SS 12月24日 ハルト×リリィ
「それ、カッコイイっすよね!」
駅前の大きなショッピングモールの端。ネオンライトで飾られた薄暗い店内で、緑髪の店員が爽やかに笑った。しかし、彼が声をかけた先にいたのは、このような店に足を踏み入れるとは思えないほど清楚な美少女だ。彼女はびくりと肩を震わせ、手に取りかけたジャケットを売り場に戻している。
「それユニセックスなんで、女性でもいけるっすよ。試着どっすか?」
「え……いえ、あの」
「カレシさんにっすか?」
「あ。はい……こういうの、好きな方なので」
美少女の頬に朱が差したのを見て、店員は頷いた。今日はクリスマスイブ。デートの前に恋人への贈り物を買おうとこの店に訪れる女性客は珍しくない。
彼女の清楚で真面目な雰囲気とこの店の雰囲気はどう考えても合いそうにはないが、店員には心当たりがあった。
(もしかして、あの少年かな)
店員が思い浮かべたのは、ひとりの少年だ。この店には何故か度々、育ちのよさそうな少年が来店する。
どう考えても自身と系統が違うであろう商品を眺め、いくつか試着しては溜息とともに売り場に戻しているあの少年。彼の連れなら納得だと店員は勝手に考え、彼が好きそうな商品を何点かさがして美少女の前に並べた。
「これカッコイイっすよ! こっちは刺繡がカッコイイっす。あとこれは最新作で、暗闇で光るんすよ。それが最高にカッコイイっすよね!」
「え? え、えぇと……はい……」
遠慮がちな細い指先が、銀の竜のジャケットに触れる。胴体は白く、薄暗い店内で微かに薄緑色に光っていた。
(どうしよう……ハルトさん、凄く好きそう)
リリィは悩んだ。以前ハルトと買い物をした事があるので、彼の好みはよくわかっている。しかしこれを嬉々として身に着けるハルトの姿を想像すると、やはり違和感が先に立つ。
(やっぱりさっきの店のシンプルなやつの方がいいかな? でもこっちの方が喜びそうだし……でも……)
「リリィ!?」
その時、迷いながらジャケットを手に持って広げてみたリリィの背後から、まさに今思い浮かべた恋人の声が聞こえた。リリィが振り向くと、ハルトが驚きの表情を浮かべている。
「何でここに? っていうか、待ち合わせお昼だよね。早めに来てたんなら言ってくれたら」
「いえ、違うんです。ちょっとその前に買い物をしようと思って」
「ここで?」
ハルトはリリィの持っているジャケットを見て首を傾げた。背中に刺繍された光る竜が男心を擽るが、彼女の好みは違うはずだ。しかし、もしかしたら清楚なイメージからの脱却を図っているという可能性もある。ハルトはとりあえず褒めることにした。
「それ、すっごく良いジャケットだね。リリィにも似合うんじゃないかな」
「え!? 私!?」
リリィは目を丸くして、ジャケットとハルトを交互に見た。どこをどう見たら、このジャケットを自分のために買いに来たと思うのだろうか。
(でも、決めつけないのもハルトさんらしいかも)
ルークなら盛大に突っ込むだろうが、リリィは微笑んだ。何より、予定より早く会えた嬉しさが胸をほんのりあたためる。初めてのふたりきりのデートということもあり、リリィは間違いなく浮かれていた。
「ふふ。ハルトさんったら、違いますよ。ハルトさんへのプレゼントを買いに来たんです」
「あ。なんだそっか」
ハルトは納得した表情で、リリィの手の中のジャケットを取った。早速試着をしてみようとしたところで、ジーンズのポケットが震える。
「どうしたんですか?」
「なんか連絡が……あ。ルークからだ」
「え? どうしてハルトさんに……あ」
ふたりはハルトのスマホに届いたメッセージを確認したあと、同時に吹き出した。
【クリスマスじゃなくて前夜祭の方にデートするなんて変わってるよね。ねーちゃん嬉しそうにそっち行ったからよろしく。龍とか付いたダッサいジャケットお揃いで買ったりしないように】
「あはは! 見透かされてる」
「ふふっ。ルークったら」
二人はひとしきり笑い、店員にジャケットを返却して店を出た。クリスマスソングが流れる中買い物を楽しむ親子連れや恋人たち。その中を、手を繋いでゆっくりと歩いていく。
「そういえば、ハルトさんも随分早く来たんですね」
「リリィと同じだよ。プレゼント用意する暇なかったから、早く来て選ぼうと思ったんだ」
「最近忙しかったですものね」
ハルトの返事に、リリィは頷いた。ケルベスとの一戦を終えて以降、天秤制度に移行したことによる罪人たちの再審判や決戦の間に亡くなった死者たちが煉獄に長蛇の列をつくり、天秤は二十四時間フル稼働しても足りない状態。あれから数か月経った今、ようやく落ち着いてきたところだ。
「ハルトさんは人間界での生活もあるのに、本当にお疲れ様です」
「僕は全然。家族には黒谷さんの店でバイトしてるって言ってるんだ」
「でもクロムさんのお店って、もう閉店したんですよね?」
「クリスマス営業するって言ってたよ」
「えっ!? あんなに忙しいのに」
「毎年クリスマスケーキ頼んでくれる常連さんがいて、断れないって」
「優しいですね」
「本当凄いよ」
ハルトは大きく頷いた。天国も忙しいが、地獄はそれ以上に忙しいだろう。サタンが救済したベテラン悪魔たちの采配や引継ぎ。罪人の再審判で再び地獄行きになった死者たちが地獄で暴動を起こし、主にクロムが鎮圧したとも聞いた。
「かっこいいよね、黒谷さん」
「ハルトさんって本当にクロムさんの事好きですよね」
「うん。もちろんリリィが一番だけど。ねぇ、このマグカップ可愛くない?」
「ネコ、ですか? 私は、できれば生きている方がいいです」
「天国って猫飼えるっけ」
「いえいえ、えぇと……生前の姿のほうが可愛いって意味です」
雑貨店で猫のドクロの絵が描かれたマグカップを棚に戻しながら、リリィが首を振った。猫が飼いたいわけではなく、骸骨を回避したかっただけだ。隣でなるほど、と頷いたハルトの横顔を見て、いったい彼の自室はどうなっているのだろうとリリィは気になった。しかし、考えても無駄だと首を振る。いつかお邪魔したときのために心構えだけしておくことにした。
「そういえばさ。天使って、恋人同士で何か贈りあったりするの?」
「お互いのイメージで花束を作ってプレゼントしあうのが定番です」
「そっか。天国って花も枯れないから、贈った花束はずっと残るもんね」
「そうなんですよ。何百年か経ってもその花束を見て、出会った時の事を思い出すんです」
「いいね! それやろうよ」
ハルトは早速雑貨店の出口に向かって足を進めた。しかし、花を選ぶなら人間界より天国の方が遥かに多くの種類がある。折角ふたり揃ってもらった休みの途中で天国に戻るのはもったいない。
「花束は天国戻ってから作るとして、他にも色々見て回ろうよ」
「はいっ!」
再び手を繋いだふたりはそれからもお互いの服や靴をいくつか見て回った。花束のほかにも何か身に着けられるものが欲しいと思い、行きついたのはペアのアクセサリーを扱っている一画だ。
「色々あるね」
「はい」
婚約指輪などが並ぶ高価なジュエリーショップではなく、学生カップルがペアリングなどを買うような比較的手が届きやすい店。おそらくかなりの大金を持っているであろうリリィには申し訳ないが、分相応というものがある。ハルトは合わせてもらっていた。
「リリィならもっといいものも買えるのはわかってるんだけど」
「いいえ。私はガッコウというところには行ったことがないですし、お仕事をする前にしっかりお勉強をするというのは大切だと思います。それに、天使は値段にはこだわりがないので」
天使にとって重要なのは、どれだけ気持ちがこもっているかだ。そこには自信があるとハルトは頷く。
「ここが天国なら、特大の「お気持ち」を渡せるよ」
「ハルトさんったら」
「本当に。それに人間界の勉強もだけど、天国のことももっとたくさん勉強して、ちゃんとリリィの隣に相応しくなるからね」
「私も長く天国にいるのに知らないことばかりですし、一緒に頑張りましょうね」
決意を新たに繋いだ手に力をこめて、ふたりはペアのリングやネックレスが並ぶコーナーを見て回った。天使の翼を模ったネックレスの前で立ち止まるリリィの隣で、ハルトがそれを指し示す。
「これいいね。絶対リリィに似合う」
「そうですね。でも……」
少し複雑な表情でリリィが指したのは、それと対になるペアのもう片方だ。男性が身につけるものを意識したのか、そちらにはコウモリに似た翼が模られている。
「男性は悪魔のイメージなのでしょうか」
「あー。そういうのが多いかもね」
「なんだかクロムさんとシルヴィアさんみたいですね」
「僕も同じこと思った」
色も形も違うのに間違いなく「ペア」だとわかるそれは、種族の違いを感じさせないふたりを連想させる。今頃忙しくクリスマスケーキを売っているであろうふたりの噂話をしながら、ハルトは違うタイプの天使の翼のネックレスを手に取った。
「でもやっぱり、僕はこれがいいな」
それは、男性用の方が少し大きいというだけで、男女とも全く同じデザインの天使の翼だ。生まれながらの天使とは違うが、白い翼への誇りはしっかり持っている。そんなハルトを見て、リリィは嬉しくてたまらないという風に笑った。
「ふふ。お揃いです」
「お揃いだね」
ふたりは早速その場で買ったばかりのネックレスを身に着け、お昼にはショッピングセンターを出て一軒のイタリアンに入った。特別な日のデートにぴったりの店だがランチは比較的カジュアルな雰囲気で高校生でも入りやすいと、聖夜に聞いて予約したのだ。
「こんな素敵なお店、予約してくださったんですね」
「うん。僕も初めてだけど、きっといいお店だと思うよ。聖夜さんのおすすめだから」
「それは何だか凄そうです」
明らかにデート慣れしていそうな聖夜の紹介だけあって、店内は特別な日のデートに相応しい落ち着いた雰囲気だ。ランチコースのメインはローストチキンなので、肉が食べられないリリィのために、ハルトはコースを予約していない。代わりに頼んだピザやサラダ、チーズフォンデュなどが、紺色のクロスが敷かれたテーブルの上にたくさん載った。
「うわぁ、美味しそうです」
早速一口大のパンをとろりとしたチーズに絡ませ、リリィが弾んだ声で言った。湯気の立ったチーズにふうふうと息を吹きかけているのを見て、ハルトが微笑む。
「どうしたんですか?」
「いや。可愛いなと思って」
「ハルトさん……」
ハルトのストレートな誉め言葉に喜ぶかと思いきや、リリィはすっと真顔になった。リリィは知っている。ハルトが「可愛い」というのは、何も自分に対してだけではないのだと。
「……よく、それ言いますよね」
「そうかな?」
「ええ。最近だとルナさんに」
「それはほら、いつもと違うリボンつけてたから」
「その前はミアさんにも」
「新しい服どうかなって聞かれたからだよ」
「その前はライアさんにも」
「だってライアさん、僕とすれ違うたびに凄い頭下げてくるから」
「何て言ったんでしたっけ?」
「折角可愛いんだから顔見せてくださいって……あれ、ダメだった?」
「ダメです!!」
リリィはほおを膨らませた。ハルトの「可愛い」に特別な意味はないとわかっているが、それにしても見境がなさすぎる。
「聖夜さんもよく言ってるよ?」
「でも、聖夜さんはちゃんと使い分けてます」
「そういえばいつも「瑠奈ちゃんが一番可愛いけどね」って付け加えてるっけ」
「一途で素敵ですよね」
「僕もそうしようかな。リリィが一番可愛くて綺麗で天使の中の天使……」
「そっそれは、さすがに恥ずかしいです」
リリィは今度は真っ赤になって俯いた。そんな彼女を見てハルトは微笑む。初めて会った時、正体を知らないのに「天使」だと思ったほど、彼女は綺麗なのだ。
「本当にいつも思ってるんだよ。見た目ももちろん綺麗だけど心も綺麗だし、何より笑顔が最高に可愛くて、最近白い翼もますます艶やかで美しく……」
「だからやめてくださいってば」
「照れてる顔も可愛いんだよね」
「もう、ハルトさんったら!」
耳まで赤く染めながらリリィは笑った。その天使の笑顔を見て、ハルトも頬を緩ませる。その後もお互いの胸元を飾る揃いの銀の翼が目に入るたびに嬉しそうに微笑みながら、ふたりは終始和やかに、デザートまでもを堪能したのだった。
「あー。美味しかった」
「食べきれないくらいの量だと思ったのに、全部食べれちゃいました」
食事を終えて店を出た二人は、まだ明るい空を見上げた。今頃ルークとミカエルも、昼食をとっている頃だろうか。そんなことばかり話している自分たちがおかしく思えて、ハルトは吹き出した。
「どうしたんですか?」
「なんかふたりでいるのに、みんなのことばっかり話してるなと思って」
「言われてみればそうかもしれませんね」
顔を見合わせて微笑み、建物のかげに入って白い翼を広げたふたり。このあとの予定は決めていないはずだが、思い描く行き先はひとつだ。
「さっきのお店のケーキも美味しかったですけど」
「やっぱり、ケーキは黒谷さんにはかなわないよね」
「お土産にたくさん買って帰りましょうね」
「ルークもミカエル様も喜ぶよ」
唯一無二の大切な恋人が隣にいる。しかしその周りにはもっと、大好きな仲間たちがたくさんいるのだ。ふたりは彼らの顔をひとつひとつ思い浮かべ、初デートの地から彼らのもとへと消えていくのだった。




