第百九話 人生とはわからないもの
ヒロトが2階から降ってきた。
ってちゃうわ。上空から降ってきた。あの熱血バカは何を考えたのか謎の飛行機でメガネチャンダイオーの頭上に急降下アタックを決めやがったのだ。合体とか叫んでたけど、そんなことできるわけないやろ……。
ああ、これは終わった。メガネチャンダイオーが壊れてしまっては逃げることすらむずかしいかもしれない。思わず膝をつきそうになり……
『『『真・ジャスティス・メガネチャンダイオー・フェニックス・降臨!!』』』
メガネちゃん、メカクレちゃん、熱血バカの声が見事に重なった。
第三者視点を映すモニターに目をやると、そこには炎の兜をかぶり、背中から光の翼を生やしたメガネチャンダイオーが立っていた。これどうなってるんですかね。とりあえず規格とかどうなってるのか聞いていいものなんですかね。
翼から強烈な閃光が放たれ、戦場が真っ白に染まる。それが収まると、大魔王の身体を包んでいた黒い靄が消え去り、大地を覆っていた黒い毛のようなものも消え去っていた。いやもうホントどうなってんですかね、これ。
『おれたちの熱い正義の魂が!』
『輝く生命の輝きが!』
『瑠璃色のクリムゾンソウルが!』
『『『邪悪な魔王を打ち倒す!!!』』』
メガネチャンたちのテンションが振り切れている。さっきまで苦戦してたとはまったく思えねえ……。これはあれか、メガネチャンダイオーの動力は気合とか精神力とかそういうあれなのだろうか? うん、さっぱりわからんぞ。
『『『受けてみろ!!! 黄金色の真・爆炎豪拳連打・with・メガネチャンダイオー!!!』』』
その叫びと共に、メガネチャンダイオーの上体が左右に振られ、無限の軌道を描き出す。左右の拳が繰り出され、大魔王の顔に、顔に、顔に、腹に、腹に、腹に、途切れることない連打が突き刺さる! 大魔王が徐々に後ずさり、そして空中へと浮かび上がっていく。
『『『これでトドメだっ!!! 爆炎龍拳!!!』』』
大魔王の顎を強烈なアッパーが打ち抜いた! 大魔王の身体は暴風を起こしながらくるくると回って天高く吹き飛ばされていく。そして太陽のひとつと重なった瞬間、地を揺らす轟音と共に大爆発をして消滅した。
えー、これどうなってるんですかね。解説のメルカト様、お願いします。
『わいに聞かれてもわからんがな……。まあ、うん、正義は勝つ! ってやつやな。よかったよかった!』
まあメガネチャンダイオーにしても、熱血バカの力にしてもこの世界由来のものじゃないもんなあ……。そもそもどうやって動いてるのかもわからないし。謎パワーが謎に作用して謎の勝利をもたらしたのだ。真面目に考えるのはもうやめよう。
「はぁっ……はぁっ……、全力を出し尽くしました……」
「……しばらくは、動けない」
メガネチャンとメカクレちゃんが操縦席でぐったりとしている。謎パワーの源は二人の体力とかなんだろうか? 今回はノリでやっているとかじゃなく、本当に疲れきっていそうだ。
モニターを見るとゴブリンの生き残りがあちこちにいるようだが、その数はもう当初の1割にも満たない。大魔王の敗北を見てすっかり逃げ腰になってるようだし、あとはメガネチャンダイオーなしでもなんとかなるだろう。
モニター越しに戦況を確認していると、戦場の一角で土がぼこりと盛り上がるのが見えた。ちぎれた天幕の残骸が残っているので蛸髭の本陣近くか。気になって見ていると、地面から現れたのは浅黒い肌の女だった。
「カマキリ女っ! 生きてたんかいっ!」
思わず大声を上げたわたしへ一斉に視線が集まる。あっ、すいません。つい叫んじゃいました。でもね、やつとは浅からぬ因縁ができちゃいましたし、これは見逃すわけにはいかないなと。あそこに向かってミサイル一発ぶっ放したりできないですかね?
「ごめんなさい、高町さん。弾切れです……」
「……エネルギーもない。一歩も動かせない」
わーぉ、そうなると直接仕留めにいかなきゃならないな。あいつはあいつでこっちを恨んでいるし、野放しにしたら絶対ろくなことにならない。メガネチャンダイオーから降ろしてもらうことはできますかね?
「昇降装置も動かせないです」
「……ハッチなら、開けられる」
メカクレちゃんが指差した先に、ハンドル付きの丸い鉄蓋があった。なるほど、ここを開ければ外に出られると。メガネチャンダイオーの表面には凹凸が多いし、ドワーフ村ではロッククライミングもどきもやっていた。セーラー服君のアシストがあれば地上まで降りるのはそう難しくないだろう。
っちゅーわけで、ちょっとカマキリ女退治に行ってきます!
「みさきさん、私も!」
「わたくしも、と言いたいところでございますが……」
開いたハッチの外から見えるのは、高層ビルの屋上から見下ろしたような光景だ。ミリーちゃんとサルタナさんの申し出はありがたいが、ここから下りられるのはわたしくらいなものだろう。
「安心して。もうあいつの実力はわかってるし、サクッとやっつけてくるから」
そう言い残してハッチから外に出る。メガネチャンダイオーの表面についていたいろいろな店舗の看板やら非常階段やらその他雑多なものを伝って、するすると地上まで下りていく。
「セーラー服、カマキリ女の居場所わかる?」
「南西に700メートル。逃走を図っているようですね」
おっけー了解。それじゃとっとと追いかけますか。セーラー服君のスカーフが指し示す方角へと全力で走りはじめる。残り600メートル、500メートル、ふむ、順調に距離を詰めているな。あいつの方がスピードがあったはずだが、戦争のどさくさで怪我でもしてるんだろうか。
残り400メートル、300メートル。あいつの背中がはっきり見えてきた。予想通り、負傷しているようで足を引きずっている。
200メートル、100メートル。もう大声を出せば聞こえそうな距離だ。この世界に来たばかりのときはゴブリンから必死で逃げていたのに、いまでは逆に追いかける側になるとは人生とはわからないものである。
残り数十歩まで近づいたところで、こちらの気配に気がついたカマキリ女が足を止めて振り返った。一瞬、驚きの表情を浮かべたように見えたが、すぐに余裕ぶったにやにや笑いに変わる。
「こんなときまであーしを追っかけてくるなんてー、そんなにあーしのことが好きなのー?」
「せっかくできたファンだからね。最期まできっちり見届けてあげないと」
「そーゆーの欲しくないしー。しつこい女は嫌われるしー」
「基本的には去る者追わずだけどね。あんたはここで逃したら絶対ろくなことをしない。ここできっちりケリをつけるよ」
軽口を叩きながらも戦鎚を抜いて徐々に距離を詰めていく。怪我をしたのは足のようだ。何かの破片でも食らったのか、左の太ももから血が流れ出している。
「あーあ。これを試すのは安全なとこまで逃げてからだと思ってたのになー。もうここでやってみるしかないしー」
そういうと、カマキリ女は胸元から何かうねうねしたものを取り出した。黒みがかった蛸のような触手だ。何か既視感をおぼえる。
「なに……それ?」
「これはねー、蛸髭様の髭ー。これを食べるとねー、蛸髭様の力が得られるんだしー」
そう言うと、カマキリ女は触手を口の中に突っ込んだ。カマキリ女の皮膚が、まるで内側で触手がのたうっているかのように蠢き出す。
「ぐっ、げぇっ、あああーーー、これすっご。身体の奥からっ……かき回されて……げあっ」
カマキリ女が身体をくの字に折って苦しんでいる。これはマズイ予感がする。一気に駆け寄り、横薙ぎに戦鎚を叩き込む! 防ぐ様子もなく吹っ飛び、無様に地面を転がる。
……が、感触が生物のそれではなかった。まるで金属を叩いたかのような衝撃に手がしびれている。
「蛸髭様の髭、ね。2本以上もラったことノあるやつ、いな、イ。すごっ、あっ、チカラが……沸キ上がっテくる……!!」
カマキリ女がふらふらと立ち上がる。何のことだかはっきりはわからないが、あの魔王の髭はパワーアップアイテムだったってことなのか?
「あんタの攻撃デ、ちぎレて落っこチテたんだ。おみヤげ、あリがとね」
ロケットランチャーをぶっ放したときに攻撃がかすめたことを思い出す。あれで髭がちぎれていたのか!?
「あー、やっトなじんで来たシ。うウん? こレじゃもう、人間には紛れ込めないシー」
カマキリ女が顔を撫でながら話す。
その両目は顔の半分を覆わんばかりの複眼になり、その口は2対の大顎と複数の触角で構成されたものへと変わっていた。そこには、カマキリの頭部に髪の毛を生やしたような、見るだけで鳥肌が立つ異貌があった。




