第八十話 ファンタジーというより中華製カンフーアクション映画
「止まれ! その乗り物から降りて全員姿を見せろ」
無数の竹を隙間なく並べて作られた門の前で、物見櫓に立って弓を構えた金髪の男から警告される。男は細身の長身で、耳が尖っている。なるほど、街でも何度か見かけたことがあるけど正しくファンタジーなエルフですな。
警告に従って、全員地を這う閃光号から降りる。
「マーシャルさん! おひさしぶりです、ボクです! リッテです!」
「なんだリッテか……。おい! 門を開けるから急いで入れ!」
車に戻って門をくぐると、村の中には弓を持った男女がぞろぞろと集まっていた。エルフの村というともっと牧歌的なところを想像していたけれど、ずいぶんと殺伐としているな。やはりトカゲゴブリンの群れが流れ着いてきているのだろうか。
あとから来たロマノワさんも足止めされていたので、その人も連れですよーと一応フォローしておく。恐竜が警戒心を煽ったようで、すぐに引き離されていた。おそらくどこか安全なところに繋いでおくのだろう。
適当な空き地に停車して外に出ると、さきほどマーシャルさんと呼ばれた男が声をかけてきた。
「すまんな。事情は後で話すが、みんなピリピリしててな……。リッテが来たってことはプランツ教授を探しに来たんだろ? 案内するからついてこい」
マーシャルさんの後をついて村の中を歩いていると、ロマノワさんが小走りで追いついてきた。
「いやー、いきなり弓を向けられてビビったッスよ。しかし、村の建物もぜんぶ竹で作られてるんスねえ」
あちこちに視線を向けつつ、歩きながら筆記具を走らせるロマノワさんにつられてわたしも村の中を観察する。いずれの家も青々とした竹を組み合わせて作られており、ベトナムとか、ミャンマーあたりの村にでも迷い込んだような錯覚をおぼえる。
しかし、東南アジアとは違って蒸し暑いということはなく、むしろ涼しい風が常に吹き抜けている。
「竹は風霊様と絆が深い土地に生えるからな。このエルフの森一帯は強い風霊様に守られているんだ」
なるほど、それでここらへんはずっと竹林ばかりだったのか。エルフの森といえば緑の常緑樹でいっぱいの森というイメージだったのだが、実際に目のあたりにしたのはどこまでも続く竹林だったのだ。ファンタジーというより中華製カンフーアクション映画のような雰囲気だったのである。
「竹はしなやかで風を拒まない。加工すればどんな形にも曲がるし、軽く丈夫で弓矢にもなる。我々、風吹く森の氏族はすべてを竹とともに生きている」
物珍しげにキョロキョロしているわたしたちに気づいたマーシャルさんがさらっと解説してくれる。わたしたちはずっとエルフの森って言ってたけど、正式名称は風吹く森っていうのか。
着いたぞ、といわれて視線を正面に戻すと、ひときわ大きな建物が目に入った。平屋で窓が多く、非常に風通しがよさそうだ。この中にプランツ教授がいるのだろうか。
マーシャルさんに勧められるまま建物に入る。土足はNGということで上がり框で靴を脱いで失礼する。わたしのローファーはセーラー服君の一部なのだが、これくらいなら一時的に脱いでも問題ないらしい。
ちなみに、セーラー服君はソックスや下着もワンセットである。自動洗浄機能がついているため、洗濯しなくてもまったく問題がない。月のものについても洩れなく吸収浄化してくれている。便利といえば便利なのだが……やはり脱いで洗濯したいという願望はある。完全に気持ちの問題なのだが。
建物の中は仕切られておらず、大広間になっていた。その中央付近に白髪のエルフがおり、茣蓙に座って何かを飲んでいる。
「プランツ教授! 心配しましたよー!」
「おお、ガンダリオン研究室のリッテ君だったかな? 心配をかけてすまんの」
あのエルフがプランツ教授か。ガンダリオン先生の同期ということは相当なお歳のはずなのだが、どう見ても精々三十前後にしか見えない。ショッピングセンターでのサルタナさん講義によれば、エルフは人間の数倍の寿命を持ち、また歳をとってもなかなか容色が衰えないらしい。
ただ、100歳を超えた頃から徐々に髪の色が薄くなり、やがて白髪になるとのこと。ってことはプランツ教授は最低でも100歳超えってことか。ドワーフ村のオババ様とどっちが歳上なんだろう。
「しかし……こんなときに来てしまうとはのう……」
プランツ教授が暗い顔でため息をつく。ありゃ、やっぱり何かのトラブルで足止めされてしまっているのか。ひょっとしてトカゲゴブリンってやつが関係してます?
「そのとおりだ。来る途中にでも見かけたか?」
マーシャルさんがわたしたちの前に湯呑を並べ、お茶のようなものを淹れてくれる。湯呑は竹を輪切りにしたもので、節が底になっているようだ。シンプルだけど、なかなか風情がありますな。一口すすると、竹の爽やかな香りが鼻を抜ける。
「この村はいまトカゲゴブリンどもの大群に囲まれているんだ。村に入ってくるものには危害を加えないんだが、出ようとすると途端に襲ってくる」
なるほど、それでプランツ教授はこの村に缶詰になってしまったわけだ。あたりを見回すと行商人の男が数人、所在無げにお茶を飲んでいた。彼らも同じく村に閉じ込められているのだろう。
そういえば、大群って言うとどれくらいなんですかね?
数十匹ぐらいまでならわたしとミリーちゃんでも退治できそうな気がするので、割と気軽に尋ねてみた。わたしもすっかり図太くなったもんだ。
「わからん……その程度の数なら我々でとっくに退治している。数百匹以上いるのは間違いないし、武装したものや変異種も混じってるようだ」
え、マジすか? それ、わたしたちも村から出られなくなってないっすかね?




