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22.ゴブリンキングダム 1

 トリスタンには猫の尾と耳はついていない。シルフィと同じく、獣人であることには間違いないが、その特徴が見えないのは、尾と耳を自ら切断したからだ。激痛を伴う行為だが、そうでもしなければトリスタンはギルド長にまで上り詰めることはできなかっただろう。

 ありとあらゆる悪事をはたらいた。獣人であることを隠しながら出世するためには、そうするしかなかった。自分の障がいとなる相手を調査した。弱みを握ったり、金で懐柔したり、女をあてがったり、暗殺したり。そんなことばかり続けていれば、誰も信頼なんてできるわけもない。裏切り続ければ、自分も誰かに裏切られることは必然。だからこそ、使い捨てできる人材を好んで使った。たとえ、それが自分と同じ獣人だったとしても、用済みとなれば口封じをした。そうやってどっぷりと泥水に足まで浸かりながらも、鬼気迫る執念によってトリスタンは一年前、ギルド長となった。そうまでして出世したかったのは力を得るためだった。どんな邪魔が入っても、この世にいるたった一人の肉親を取り戻すためだった。本物で、大切なものを二度と失わないために――。

「シルフィの兄貴だと……? お前が?」

「そうだよ。これで分かったかな? ボクにはシルフィを連れて行くだけの正当な権利がある。君達のように家族ごっこをしているよりかは、本物の家族と一緒にいられる。そっちの方がよっぽど自然で、よっぽど幸福だとは思わない?」

「そ、それは……」

 シックスにはトリスタンの言い分がもっともなものに聴こえた。いや、それどころか諸手を挙げて喜ぶべきだ。もう、血の繋がりのある家族がいないシックスには、とても魅力的な提案に聴こえた。

 それなのに、どうしてもトリスタンの言い分を、素直に受け入れることはできなかった。暴力を振るわれたからでも、上から目線の態度が一向に変わらないからでもない。シックス自身の胸中なんかよりも、もっと、もっと大切なもの。――それは、シルフィの態度だった。まるで、調教師の鞭に怯える奴隷のような彼女を見て、それでも放置できるはずがなかった。

「でも、シルフィは、そんなの――」

「思い出すなー。子どもの頃、ボクはよく両親に逆らっていたっけ。だけど、ボクは大人になってから感謝しているんだ。ありがとう! ボクを育ててくれて! ほんとうに感謝している! ってね。きっと、シルフィもいずれ分かる時が来る。今はまだ子どもだから、理解ができないだけなんだよ」

「…………」

 即座に反論することができなかった。最後の日、両親と些細なことでケンカした。そして、両親はそのまま帰ってこなかったあの日を思い出すと、後悔しかなかった。もっと、甘えればよかった。もっと一緒の時間を共有できればと、何度思ったか、回数なんて数えられないほどに思った。

「ボク達には両親がいない。だけど、だからこそ、ボクはこの世に一人しかいない家族を幸せにする義務があるんだ。こんなところにいても、シルフィは幸せにはなれない。そんな当たり前のこと、誰だって分かるはずだよね?」

 トリスタンは頭の回転が速く、弁が立つ。言っていることはもっともらしく聴こえているし、第三者が聴いていれば、確実にトリスタンを支持するだろう。


「そんなこと、分かるかよ」


 だけど、だけど、だけど。トリスタンは輪に一度も入っていない。この酒場の連中の生の声を聴いていない。温かさを知らない。シルフィがどれだけここに居場所を感じているのかを、トリスタンは知ることができていない。ただ、白黒の情報だけ仕入れて何もかも分かったように語っているだけだ。彩りに眼を向けていない。

「シルフィは帰る場所はもうないけど、ここに居場所があるんだよ! 両親がいなくなって悲しくて、それでも一人で頑張ってやっと立ち直ったんだ! 辛いことはたくさんあるけど、それでもここまでやってこれたんだよ! ふざけんなよっ!! それなのに、今更、何の苦労もせずに、シルフィをかっさらって、それで幸せになれるはずがないだろ!? お前はただ、シルフィの今の幸せを奪おうとしているだけだろ!!」

「…………シックス様」

 シルフィの流したあの涙を、シックスは知っている。だからこそ、叫ばずにはいられなかった。

「……なるほどね。ボクは短絡的な行動を決してしない。もしかしたら、邪魔が入るかもしれないって思っていた。相手がどれだけ格下だろうと、完膚なきまでに叩きのめすためには情報が必要だった。だから、ボクはリーヴを利用した」

「リーヴ? もしかして、それってこの前のストーカーのことですか?」

 黙っていたアリスが横から質問する。

「そうだよ。彼に頼んでシルフィの身辺調査を行ってもらった。もちろん、ボクも色々と調べたけれど、彼のスキルならより近くで君達のことを観察することができるからね。だから、彼に色々と吹き込んでシルフィをボクの元へ連れてきてもらうつもりだったんだ。どうせ最後には彼を切り捨てるつもりではいたけど、まさか失敗するなんてね。――やっぱり、あの野良犬なんて使うべきじゃなかったかな?」

「クロウクローなら透明になって俺達に気づかれることなく尾行できるってことか……。なんで、そこまで……」

「ボクが警戒していたのは五人。キャサリン、ノイン、ヨルズ、そして――君達異世界人だ。三人は純粋に厄介なスキルと経験値を持っているから。そして残りの二人は異世界人であるが故に、常識を全く知らない猿であるということ。この二つがネックになっていたから、ボクはノインとヨルズがいない時を狙ってきた。そして、キャサリンはスキルの発動条件を満たさなければ怖くない。だから、今日を選んだんだ」

「それで? 常識知らずの俺があんたの恐れていた事態を引き起こしたって訳か?」

「恐れていた――っていうのは語弊があるけどね。ボクはただ完璧でありたいんだ。本物になるためには、どんな石ころにもつまずいていられない。良かったよ。ちゃんと準備をしておいてね」

「準備?」

「ボクはリーヴや君のように無計画に行動するなんて愚行は決して犯さない。事を犯すなら、絶対に成功する自信を持って行動するんだ。――――――こんな風にね」

 肩にポン、と手を置かれる。振り払おうとすると、


 ぐわぁん、と景色が歪んだ。


 波紋のある湖面のように歪んでいた視界が正常に戻ると、場所が変わっていた。酒場にいたはずのシックスと、トリスタンは草野生い茂る場所へと転移していた。二人以外には誰もいない。トリスタンが手で触れていたシックスだけがこの場所へ招待されたのだ。

「えっ? なっ? なんだ、ここ?」

 ポツポツと、肩に雨が当たる。そして、見覚えのある景観に一つの結論が導き出される。

「雨? ダンジョン? もしかして、ここは――――――シブキダンジョン……か?」

 雨脚の強さで、今現在シブキダンジョンのどの場所にいるかはシックスには予想できていた。

(この雨の量、もしかしてシブキダンジョンの第二階層か?)

 トリスタンの腕を振りほどくと、警戒を強める。どういう意図でここまで連れてきたのかは理解できないが、少なくとも善意でやったことではないはずだからだ。

「そうだよ。メモリーキューブは転移できるからね」

「――メモリーキューブ!? これがっ!? だ、だけど、ダンジョンは常に道が変化するんじゃなかったのか!?」

「常に変化するけど、その場所がなくなるわけじゃない。君のスキルで行き止まりの道を破壊してみるといい。かなり時間はかかるだろうけど、他の道へ繋がる場合もある。まっ、数日ほど時間がかかるだろうから辞めておいた方がいいと思うけどね」

 座標は変わるが、空間そのものは消えない。だから、メモリーキューブでダンジョン内でも転移できた。それはシックスも分かったが――。

「ここはシブキダンジョンの第二階層。逃げようと思っても、そう簡単には逃げられないよ」

「どうして、俺までここに?」

「メモリーキューブの使用者は触れたものも一緒に運ぶことができる。だから、ボクにとっての最大の障がいになりそうな君をここに招待したんだよ」

「なんだ? まさか俺をダンジョンで置き去りにしてモンスターに俺を殺させようっていう魂胆か? 自分の手を汚さずに俺を始末するつもりだったらおあいにく様だったな。俺はまともな装備なしでもシブキダンジョンを踏破できるだけの実力は既につけているんだよ」

「ハハ。何を勘違いしているか知らないけど、ボクが君を倒すんだよ。直接手を下してね。ここなら他の人間の邪魔にならないと思ったから連れてきたんだ。他のクズに助けを呼ばれでもしたら面倒だしね」

「――悪いが、そう簡単にやられるつもりはないな。俺だって強くなったんだ。あんたが実力行使でくるっていうなら、俺だって――力づくであんたをぶっ倒して、シルフィの未来を守ってみせる!!」

「強くなった? どんな努力もボクの前じゃ無意味なんだよ。いい加減君のようなクズと話しているも疲れたよ。だからそろそろ、屈辱的に殺してあげるよ――」

 どんな実力者であっても、どんな強力なスキルを持つ者も、トリスタンの前では等しく無意味になる。何故なら――


「『革命なき王国ゴブリンキングダム』」


 どんな敵でも、最弱のモンスターに変化させることができる。対象が人間だろうが、モンスターだろうが関係ない。どんなスキルを持っていようが、どれだけレベルが高かろうが、最強の攻撃力を持っていようが、最強の防御力を持っていようがまるで無意味。

 全ての対象を、ゴブリン・・・・にしてしまう。それが、トリスタンのスキルだった。

『な、なんだこれ!? ――っ! 声、がっ!』

 自分では日本語で話しているつもりが、シックスの声は間違いなくモンスターの声そのものだった。今までなんとどなく聴いてきた、モンスターの声。姿形だけでなく、人間の言語を発声することができなくなっていた。

「ボクはどんな『最強』をも『最弱』に、どんな『本物』も『偽物』に変えることができる。それがボクのスキル。さあ――レベル1のゴブリンになった気分はどうかな?」

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