第九十一話 人間ごときがチョーシこきやがって
凶悪なギザギザの刃が眼前を何度も通り過ぎる。かわして、かわして、戦鎚で受け、受け、反撃。かわされ、かわされ、交差した刃で受けられる。
スピードは浅黒女の方が上だが、一撃の重さはこちらが上だ。間合いが測れるようになったことでしっかり戦えている。
また、浅黒女が戦鎚にぶつけるような攻撃をしてこないのも有利に働いている。戦鎚で浅黒女の攻撃を受けたり、逆にこちらの攻撃を受け止めたときはわずかだが表情が歪んでいる。刃に神経が通っているのかわからないが、痛いのだろうか?
「なんかー、あんた学術都市のときより強くないー?」
「人間は日々成長するものだからねッ!」
戦鎚を大振りに構えると、浅黒女が一気に距離を詰めてくる。戦鎚から片手を離し、わたしも前に出て素早く左ジャブ。顔面に直撃。続けざまにジャブ、ジャブ。ガードが上がったところで半歩下がって戦鎚で足を払う。
倒れたところに全力を込めて戦鎚を振り下ろす。鈍い衝撃。戦鎚の柄頭が半分地面にめり込んでいる。浅黒女はその一撃をギリギリでかわし、地面をごろごろと転がって素早く立ち、跳躍して距離を取った。
「ぜったいなんかズルしてるっしょー。そーゆーのまじサガるんだけどー」
「さーてー、どーだろーねー」
口真似で返事をするとギリッと歯ぎしりの音が聞こえた。ふふ、イラついてるイラついてる。それに別にズルなんかしていない。まあ、そもそも実戦でズルも卑怯もないとは思うけど。
浅黒女の目にわたしが以前よりも強く映っている理由は簡単だ。ドワーフ流戦鎚術がそういう武術だからである。ドワーフ流戦鎚術の主な仮想敵は人間よりやや小さい岩ゴブリンなどの人型の魔物で、対人に近い戦いを想定してる。浅黒女はそれより多少大きいが、誤差の範囲内である。
また、ドワーフ流戦鎚術に現代地球の武術の要素を加えた結果、対人戦においてさらに高い戦闘力を発揮するようになったのだ。
浅黒女が学術都市で見たのは、奇策の連続で勝ち抜いた武術大会と、選考会での怪物との戦いだけのはずだ。牙あり牙なしゴブリン相手の戦いは全力には程遠かったし、その後の瘴気領域の主との戦いはサイズ差がありすぎて腕前を見るには参考にならないだろう。
要するに、余裕で勝てる相手だと思い上がったのが浅黒女の油断だったのである。
「一応、言っておくけど、降伏するならわたしは命まで取らないよ」
「もうあーしに勝ったつもりとか笑えるしー」
少し前まで夢中で戦っていたので気にする余裕もなかったが、両手の鎌以外は人間と同じ見た目の相手を殺すのにはさすがに躊躇してしまう。降伏すれば少なくともわたしは手を下すつもりはない。……エルフや他のみんながどう処遇するのかまでは知らないけど。
浅黒女は笑えるなどと口では言っているものの、額には汗が浮いて目も笑っていない。攻めかかるタイミングを図っているのかゆらゆらと身体を左右に揺すっているが、実際に攻撃に移る素振りが見られない。攻め手を考えあぐねているのだろう。
にらみ合いが続くが、かまわない。基本的に時間はこちらの味方なのだから。
――ドン!
響き渡る重低音。浅黒女の左肩に穴があき、血が吹き出す。浅黒女が悲鳴を上げ、肩を押さえてうずくまる。
「みさきさん、大丈夫でしたか!?」
「うん、大丈夫! ナイスショット!」
少し離れた民家の屋根に膝をつき、銃を構えるミリーちゃんに返事をする。北門のゴブリンを片付けて援軍に来てくれたのだろう。これで完全に形勢逆転だ。あたりを見渡すと、屋根に上がって弓矢を構えるエルフの数が明らかに増えている。
地上で白兵戦をしているエルフたちは基本的に防戦をし、食い止めている間に弓兵が狙撃するという分業になっているようだ。はじめはひと目では数え切れないほどいたトカゲゴブリンもすっかり減って、地面に倒れているものの方が多くなっている。
「これで最後ね。降伏するならわたしは殺さない」
「人間ごときがチョーシこきやがって……」
浅黒女は悪態をつくとこちらに向かって突っ込んでくる。やけになったのか? 戦鎚を構えて迎撃体勢をとると、間合いのギリギリ外で横に跳ぶ。そしてまだロマノワさんを戦斧で叩いている大ゴブリンに合流した。
あれと一緒に戦うなんて死んでも嫌だとか言っていたが、本当に命が関わるのなら話は別ということだろう。各個撃破できなくなったのは多少惜しいが、本当に多少のことだ。囲んで弓矢や銃を撃ち込めば片付くだろう。女神モドキは巻き込んでも問題なさそうだし。
「なんだシックル、その怪我は。あんな人間の小娘に負けたのか?」
「うるさいし! あんただってこんな人間にいつまで時間かけてんだし!」
「まるで弱いくせに斬れん! 何なんだこいつは!」
「もうやめてぇ……ホントにむりぃ……」
そんな会話の間にもズドンズドンと戦斧が振り下ろされ。女神モドキは半分地面に埋まりかかっている。当然のことながらゴブリンのうんこまみれだ。ざまぁみろと思う気持ちと同情する気持ちが半々で、ちょっと複雑な心境だ。
「ムカつくけど、このままじゃ負けるし」
「何を言ってやがる。まだ部下の雑魚どもだってまだまだ……まだまだ?」
トカゲゴブリンたちが半壊していることにいまごろ気がついたのか、大ゴブリンがきょろきょろと周囲を見回している。そうこうしている間にも、1体、また1体とトカゲゴブリンが倒されていく。
「だから、これ飲んで。完成版の強化薬。1本しかないからあんたにやるし」
「ん、例の人間が研究してたってやつか。さっさとよこせ!」
浅黒女が腰の物入れから何かを取り出し、大ゴブリンに渡す。透明な瓶に入った赤黒い液体。どこかで見たような……。あっ、あれは!
「ミリーちゃん、あの瓶撃って!」
「えっ!? あっ、はい!」
ミリーちゃんが慌てて照準を向け、銃撃を加える。大ゴブリンの手の中で瓶が割れるが、赤黒い液体は飛び散らない。しまった! 間に合わなかったか!
――大ゴブリンの身体がぶるぶると震え出し、生臭いような、焦げ臭いような、忘れようもない異臭が漂いはじめた。




