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三十路OL、セーラー服で異世界転移 ~ゴブリンの嫁になるか魔王的な存在を倒すか二択を迫られてます~  作者: 瘴気領域@漫画化してます
第四章 戦え! エルフの森

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第九十五話 日本にいたころは宗教なんてまるで信じてなかったけど

 しとしと降る雨の中、エルフの男たちがトカゲゴブリンの死骸を淡々と片付けている。あの大巨人が崩れ去った直後は戦勝の高揚であちこちから歓声が上がっていたが、しばらく経てば昂ぶった感情もおさまる。いまは粛々と戦後処理をしているわけだ。


 結果的に、南門が突破されることはなく、そちらから押し寄せたゴブリンは矢の的になっただけだった。問題は北門側だ。白兵戦に持ち込まれたために、死傷者はそれなりに出ている。


 敵の総力を考えれば信じられないほどに被害は少なかったそうだが、それを聞いて親しいものを失った悲しみが和らぐものではない。雨音に混じって、夫や兄弟、息子を失った者たちのすすり泣く声が聞こえてくる。


 正直に言って気が滅入る。この世界に来てずいぶん修羅場をくぐってきた気がしていたが、身近で人が死んだのははじめての経験だ。日本で見ていたアニメの主人公なら翌週の放送にはもう何もなかったように振る舞っていたが、わたしの精神はそんなにタフじゃない。


 こんなときなら普段鬱陶しいだけのセーラー服君の嫌味でも歓迎できそうなのだが、例によってスリープモードである。まったく、この布切れといったら間がいいのやら悪いのやら。


「これお願いします」

「はい」


 竹籠を牽いてきたエルフに短く返事をする。トカゲゴブリンの詰まった竹籠にフックをかけてロープを引く。わたしひとりでは体重が足りないから、何人かのエルフとの共同作業だ。


 魔物の死体処理について心配していた衛生面の懸念だが、結論から言えばまったく問題なかった。丸一日経ったころには綺麗サッパリなくなっていたのだ。


 マーシャルさんによれば、風霊様が魔物の身体にこもった瘴気を祓うと共に、肉体も分解して自然の営みの中に戻すのだそうだ。この世界、微生物とかどうなってるんだろ?


 エルフの犠牲者については丁寧に化粧を施して着飾らせ、家族や友人と数日過ごしてから御柱のなるべく高いところに吊り上げて葬るのだそうだ。そうすることで、魂が風霊様のもとへ還り、時をおいてまた村に帰ってくると信じられている。


 いわゆる輪廻信仰ってやつだ。日本にいたころは宗教なんてまるで信じてなかったけど、こっちに来たら実物の神様に会っちゃったからな。きっとそんなこともあるんだろう、と受け入れられる程度にはわたしの価値観は変化している。


「雨はもうこんなところでよさそうだぞ」

「ああ、それじゃお祈りをやめてもらうかね」


 竹箒や熊手で掃除をしているエルフたちの声が聞こえる。いま降っている雨は、エルフの長老衆が精霊術で降らせているものだった。親分格の風霊様が、子分の水霊に雨を降らさせている、というわけだ。


 この世界では、水霊の力が強まっているときに雨が降る。空を見上げれば雲もあるし、「降雨」という現象の見た目は地球と差異はない。ただし、そのメカニズムは地球とはまったく異なる。雨乞いしたらリアルに雨が降るとか、もし地球でできたら世界中から引っ張りだこだったろうなあ。


「ゴブリンの死骸もこれが最後だ。集会所で炊き出しをしてるから、終わったらそこで体を休めてくれ」


 竹籠を運んできたエルフにそんな声をかけられる。というわけで最後のひと仕事を終えて集会所へ向かう。集会所では先に作業を終えたエルフたちが椀を片手にあちこちで食事をしていた。今日は本当に大変だったし、椀料理の一品のみということなのだろう。


 大鍋に向かって並んでいる列に加わり、汁物の入った椀を受け取る。おや、これまで食べたお吸い物と違って脂が浮いてるな。何かお肉が入ってるのかな?


「おーい、みさき! こっちで食ってるぞ」


 マーシャルさんの声がした方を見るとミリーちゃんやサルタナさん、リッテちゃんも一緒に車座になっていたので合流する。プランツ教授はまだ何かの仕事を手伝っているのか不在だった。


「今日は一品だけだがな、味はいままでの中で一番だと保証するぞ」


 マーシャルさんが腕を組み、胸を反らして何やら自慢げだ。マーシャルさんのこういう態度を見るのは初めてな気がする。やはり戦争が終わって少しは気が休まったのだろうか。


 とりあえず、お腹がペコペコなので汁を一口すする。うむ、お肉の出汁の味がする。これは間違いなく肉がしっかり入ってるな。ここ数日はベジタリアンみたいな食生活だったからかなりうれしい。


 竹製フォークで具材を突いてみると、かなりの厚みに切られたお肉がヒットした。見た目は豚バラか。マーシャルさんたちはトカゲゴブリンの残党がいないか森の哨戒に出ていたから、おそらくそのついでに狩りでもしてきたのだろう。


 何の肉だかわからないけどそれは食べ終わってから聞くことにしよう。この世界で食肉の詳細を知って幸せになれたことがない。


 とりあえずお肉を口に放り込んで噛みしめる。ジビエと言えば硬いというイメージだったが、これは柔らかいな。さっくり噛み切れて食感が面白い。日本の食材で言うなら見た目と同じく豚肉が近いかな。噛むほどに脂の甘みが広がって、なるほどこれは確かに絶品である。


「どうだ、オークの幼体は珍しいぞ。初めて食べたんじゃないか?」


 おおう……飲み込む前にマーシャルさんがネタバラシしてくれてしまった。オークっていうとあれだよな。げへげへ笑いながら女騎士を囲んで「くっ、殺せ!」とか言わせる豚頭の人型生物だよな……。あっ、ラーメン屋のおじさんが言ってたオークゴブリンの可能性もあるぞ。


「安心しろ。俺たちは魔物など食わん。これは四ツ足オークというやつでな、オークに顔が似てるからそういう名がついたが、普通の動物だ。森で風霊様の恵みを食べたり、草を食べたりして暮らすおとなしい生き物だな」


 うーん、つまりほとんど豚ってことなのかな? 日本なら豚の頭をした怪物がオークだけど、こっちの世界だとオークの方がメジャーだから豚がオーク顔の動物ってことになるのだろうか。


 しかし、この世界で魔物と動物を分ける基準がわからんな。プチハーピーなんかは地球基準では明らかに魔物のたぐいだが、ドワーフ村では平気で食べられていた。あとでリッテちゃんに聞いてみようか。


 考えごとをしながらお肉をごくりと飲み込む。とはいえ、リッテちゃんの前に話を聞くべき相手がいる。


「ちょっとー! 高町先生ひどいッスよー! 自分もごはん食べたいッスー!」


 集会所の隅へ目をやると、縄でぐるぐる巻きにしばられた女神モドキがなにやらわめいていた。

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