第八十一話 どこかに出歩くたびにボスモンスターに遭遇している気がする
「おかしいですね。そんな大規模なハグレの群れなんてボクも聞いたことがないですよ」
マーシャルさんの言葉を聞いたリッテちゃんが口を挟む。
「それにハグレの群れが武装をしてたり、変異種が混じっているというのもおかしいです。そんな強力な群れなら縄張りを追い出されるわけがありません」
うーむ、そりゃそうだ。変異種というのはよくわからないけれど、おそらく通常のゴブリンよりも強いものを指すんだろう。それだけの戦力があるのに元の棲家を追い出されて、はるばる遠くまで流れてくるなんて変だろう。
「村に来るものは素通りで、出るものだけ襲うというのも不自然でございますね。そんな知恵のあるゴブリンなど、ほとんど聞いたことがございません」
これはサルタナさんだ。ほとんど、ということはゼロではないらしい。そんな知恵のあるゴブリンがいるとしたら、どんなものなんだろうか。
「知恵あるゴブリンといえば、魔王指定種の蛸髭が有名でございますね」
ここへ来て魔王とか、ホント勘弁してほしいんですが。犬も歩けば棒に当たるではないけれど、わたしがどこかに出歩くたびにボスモンスターに遭遇している気がするぞ。
「でも魔王自身がここまで出張るとは考えにくいですね。混ざりモノ――人間との混血種です。蛸髭配下の混ざりモノが率いている可能性が高いとボクは考えます」
混ざりモノ……字面からして不吉な感じがするな。つか、わたしがもしゴブリンに嫁入りしてたらそんなものを大量に産むことになってたのか? それって人類的にかなりマイナスな気がするんだけど、そのへんどーなのよ、セーラー服君。
「小生が創造主より授かった使命はご主人が多くの子を為すか、瘴気領域の主を討伐することです。その後の影響については考慮すべき事項にあたりません」
急に声を出したセーラー服くんにマーシャルさんとプランツ教授が一瞬固まる。
「これは……服型のゴーレムなのか? 街じゃ変わったものが流行ってるんだな」
「いや、ゴーレムではないな。擬似魂魄の気配がせん。それにこんな流暢に話すものは……」
あー、いままでスルーしてくれる人が多かったのに、ここに来て気にする人が一気に増えたな。選考会の騒動の後も、何人もの研究者がやってきて調べさせてくれと言うから断るのに難儀した。
ええーと、これはおばあちゃんの形見でして、代々の家宝でして、そんな大したものじゃないんすよー。
「そッスねー。自分はあちこち旅してきたッスけど、流暢にしゃべる魔道具ぐらいならけっこう見かけたッス。服っていうのは珍しい気がするッスけど、大昔の魔法使いが作った品とかなんじゃないッスかね?」
おお、ロマノワさんナイス! おっしゃるとおりで、古いだけで貴重品なんて呼べるものじゃないんですよこれはー。きっと似たようなものはあっちこっちにあるんじゃないですかね?
ロマノワさんのこの反応から考えるに、選考会は観戦してなかったのかな?
セーラー鎧モードのことを知ってたらもっと根掘り葉掘り聞いてきそうな気がする。セーラー鎧モードについては避難をしなかった一部の学院関係者と衛兵にしか見られていないので、そんなに噂にはなっていないのだ。
研究成果が暴走した上に事態の収拾に流れ者の手を借りたなんて、学院の、ひいては王国の恥にしかならない。表向きには、あくまで学院の魔術師と衛兵が協力してあの怪物をやっつけたことになっており、箝口令も敷かれている。
「ふうむ、引っかかるがいまはそれどころではないか。なんとか村を脱出するか、街まで救援を頼む算段をつけるのが先決じゃて」
「そうだな。ろくに食料を獲りにいけないこの状況じゃ、いずれ干上がっちまう……」
よっし! なんとかごまかせた。って食料も獲りにいけないってどういうこと?
「さっきも言ったが、村から出ると襲われるんでな。狩りにも出れないし野草を摘むこともできない。街との交易もできないから、備蓄と村の中にある畑から収穫できる作物と、たまに生えてくる風霊様の恵みで食いつないでるんだよ」
なるほど、兵糧攻めにされてるってことなのか。これはますますゴブリンらしからぬ知能だ。しかし、それならなぜ入ってくるものは襲わないんだろう?
「食料の消費を増やすためと、取り逃して街に通報されるのを恐れているのじゃろうな。たとえ数百匹の群れじゃろうが、王国軍が本腰を上げれば討伐も容易いからのう」
「王国の軍は長年の魔王との戦いで精兵揃いですからね!」
「うむ。そもそもこんな前線から離れた村を襲っておるのも、王国軍の背後を突くための策なのじゃろうな」
なるほど、そういうことならなんとかして街に助けを呼びに行くのがこの場を切り抜ける良策なんだろうか。
緊急用に温存していた地を這う閃光号のガソリンはまだ満タンだし、アクセル全開でぶっ飛ばせば十分振り切れそうには思える。
「お前たちの乗り物がどれだけ速いかは知らないが、それはやめておいた方がいいな」
思いつきを口にしたら、マーシャルさんに否定されてしまった。なんでやのん?
「あいつらは街道の横に柵を隠してやがるんだ。村から出ようとするとそれで道を遮って妨害してくる。おれたちも何度か馬で突破しようとしたんだが……」
マーシャルさんが言葉に詰まり、ぐっと拳を握りしめる。これは……その作戦のために誰かが犠牲になったのだろうか。深く聞けるような間柄ではないので、突っ込んだ質問は自重する。
それはさておき、街道沿いには伏兵がいるようだ。わたしたちがトカゲゴブリンを発見できたのは、セーラー服君の高性能索敵があってのことだろう。
あれから数匹のトカゲゴブリンを倒していたが、セーラー服君にお願いしていたのは進路を邪魔しそうな魔物についての警告だけだった。
おい、セーラー服君よ、街道脇にどれくらいのゴブリンが潜んでいたかわかるかね?
「駆除したものを除き、合計で82体ですね。いずれも街道から離れた草むらに隠れており、通過時点で我々に襲撃できる距離にはいませんでした」
うっわー、そんなにいるのかよ。こりゃ、脱出は簡単じゃないぞ。




