第七十八話 なるほど、これは完全に恐竜ですね
「双槌鬼先生ッスよね! ファンなんス! サインくださいッスー!」
エルフの森へ向けて出立しようと街門で準備をしていると、突然知らない女性に声をかけられた。浅黒い肌をしていて、ギリッギリのホットパンツのようなものを履いている。
そして最大の特徴は上半身だ。胸だけを隠すような面積の少ない布を巻いていて、その巨大なるふたつの持ち物がぱっつんぱっつんに存在感を主張している。なんだこいつは? 敵か? それとも痴女か?
「この衣装は南方民族のものでございますね。魔王軍との戦争が激しくなってからはあまり往来がないと聞いておりましたが、おそらく旅人でしょう」
青髪をさらりとかき上げつつ解説をしてくれたのはサルタナさんだ。わざわざエルフの森までついてきてもらう義理はないのだが、学術都市にいても暇だし、地を這う閃光号にももっと乗りたいということで同行となった。もはや半分遊びであることを取り繕おうともしていない。
「もぐもぐ……南方って何かおいしいものはあるんですか?」
チョコバーをかじりながら食べ物の質問をするのはミリーちゃんだ。身長は浅黒女よりも低いが、持ち物のボリュームについてはまったく引けを取らない。ちなみにチョコバーは甘味の魔女の支店で買った携行食であり、本来は出発前から食べるべきものではない。
「南方と言えば香辛料をふんだんに使った辛い料理が評判ですね。この街にも南方料理を出すお店はあるので、帰ってきたらボクが案内してあげましょう!」
こんなちょっとしたことでもドヤ顔を決めるのはリッテちゃんだ。つば広の三角帽に黒いローブといういつもの魔女っ子スタイルである。案外丈夫で動きやすくできているそうで、旅装に着替える必要はないらしい。エルフの森には何度か行ったことがあるそうで、現地の村での顔つなぎ役として同行してもらっている。
「あのー、双槌鬼先生? 武術大会での活躍、超カッコよかったッス!」
浅黒女が無駄に立派な持ち物を揺らしながら再び声をかけてくる。ええい、このまま流れで無視して出発できないかと思ってたのに。つか、双槌鬼って呼ぶのはやめい。
「えー、カッコいい二つ名なのに……。それじゃ、なんてお呼びすればいいッスか?」
普通に、高町さんとかでいいんじゃないでしょうか。
「わかったッス! それじゃ高町先生、これにサインをお願いするッス!」
そう言って女が差し出してきたのは表紙に「中央王国周辺の文化・人・魔物」と大きく書かれた紙束だった。紐で簡単に綴じられており、すでに多くの書き込みがされている。
「ええっと、まあこのへんに使ってないページが……。あっ、あったッス。ここにお願いするッス!」
うーん、このまま絡まれるのも面倒くさい。サインをすれば用が済むというならさっさと済ませてしまおう。差し出された筆記具を受け取り、「高町みさき」と楷書で書きつける。カッコよく崩したサインなんて書けないし。
「わーい! ありがとうッス! へー、これで『高町みさき』って読むんスねえ」
あっ、しまった。つい日本語で書いちゃった。あー、ええっと、わたしの出身はずっとずっと遠いところでして、このへんとは言葉が違うんですよ、はい。
「そうなんスねえ。そんな遠くからはるばる旅をしてきたなんて、ますます感動しちゃうッス!」
はい、感動していただきありがとうございます。それじゃこちらは用事があるのでこんなところで。
「ちょっ、まま待ってほしいッス! この方角から街を出るってことは行き先はエルフの森ッスよね? 自分も同行させてほしいッス!」
悪いな、はじめましての人。この乗り物は4人乗りなんだ。というか、護衛の依頼でもないのにいきなり同行させてくれとか不審感が高まらざるを得ないぞ。
「あっ、自己紹介を忘れてたッスね。自分はロマノワと言って、物書きをしてるッス。こんな本を出してるッスよ!」
ロマノワと名乗った浅黒女は背嚢から数冊の本を取り出して見せてきた。「大地を二つに分かつ川のほとりでの生活」だとか、「乾くことなき大森林に暮らす虎猫族の暮らし」だとか、そんなタイトルが並んでいる。いわゆる旅行記とか、紀行文って呼ばれるたぐいのものだろうか。
「そうなんス! あちこち旅して回って、それをまとめて本にしてるッス。こっちに来たのも取材旅行で、エルフの森にも行くつもりだったんス」
ほほーう、それで街門の近くにいたらたまたまわたしたちを見かけたと。そういうことなのかな。
「そのとおりッス! 旅の道連れができて、おまけにあのそうつ……高町先生の取材もできるとなれば、一石二鳥ッスから」
いま双槌鬼って言いかけたよね? まあ、それはいいとして、わたしたちの乗り物が4人乗りというのは嘘じゃない。詰めれば5人乗れないことはないが、旅の荷物も込みだとかなり厳しい。
「足については心配ないッス。こいつに乗って勝手についていくッスから」
ロマノワさんが指した方を見ると、厩舎の従業員と思しき人が大きな生き物を連れてこちらにやってくるところだった。
くつわが噛まされているが、鋭い牙が見えている。皮膚は赤銅色の鱗で覆われており、太い頑丈そうな二本の足で地面を踏みしめていた。前脚は小さく、鋭い鉤爪がついている。極端に前傾した背に鞍が載せられ、長い尻尾をゆらゆらと左右に振っていた。
うーん、なるほど、これは完全に恐竜ですね。




