第五十一話 こういうのでいいんだよ、異世界転移は
「もぐもぐ……パスタ、でしたっけ？ こんなのはじめて食べました！ つるつるしてて、歯ざわりもよくておいしいです！」
不慣れな手付きでフォークにパスタを巻きつけ、すごい勢いでパスタをもぐもぐしているのはミリーちゃんだ。麺料理ははじめてのようだが、物怖じすることなく食べてくれている。
「麺料理とはひさしぶりですね。しかし、これほど完成度の高いものは食べたことがございません」
器用にフォークを使いつつ、一口ずつ確認するかのように味わっているのがサルタナさん。エスカルゴをまじまじと見つめてから頬張り、「これは……貝？ しかしこのような味は……」などと首を傾げている。
うーん、そういえばこの世界に来てからカタツムリを見たことがないぞ。こっちにおけるカタツムリの扱いがわからないので、ネタばらししていいものか迷う。ゲテモノを食わせたと思われるのは嫌だしなあ……。まあ、巻き貝の一種だということにしておこう。別に嘘は言っていない。
「いつも食べてたパスタとぜんぜん違う……」
「……麺がうまい」
パスタを食べ慣れているはずのメガネちゃんとメカクレちゃんにも好評のようだ。そう、パスタ料理というのはパスタそのものの品質で味が何ランクも変わるものなのだ。超高級店や味にこだわる個人店は別として、チェーン店はコスト重視でそれほど高級なパスタを使用できない。原価を無視できる時点で勝ち確は約束されていたのである。
茹でたパスタの重量は２キログラムを超えており、それにアンチョビポテトにペペロン枝豆、小エビのサラダもあったのだが、みるみるうちに量が減り、きっちり完売となった。わたしとミリーちゃん、サルタナさんはがんがんに身体を動かしてきた後だし、リアル十代の二人の食欲も年齢相応で大したものだった。ちょっと余るかな……くらいに考えて作ったのだが、もう少し多めでもよかったのかもしれない。
「そしたら次は、食後のデザート……ってところなんだけど……」
みんなの視線が一斉にわたしに集まる。あー、まいったな。ぶっちゃけお菓子作りは苦手なのだ。性格が大雑把にできているので、細かな計量や繊細な作業が必要なお菓子は何度チャレンジしてもうまくいかなかったのでトラウマなのである。とはいえ、期待されているとなれば応えねばなるまい。
「うーん、そしたらドラム缶ロボ君？」
アシスタントのドラム缶ロボにお使いをお願いすると、即座に注文に応えるべく動き出してくれた。この素直さ、どこかの布切れに見習ってほしいものだ。
ドラム缶ロボにお願いして持ってきてもらったのは、製菓コーナーにあるカラフルシュガーやナッツ、ドライフルーツ類などだ。ついでに既製品のチョコ菓子やクッキーなども持ってきてもらった。
「はじめはバニラが無難かなあ……。あ、メガネちゃんとメカクレちゃんは好きなものを」
そう、わたしが考えたのはセルフトッピング式のアイスクリームだ。フードコートのメニューには当然アイスやソフトクリームなども含まれていたし、それらをベースにして、自分で好きなだけ好きなものを追加してもらおうというわけである。
ミリーちゃんとサルタナさんは初めて見るアイスや製菓材料、お菓子などをあれこれつまんでいちいち目を丸くしながら、メガネちゃんとメカクレちゃんは楽しげにアイスを飾り付けている。何やら重い背景を抱えてそうな二人だけどやっぱり女の子なんだなあ……と思うとなんだか気持ちがほっこりした。
わたしはというと、バニラ味のソフトクリームに、ピーナツをチョコで包んだ駄菓子を入れて食べている。黄色のくちばしのキャラクターが描かれた、子どもなら一度は夢見る缶詰が景品として当たるくじが付いたアレだ。ああ……この暴力的な甘さ……そしてピーナツの香ばしさと気持ちの良い歯ごたえ……たまらぬぅ。
どうもわたしは甘味についてはかなりお子様舌らしく、高級菓子よりもこういう駄菓子を好む傾向がある。いつだったか、会社の後輩から某有名菓子店のマカロンをもらったことがあるのだが、口ではお礼を言いつつも、心の中では「マカロンって、おいしいと感じたことないんだよなあ……」と思っていた。そういえば、あのマカロンどうしたっけ。一旦デスクにしまってそのまま忘れてる気がする……。
他の面々も自らの作品が完成したようで、見せ合いっこをしたり、お互いのものを味見したりしてワイワイキャッキャだ。ドワーフ村の女子会を思い出すなあ。そうそう、こういうのでいいんだよ、異世界転移は。
それにしても……わたし以外の４人が作ったものは明らかにわたしより芸術点が高い。わたしの駄菓子チョコソフトを１点とするならば、他のみんなは１０点！ １０点！ １０点！ １０点！ みたいな感じだ。思わぬところで女子力の差を見せつけられたようで、ビシッと鋭いボディブローを浴びせられたような心持ちになる。
ま、まあいい。好きなものを好きなように食べられるのがこの企画の妙なのだ。そして、わたしのお菓子作りの腕前が試されないところが非常にグッドである。普通の料理に関してはそれなりの自信があるわたしであるが、お菓子については市販品を超える自信はまったくないのである。
「なんだか一生分のおいしいものを味わっちゃった気がします」
「これほどのものは第二皇都の宮廷でも食べられないのではないでしょうか」
すっかり満足げなミリーちゃんとサルタナさんは食後のウィスキーをロックでちびちび飲んでいる。強い酒があると聞いて、食後の口直しに希望したのだ。飲んでいるのはラフロイグという非常にスモーキーなスコッチウィスキーで、わたしが推薦したものだ。二人ともイケる口だし、これくらい癖が強いものの方がかえって面白がってもらえるのではないかと考えた次第である。
「自分たちで料理を作ろうなんてぜんぜん考えなかったですけど、こんなに味が変わるものなんですね」
「……正直、びびった」
メガネちゃんとメカクレちゃんがホットコーヒーをすすりながら嘆息する。そりゃあ、これだけあれこれ食べ放題の環境にいるのだ。もともと料理が趣味ということでなければ、自分から料理をしようというモチベーションはなかなか沸いてこないだろう。
「食べたら眠たくなっちゃいましたし、そろそろ今日はお休みにしませんか？
メガネちゃんの提案に全員が同意する。宿泊の許可についてはすでにもらっていたし、わたしたちもくたくただ。積もる話はまだまだあるけれど、お言葉に甘えて休ませてもらうことにしよう。
わたしたちが案内されたのはスーパー銭湯に付属した畳敷きの休憩所だ。そこにドラム缶ロボくんたちが布団を持ち込んで寝床を作ってくれていた。低反発素材のマットに敷布、すべすべのシーツにふわふわの羽毛布団という構成である。これ、ワンセットで数十万円はかかるんじゃないかな……。
なお、メガネちゃんとメカクレちゃんは別の場所で寝るそうだ。かなり打ち解けた気はするけれど、それでも一緒の空間で眠れるほどには警戒心を解いていないということだろうか。あるいは、わたしたちに気を使ってくれたのかもしれない。
とりあえず、明日の東の雷鳴の刻に改めてフードコートに集合することとなった。
わたしはドラム缶ロボくんにみんなより１時間ほど早く起こしてもらうよう頼むと、日本にいたころを加えても味わったことのない快適な寝床で眠りにつくのだった。
