第百五話 ゆけ、鋼鉄の弾丸号よッ!!
わたしたちは魔王軍の天幕に自動車ごと乗り込んだ。高さの調整はきかないのか、天幕を押しつぶしてしまって焦る。車から飛び出しつつ、セーラー服君に尋ねる。
「セーラー服、メガネちゃんどこ!?」
「あちらです、ご主人」
セーラー服君がスカーフで示した方向の天幕が盛り上がっている。ナイフで天幕を引き裂き、メガネちゃんを抱えあげる。よかった、意識はないが息はしているし、傷も見当たらない。おそらく、メカクレちゃんを眠らせたのと同じ薬を盛られているのであろう。
「メガネちゃん、確保!」
「ゆけ、鋼鉄の弾丸号よッ!!」
メガネちゃんを抱えて後部座席に飛び込むと、サルタナさんがアクセル全開で急発進する。
「そいつらを逃がすなッ!」
天幕近くの物見台にいたゴブリンが大声で叫ぶ。すると、周辺を守っていた大柄なゴブリンたちが狼狽しながらも自動車の前に飛び出してきた。
「邪魔です!」
「……どけ」
左右の窓から身を乗り出したミリーちゃんとメカクレちゃんが突撃銃を撃ちまくる。連続する破裂音とともに、道を遮るゴブリンたちが穴だらけになって倒れていく。
どすんどすんと鈍い衝撃。倒れたゴブリンたちを轢いたのだろう。地を這う閃光号であれば厳しい路面環境だが、この車ならまったく問題ない。
なにしろ、もともと軍用車だったものを民間仕様にしたものなのだ。なんなら正面から跳ね飛ばしたって大丈夫だろう。
「ついでにお土産ねッ!」
わたしもいかつい鉄筒を肩に抱え、窓から身を乗り出して後方に狙いを定める。あの物見台にいるやつが偉そうだったなあ。よく見ると、顎に無数の触手がうねうねしている。うえ、地味にキモい。あれが魔王蛸髭ってことで間違いなさそうだ。
蛸髭に狙いを定め、鉄筒の引き金を引く。鉄筒が火を噴き、円錐状の弾体が煙を上げながら飛んでいく。あっ、くそ。微妙に外した。弾体は蛸髭をかすめて少し遠くに着弾し、何匹ものゴブリンを巻き添えにして大爆発を起こした。
そう、これはロケットランチャーである。一度でいいから撃ってみたかった代物だぜ。って、練習で何発か撃ってはいるんだけど。
驚いた蛸髭が物見台から転げ落ちている。うけけけ、ざまあみやがれだ。だが、うちのもんを拐ってくれたお礼はこんなもんじゃあすまんけぇのう。
おっと、つい心の中の広島ヤクザがうずいてしまったが、まだまだ油断は禁物だ。後方の軍が薄くなるのを確認してから乗り込んだとはいえ、敵がまったくいないわけではない。ミリーちゃん、メカクレちゃんに続いてわたしも進路上の敵に向けて銃をぶっぱなす作業に参加する。
後方も確認するが、アクセル全開の四輪駆動車に追いつけるものはいない。念のため、ときどき手榴弾を投げつけて牽制しておく。本陣が混乱に陥れば、前線の圧力も多少は緩和されるだろう……という思惑も一応ある。
「あとはショッピングセンターまで逃げ切ればミッションコンプリートだね」
視界に映るゴブリンたちが豆粒のようになったところで車内に身体を戻し、ほっとため息をつく。
「それにしても、このように強力な武器が市場で売られているとは地球というのは恐ろしいところなのでございますね」
戦闘の昂揚が引いてきたのか、サルタナさんがいつものクールな口調で話しかけてくる。しゃべりながらも視線はまっすぐ前を向き、ハンドル操作に余念がない。オフロードにも関わらず時速100キロ超えである。相変わらずとんでもねえ。
この自動車や、地球の銃火器の数々をどこから調達したか……といえば、言わずと知れたチートショッピングセンターからである。メガネちゃん誘拐の件を聞いてすぐに助けに行こうとしたメカクレちゃんを止め、その能力を聞いてから特急で救出作戦を練ったのだ。
必要なのはまずは機動力。せっかくメガネちゃんのもとにたどり着いたところで、そこから脱出できなければ意味がない。地を這う閃光号をガソリン消費も気にせずぶっ飛ばして、近場の瘴気領域まで移動してきていたショッピングセンターで四輪駆動車を確保したのだ。
次に用意したのが火力。さんざんぶっ放した突撃銃やらロケットランチャーのたぐいである。いくら軍用車を元にしているといっても、大軍を轢き潰して突破できるほどの性能はないだろう。脱出の邪魔になる敵は処理する必要がある。
これらが揃ったからこそ、メガネちゃん救出作戦は成功したのだ。メガネちゃんの位置を特定し、脱出可能だと確信できるまで魔王軍の動きをじっと待ったのだ。
そうそう、肝心のどうやって魔王軍の本陣に乗り込んだのかを説明するのを忘れていた。それは、メカクレちゃんのチート能力によるものだ。
いつか、ショッピングセンターでメカクレちゃんのチート能力を尋ねたときに、メカクレちゃんは「メガネちゃんについてきただけ」と答えた。てっきり警戒心からチート能力を隠しているのだろうと思い、それ以上は突っ込まなかった。
だが、蓋を開けてみればなんのことはない。メカクレちゃんは自分のチートを正直に話してくれていたのだ。
メカクレちゃんが女神モドキからもらったチートは「メガネちゃんについていくこと」。どれだけ距離が離れようと、どんな場所にいようと、一瞬でメガネちゃんのもとに移動できる能力だったのだ。
能力の詳細についてはメガネちゃんとメカクレちゃんがすでに検証済みで、身につけているものはまるごと瞬間移動できるとのことだった。そこで、メカクレちゃんを四輪駆動車にシートベルトでがっちり固定し、わたしたちも一緒に蛸髭の天幕へと乗り込んだというわけだ。
人間まで一緒に移動できるかは正直なところ賭けだった。基本的に二人暮らしだったし、生物実験まではしていなかったのだ。
しかし、生物が移動できないという縛りはちょっと考えづらい。まずメカクレちゃん本人が生物であるし、本人のDNAを持つものしか移動できないというのであれば体内の常在菌なども置き去りにしてしまうだろう。
というわけで、賭けとは言っても、十分に勝算のある賭けだったのである。
「ご主人、目的地まで北東に2キロメートルです。このまま直進してください」
「了解! サルタナさん、このまままっすぐだって!」
何の目印もない瘴気領域の中でもセーラー服君のナビは正確だ。個体識別などの複雑な要件がなければ、巨大建造物の場所を探知する程度のことはかなりの遠距離から可能である。ましてや、昨日行ったばかりの場所など間違えようもない。
ちなみに、不可視機能はドローンドラちゃんだけでなく、ショッピングセンターにも備えられているそうで、メガネちゃんとメカクレちゃんの留守中は誰の目にも映らないように設定していたそうだ。マジでパねぇぜ、チートショッピングセンター。
ショッピングセンターに入り、メガネちゃんの意識が回復したらメガネチャンダイオーで魔王軍を踏み潰せばゲームセットだ。エルフ村での戦闘からこっち、さんざん溜め込んできた恨みをいまこそ晴らしてやるぜ!
「ご主人自身の力で晴らすわけではありませんがね」
あーもう、いま盛り上がってるんだからセーラー服君は水をささないでくれるかな!
約15万字越しの伏線回収なり。
ちなみにメカクレちゃんのチートについては「第四十七話」で触れております。
※ホントに一言だけですが




