第百七話 フレーバーなので心配しないでください
メガネチャンダイオーのコックピットが激しく揺れる。メガネチャンダイオーの衝撃吸収機構は強力で、これまで飛ぼうと走ろうとまるで振動を感じなかったので驚いてしまった。
「右腕部損傷率10%!」
「大型モンスター出現! パターン赤です!」
「胸部第二機関室にて火災発生! 消火急いでください!」
近未来SFチックな軍服を着た黒髪の美女たちが口々に何かを叫んでいる。おいおい、これは大丈夫なのか……?
「あ、パターン赤だとか火災だとかはフレーバーなので心配しないでください」
「……雰囲気作り、大事」
「そ、そうなんだ」
思わず焦ってしまったが、メガネちゃんたちにはまだ余裕がありそうだ。ひとまず安心……していいのかな。右腕の破損はガチってことだよね?
「交易都市の近くで遭った瘴気領域の主より大きいですね……」
「魔王が変じたように見えましたが、エルフ村のときと同じ薬でしょうか?」
ミリーちゃんとサルタナさんも若干不安げな声を出す。メガネチャンダイオーの強さは圧倒的だが、決して無敵の存在ではない。目の前に現れた巨大な怪物に対し、恐れを感じるのは当たり前だ。
「また揺れると思うので、みさきさんたちも椅子に座ってください」
「……念のため」
メガネちゃんに促されるままに近場の椅子に座ると、黒髪の美女のひとりが冷たい飲み物を持ってきてくれた。この美女たちはメガネチャンダイオーモードのときのみに現れるオペレーション要員……のようなものなのだそうだ。
雰囲気作りのためだけに存在しているそうで、いてもいなくてもメガネチャンダイオーの操縦に支障はないらしい。見た目こそ人間そっくりだが、本当はドラム缶ロボと同じロボットだ。AIも同じレベルで、あらかじめ決められた役割以外は何もできないとのこと。
椅子に座って落ち着いたところで、心の中でこれまでの流れを少し振り返る。
メガネちゃんを救出したわたしたちは、ショッピングセンターの救護室にメガネちゃんを寝かせて意識が回復するのを待った。
本当は医者に診せたかったところだけれど、戦争中の街に舞い戻るようなことはできない。やきもきしながら待つこと数時間、メガネちゃんの意識が回復したときには安心のあまり全身の力が抜けてしまいそうだった。
目覚めたメガネちゃんの体調に問題がないことを確認し、事情を説明する。そして、メガネチャンダイオーの降臨と相成ったわけだ。ちなみにコックピットは元漫画喫茶なのだが、変形するとどういう仕掛けなのか壁一面にモニターの設置された半球形の空間に変わっていた。メガネチャンダイオー、まじパねえっす。
ともあれ、これで勝ち確だ。メガネチャンダイオーの圧倒的パワーで魔王軍を蹴散らしてしまえば万事めでたしめでたしである。ミッションコンプリートだぜ!
――ズウン
なんて、考えてたんだけどなあ。コックピットが再び大きく揺れる。オペレーション要員たちが被害状況を報告しているのが聞こえるが、あちこちにダメージが入っているらしい。
モニターに映る巨大魔王も無傷ではなく、メガネチャンダイオーの攻撃を受けるたびにそこから血が吹き出すのだが……黒い靄状の何かがそこを覆い、あっという間に傷がふさがってしまうのだ。
思い返せばドワーフ村ではじめて遭遇した瘴気領域の主も再生能力持ちだったけど、アレとは明らかに治り方が違う。生物的な再生ではなく、アニメやゲームの回復魔法のようにパッと治ってしまうのだ。この世界に来てから回復魔法なんてものの存在は聞いたこともないが、存在していたのだろうか?
『アカンな、あれ神さんになりかかってるで』
どこからか、メルカト様の声が突然聞こえてきて反射的にキョロキョロしてしまう。なにこれ? (いま……あなたの心に直接話しかけています……)ってやつ?
『ちゃうちゃう、声がこもるからとりあえず外に出してんか』
再び聞こえたメルカト様の声はわたしの胸元から聞こえていた。ありゃ、これはもしかして……とメルカト様の聖印を襟元から引っ張り出す。
『よう、嬢ちゃんたちがんばっとんな。ちょっと応援にきたで』
メルカト様の声がしていたのはやっぱり聖印からだった。はえー、こんなことできたんすねえ。
『わいの神殿のそばやないと無理やし、緊急事態やからやっとるだけやな。普段はこんなこといちいちせぇへんで』
まあそりゃそうか。メルカト様の信者は数ある神々の中でももっとも多く、商人だけでなく金運を上げたい一般人にも入信者は多い。何かあるたびにフォローをしていたらキリがないだろう。
それはそうと、神様になりかかってるってどういうことですかね? なんか響き的にすごくマズイ事態を想像してしまうのですが。
『響きゆうか、そのまんまマズイ事態や。あの魔王、死んだゴブリンたちの魂魄を丸ごと吸っとる。信仰で得る力なんかより段違いの力を集めとるな』
モニターを確認すると、巨大魔王の足下から伸びる黒い毛のような器官は戦場を薄く広く覆っていた。死体だけでなく、まだ生きているゴブリンまで次々に絡め取っている。なるほど、ああやってエネルギー補給をしていたわけか……。
「メルカト様、もし魔王が神そのものになればどうなるのでございましょう?」
『せやな……。たぶん、このメガネチャンダイオーっちゅうんでも勝たれへんくらい強くなるんやないかな。それにアレに充満しとるんは人間への怒りや。誰ぞに倒されるか、魂魄が散るまでは人間を襲い続けるやろうなあ……』
サルタナさんの問いにメルカト様が答える。マジかよ。メガネチャンダイオーより強くて人間に敵意むき出しの大魔王とか洒落にならんぞ。つか、人類滅亡まで止められないんじゃないか?
『完全に神さんになれば王国の神殿がなんとかするやろうがな。気に入らんやつやけど、あそこのんは邪神のたぐい相手にはめっぽう強いからな』
おおう、そんな対邪神アンチユニットみたいな神様がいるのか。いますぐこっちに来てくれないっすかねえ。
『それは無理やなあ。信者連中は王国が育てとる勇者とその候補ぐらいやし、わいみたいにあちこちに分体を飛ばすことはできへん』
メルカト様と話しているとまたしても大きな震動が響く。心なしか大魔王はますます大きくなってるし、メガネチャンダイオーも押されている気がする。これはマズイな……。最悪、余力があるうちに逃げるよう言うべきかもしれない。
そんなことを考えていると、メガネチャンダイオーの頭上から突如大声が響いた。頭上を映すモニターを見ると、真っ赤な飛行物体がメガネチャンダイオー目掛けて降ってくるところだった。
『おまえにも正義の魂を感じるぜッ! おれのジャスティスファルコンと一緒に魔王をやっつけるぞ!!』
この暑苦しい絶叫には聞きおぼえがあるぞ、熱血イケメンこと、天王寺ヒロトの声だ!
次の瞬間、飛行物体がメガネチャンダイオーに激突し、すべてのモニターの映像が紅蓮の炎に埋め尽くされた!
『合ッ体だぁぁぁあああーーーッッッ!!!!』




