罪人の(うめ)き声が響き渡る。その中を堂々と歩く黒いブーツの靴音を聞いて、仕事中の悪魔たちは手を止め道を開けた。その口は(あざけ)りの言葉を吐くものの、好奇を持って近づく者はいない。


(……全部聞こえているがな)


 黒谷はちらりと悪魔たちを見た。本人の耳に入らないように調節したつもりの陰口も、黒谷の地獄耳には全て入っている。最近突然、黒谷は他の悪魔たちから距離を取られるようになったのだ。前からあまり親しまれてはいなかったが、こうもあからさまに嫌われてもいなかった。明らかに原因は先日のライアの件だ。


(俺が指示したことになってるのか)


 今更否定しても、おそらく誰も耳を貸さないだろう。仕事がやりずらいので出来れば何とかしたいが協調性が絡むことについては昔から苦手だ。もともと忠誠心なんてものは皆無な若い悪魔たちは、黒谷の管轄の部下でさえ下剋上のチャンスとばかりに牙を()く。今の地獄で表立って黒谷の味方をする者はいない。


「クーロムさまぁー、退任はいつですかー?」


斜め前方向からおどけたように絡みに来た勇気ある悪魔の登場に、周囲はざわめいた。黒谷の管轄の中でもっとも力のある彼は、次期リーダー候補と名高い。


「心配しないでくださいよぉー? 引退後はこの俺がリーダーやりますから」

「お前に務まるとは思えんがな」

「ははっ、よゆーだし。オマエが天使なんかと仲良くやってる間に、俺たちは懸命に仕事してんだよ!」

「なら早く仕事に戻れ。お前の管理担当の針の山、さっき見たら欠けていたぞ」

「そっ、そーゆー事じゃねーんだよ!!」

「そういう事だろ。さっさと持ち場に戻って欠けた針の本数でも数えたらどうだ?」

「うるせぇ! おいコラ、待てよ」


 部下に乱暴に肩を(つか)まれ、黒谷はようやく足を止めた。遠巻きに何十もの悪魔が様子を見ているのが見える。最近は黒谷を倒せば次期リーダーになれるとの間違った(うわさ)が地獄を駆けめぐり、全体的に浮ついた雰囲気が仕事をますます遅らせていた。面倒なので放置していたが、ここらで少し大人しくさせた方がいいかもしれない。


「灰にされたくなければ大人しくしておけ」

「は?オマエなんかに負けねーよ!この()抜けがァァァァァァァ……あ?」


 怒りに任せて拳を振りあげた悪魔の身体が突然炎に包まれた。灰の一欠片も残らず消えてしまった実力者に、周りで様子を見ていた悪魔たちが一斉に散る。部下に手を出したのは初めてだが、これで少しは大人しくなると思えば必要な犠牲だと、黒谷は自分を納得させた。悪魔は天使や人間に手を出すと罰せられるが、同族殺しは違反ではない。セーフだ。


「(おい、誰だよ?落ち目だから勝てるっつった奴)」

「(知らねーよ!逃げろ)」


 思惑通り、後続の挑戦者は現れなかった。黒谷は即座に仕事モードに切り替え、脳内で今後の予定表を思い浮かべる。そういえばそろそろ血の池の水質調査の時期だ、悪魔の人員を補充するよりも近隣に住んでいる鬼に手を貸してもらった方が早いかもしれない、などと考えながらも、黒谷の足は目的地へと速足で進んでいた。


(……?)


 最下層付近にある部屋の前に見慣れぬ影を三つ見つけて、黒谷は足を止める。ここは黒谷が地獄でいつも使う執務室だ。共用で使っている悪魔はいないので、ここへ来るのは黒谷に用がある者だけと決まっている。


「(なぁ。本当に金のハンコなんてあんのかよ)」

「(俺昔何回か入ったけど、見たことないぞ)」

「(俺も。てかどんなやつ?)」

「(知らねぇ)」


 見通しの良い部屋の前でこそこそ話をしている三人はとてもよく目立つし、小声での話し声も黒谷の耳にはよく聞こえた。打ち合わせしてから来いよ、と内心で彼らの段取りの悪さを(なげ)き、黒谷は柱の影から様子を見守る。当然、彼らが探している金のハンコはそんな所には無い。


「(ハンコ見つけたら次期リーダーになれるってまじ?)」

「(それ、クロム倒したらじゃなかったっけ?)」

「(どっちでも一緒だろ。倒して奪うんだから)」

「(一緒じゃねぇよ。倒せねぇから奪いに来たんだろうが)」


 針金のような道具で執務室をあっさり開き、部下達は中に入っていった。セキュリティも問題だなと思いながら扉の近くに行き中の会話を聞く。出来ればその噂の出処を聞きたい。こうやって偶然有益な情報が拾えるのを待つか、それとも(おど)して吐かせるか迷うところだ。


「(ほら。ねぇじゃん)」

「(まじだ。やっぱ金色なんだろ?)」

「(知らね、見た事ねぇし)」

「(はぁ?じゃ何なんだよ)」

「(なんかマスターから盗んだらしいぜ)」

「(は?まじか、犯罪じゃん)」

「(地獄の秘宝らしい)」

「(え、それ見てぇ!どんなやつ?)」

「(だから知らねぇって)」


(成程。そういう事になってるのか……)


 黒谷は地獄の秘宝など知らないし、金印も盗んだわけではない。おそらく現在マスターと呼ばれている悪魔がこのような噂を流したのだろう。かつて策略の悪魔と呼ばれていた彼はこういうのが得意だ。


 しかし今黒谷が知りたいのはマスターという名前よりも、その悪魔の手足となって動いているであろう実行犯の名前だった。出来ればマスターと直接対決したいところだが、事情があって彼には手が出せない。先に(つぶ)すならそいつだと、引き続き部屋の中の声に耳を傾ける。


「(あ、クッキー発見!)」

「(まじか。あいつこんなん食うの?)」

「(いつも渋い顔して食ってるぜ。その後何か考え込んでる)」

「(それ、好きなのか?嫌いなのか?)」


 話が大幅に()れ、黒谷は顔を(しか)めた。確かに、仕事の合間に焼き菓子を食べることはたまにある。大抵レシピの配合や新商品の企画などを考えながら食べているのだが、そんなに渋い顔をしていただろうか。


 バサリと書類が落ちる音がする。机を開ける音、閉める音、棚から何かが落ちる音。特別重要なものは入っていないはずだが、やはり自分の領域が荒らされているのは落ち着かない。そのまま好きな焼き菓子談義に入ってしまった緊張感の無い悪魔達からは、もう有益な情報も出ないだろう。黒谷は中に入ることにした。


「(そりゃフィナンシェのしっとり感がやべぇよ)」

「(ばっか、やっぱブラウ……)うわぁ!」


 小声で話していたはずの仲間の急な叫びに、残る二人も一斉に黒谷を見る。しかし、終わった、と身を固くした悪魔達を襲ったのは黒谷ではない。何故か突然発生した部屋を覆い尽くす程の濃い霧だった。


(霧……? やばいな毒か)


 黒谷も自然現象としての霧は目くらまし程度に扱う事があるが、今は手を出していない。ならば違う悪魔の能力だろうとあたりをつける。毒を自在に操る悪魔が、このような霧を出す事があった。


 黒谷もある程度は毒にも耐性があるものの、敵の力量がわからないから用心しなければならない。黒谷は出口へ走ったが、生憎(あいにく)ドアは開かなかった。息をとめたまま全力で蹴破る。この時点で、金印を狙った悪魔たちは既に息絶えていた。即効性の劇薬だ、おそらく口封じだろう。


(……しばらく仕事は出来ないな)


 毒霧にまみれた部屋を出て、角を三つほど曲がった後、黒谷は初めて息を吸った。どちらにしろ今この辺に近寄るのは金印を狙う者くらいだろう。巻き添えにして困る者はいないが、この部屋の主である黒谷本人が近づけないのが地味に困る。期限の近い書類が無かったのが幸いだと思うしかない。


(とんだ嫌がらせだな)


 まだ仕事をする予定だったが今日は諦めるしかない。仕方ない、と溜息をひとつ残して、黒谷はその場を去っていく。そんな彼の様子を物陰から一人の悪魔がじっと見ていた。周りは使えない奴ばかり、今こそ自分が役に立つ時だと、黒水晶のような大きな瞳に決意が宿る。


「見ていてください。(わたくし)が、必ずやり()げますわ……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ