第八十九話 お仲間のうんこまみれだから一回拭かない?
目の前を巨大な金属塊が通り過ぎていく。風圧で髪が乱れてうっとうしい。スピードは大したことはないが、バカでかい得物のリーチのせいで懐に飛び込んでいけない。こんなデカイ斧、一体どこの誰が作ったんだ?
「この業物は金剛不壊のミノスの斧よ! 王国の勇者より奪ったものを魔王陛下より下賜されたのだ!」
うーん、質問もしてないのにわざわざ解説してくれるとは。この武器さえなくなればどうとでもなりそうな気がする相手だけれど、柄まで金属製のようだし、武器破壊を狙うのはちょっと無理そうだ。
「ミスリル製で魔術も打ち払える! 刃こぼれもない! 貴様はこの戦斧によって薪のごとく叩き割られる運命なのだ!」
いやー、たしかにミスリルを含んだ合金は超硬いらしいっすけどね。刃こぼれもないってのはさすがに嘘ですよ。自己修復する謎機能はあるらしいですけど、一度に大きな損傷を負ったら戻らないらしいっす。
大ゴブリンの振るう戦斧を交わしつつ、ミスリルの解説をしてくれたオババ様を思い出す。オババ様によれば、ミスリルというのは鍛え方によって性質も重量も変わる謎金属だそうなのだ。
わたしが背負っているミスリル戦鎚も、含有量でいえば耳かき一杯ほどのミスリルしか入ってないらしい。だが、それが含まれているのといないのでは圧倒的に強度が変わるとのことだった。
回避に徹している限りこの戦いに負けはない。だが、攻撃しない限り勝ちもない。時間稼ぎをしていればいずれ味方の援護で勝てるかもしれないが、さっき動いた浅黒女の動向がわからない。何をやっているのか知りたいところだが、そちらに目をやるほど余裕のある状況でもない。
「おらおらおらおらおら! 逃げ回ってばかりでは勝負にならんぞ!」
ひたすら攻撃をかわすことに集中しているわたしに焦れたのか、大ゴブリンが攻勢を強める。このまま体力を消耗させたい気持ちはあるが、浅黒女をフリーにしたままでよいと思えない。
様子をうかがう余裕がなく状況はわからないが、この大ゴブリンと対等に話していたやつだ。雑魚のはずがない。
というわけで、ここは方向性を変えて口撃で牽制してみよう。
「ねえねえ、ご自慢の斧だけどさ」
「なんだッ!」
「お仲間のうんこまみれだから一回拭かない? 飛び散りそうでやなんだけど」
「はぁ!?」
そう、先ほどから空振った戦斧が地面を叩いたりしているので、本当にうんこまみれなのだ。大ゴブリンの動きが一瞬にぶり、視線が戦斧の刃へと向かう。ふひひ、チョロいなこいつ。
視線が切られたところで身を低くし、大ゴブリンの片足に体当たりをする。両手で戦鎚を持ち、全体重をかけて柄をぶつけた格好だ。頭上から「ぐぉぉ」と痛みに悶える声が聞こえる。よし、人体同様、脛は痛みを感じやすいところらしい。
そのまま背後にまわり、今度は同じ足の膝裏に戦鎚を叩き込む。大ゴブリンはまたしても苦鳴を上げて片膝をついた。このまま一気に決めてやろうと戦鎚を振りかぶる。
が、身を捩った大ゴブリンの丸太のような腕が迫ってくる。慌てて身を反らし、そのままバック宙をして距離を取る。あの天王寺ヒロトじゃあるまいし、実戦でバック宙をすることになるとは思わなかったぜ。
「姑息な奴め……貴様に戦士の誇りはないのか!」
ホコリもうんこもわたしには不要でございますな。そもそも戦士じゃないし。
大ゴブリンのダメージは軽いようで、足を引きずる様子もない。興奮した様子で戦斧をぶんぶん振り回している。ちょっ、まじでうんこが飛び散るからやめてくれ。
このままじっくり攻めれば負けることはないと思うが、かなりの長期戦を覚悟しなければならないだろう。セーラー鎧モードを解禁して一気に片をつける……のはさすがになしだ。こいつを倒してもまだ後が控えている。
何か妙手がないものか……と考えていると背後から悲鳴が聞こえてきた。
「高町先生ぃ~~~! 助けてッス! こいつ超怖いッス~~~!」
「あーしが斬れないってあんた何者? ムカつくんですけどー」
ちらりと視線をやると、浅黒女に追いかけられるロマノワさんがこちらに走ってきていた。ただでさえ露出度の高い衣装があちこち切り刻まれて、その立派な持ち物がこぼれ出しそうになっている。その上に全力疾走でばるんばるん揺れている。極めて教育上よろしくない。
その後を追う浅黒女は相変わらず無手で、武器を持っているようには見えない。どうやってロマノワさんの服を斬ったんだ……?
涙目で走ってきたロマノワさんは、わたしの前に回り込んで浅黒女から身を守ろうとする。って、そっちはそっちで危ないぞ!?
警告する間もなく、大ゴブリンが振り下ろした巨大な戦斧がロマノワさんの頭部に叩きつけられる。くそっ、かばう間もなかった! いくらなんでも唐突過ぎる!
「ふんっ、弱者め。一騎打ちの邪魔をするなど……」
「超こわい……。なんでこの世界の生体はこんな野蛮なの……ッスかぁ……」
車に轢かれたカエルのように、うつ伏せに大の字になったロマノワさんが泣きそうな声を上げている。その頭には傷のひとつもない。それはいいんだけど、どうして無事だったの……?
「我が創造主よ、いまは立て込んでいますので安全なところで待機を願えますか?」
んんー!? セーラー服君、いま「我が創造主」って言った!? つまりロマノワさんの正体はあの女神モドキってこと!?




