第九十四話 超高速(ハイスピード)モード
地響きを立てながら竹製の大巨人が一歩、また一歩と村に迫ってくる。ミリーちゃんが銃で、エルフたちが弓矢で頭部の狙撃を試みるが当たる気配がない。巨体のために、身じろぎひとつで位置が大きくずれるのだ。到底狙えるものではない。
足から崩す……というのも現実的ではないだろう。巨人の片足だけで物見櫓と同じくらいの太さがあるのだ。木こりの集団を連れてきたって1日2日じゃ崩せなさそうだ。
幸いにして動きはかなり遅い。セーラー服君のエネルギー消費を抑えるため、なるべくじっとしたまま敵を観察する。頭部は生首状態で逃げ出したときから変わってないように見える。
なんとかしてあそこまで這い上がって……いや、どう考えても無理だ。ちょっとしたマンションくらいの高さがあるぞ。おまけに動いてるし、ときどきニュースを騒がせていた蜘蛛人間リスペクトの人でも登るのは厳しいだろう。
「ご主人、次のモードに移行します」
セーラー服君が「こんなこともあろうかと」とでもいった雰囲気で言葉を発し、再び光の泡へと変わる。上半身は元のセーラー服に戻り、下半身のみ姿を変えた。
金属製のスカートが大きく広がり、両足が細身の装甲で覆われる。膝下のみちょっといかついブーツのようだ。えっ、もしかしてこれ飛べたりするやつじゃない?
「残念ながら飛行はできません。しかし、脚力に特化した超高速モードですので、あの巨人の頭部まで駆け上がる程度は造作ありません。そのぶん、パワーと防御力と犠牲になっているのでご注意を」
わーぉ、パワー特化モードの次はスピード特化モードとか、なかなかわかってるじゃないのセーラー服君。そういうことなら村の被害が拡大する前にとっとと片付けちゃますかね!
パワーが落ちたために先ほどまでのように2本の戦鎚を振り回すのはむずかしい。いったん両方とも背負い直して巨人に向かってダッシュする。加速がすごい。風圧で髪がたなびく。ひと蹴りで巨人の足首まで到達する。そこから巨人の体にある凹凸に足をかけながら頭部に向かって駆け上がる。あっという間に地面が遠くなる。わたしを狙って竹槍のようなものが次々に飛び出すが、すべて置き去りにして頭部まで駆け上がる。
瞬時にして眼前に現れたわたしの姿を見る大ゴブリンの瞳は驚愕に染まっていた。
明らかに感情を持つその表情に一瞬目をそらしてしまう。だが、背後を見下ろせば無残に壊されたいくつもの建物と、倒れ伏すエルフたちの姿が視界に映る。こいつは敵だ。情けをかけていい相手じゃない。
「こんどこそッ! トドメッ!」
両手で黒戦鎚を握り、大ゴブリンの頭に向かって思い切り振り下ろす。めきり、と嫌な感触がして槌頭が肉に埋まった。すると竹巨人の表面の竹がさざ波のように震え出し、ガラガラと音を立てて崩壊をはじめる。よし、今度こそ仕留めたな。
崩壊に巻き込まれないよう、大きく跳躍して距離を取る。上空をぴょーんと飛んで、まるでヒーローアニメの主人公になったようだ。そうそう、異世界転移はやっぱりこういう路線でお願いしますよ。たまにはよい気分のまま勝たせてくれ。
着地に備えて地面を確認する。エルフ村の広場に降りるつもりで飛んだが、きちんと狙い通りのようだ。わたしを見上げているミリーちゃんやサルタナさん、リッテちゃんたちが見える。
このままなら大ゴブリンの死骸の脇に着地するようだ。直撃じゃなくてよかった。死骸の上に着地とか、スプラッタな未来しか見えない。って、あれ? いま死骸が動かなかったか?
落下しながら注視していると、大ゴブリンの胸にできていた口から血まみれの何かが這い出してきた。人型だ。ごろりと転がり落ち、わたしの着地予定ポイントまで這ってくる。
まさか、頭は頭、胴体は胴体で別々に生きていた? セーラー服君のエネルギー切れが間近な状況でボスラッシュとか洒落にならんぞ。幸いにして、まだまともに動けないようだ。空中で戦鎚を握り直し、着地と同時に全力の一撃を叩き込めるように準備する。
着地まであと3、2、1……いまッ!
「もう泣きたい……。ホントひっどいめあった……ッス……ぶべらっ!?」
全力の戦鎚を叩き込まれた人型は見事にきりもみしながら吹っ飛んでいった。うん、どうやら女神モドキだったようである。途中から見当たらなくなったと思ったら喰われてたんかい。
ともあれ、大ゴブリンが生き残っていたわけでなくてよかった。それになにより、「女神モドキを一発ぶん殴る」というわたしの異世界での大目標を叶えることができたのは実に重畳である。




