15.シブキダンジョン 5
アリスが風呂場から出てきたのは、それから三十分後ぐらいのことだった。特にアリスは何も言わなかったが、じろりとシックスのことを睨みつけた。
(今日の戦闘で足手まといだったことを風呂に入っていて思い出したのか? よくわからないなー。女心と秋の空は変わりやすいというけど……。全然アリスの気持ちがわからんっ!!)
と、首を傾げていた。それから、誰が次に風呂場に入るかを議論したが、案の定シルフィが先に入るように、シックスに促した。が、今度ばかりはすぐに首を縦にふらなかった。
隠しきれずに、目蓋は泣き腫らしているシルフィをそのままにしておくことはシックスにはできなかった。無理やり先にシルフィに風呂場に入らせて、最後にシックスが入る順番となった。
そして、シャワーを浴びて、シックスはスッキリした気持ちで風呂場から出たのだが――
「あれ? なんだ、まだ食べてなかったのか?」
「うん。やっぱり、三人一緒に食べようかなって思って」
待たせるのも悪いと思って、先に食べるように言っていたのに待ってくれていた。料理から湯気が出ているのは、シルフィがちゃんとシックスの入浴時間を計算したからだ。細やかな気遣いができるシルフィを見やって、そしてシックスは固まる。
「あれ? シルフィ……その恰好」
「す、すいませんっ!! やっぱり、変ですか!? 私もこんな恰好初めてなので……落ち着かないんですが、アリス様がどうしてもというので……。すいません、すいません! 今すぐ服を破って全裸になります!!」
「それ、駄目だから!! もう、やめてよね、シルフィさん。私が選んだ服を台無しにするなんて……」
メイド服のシルフィしか、シックスは観たことがなかった。風呂に入る直前、シルフィと話をした時も普通にメイド服だった。それなのに、いつの間にか、踊り子のような服に着替えていた。
(そういえば、装備品を買う時に二人してこそこそ何か買ってたな。あまりにも服選びに時間がかかるからと思って、店の外で待ちぼうけをくらっていたが……。あの時に買ったんだな、シルフィの服を)
露出度が高く、へそが丸出し。上半身はビキニのようなものをつけ、カーテンのように長い布を下半身に巻いている。目のやり場に非常に困る姿をしている。メイド服はシックスの男心をくすぐるものだったが、弱点がないわけではない。それは、あまり肌が露出しないということだった。
(だけど、これは、いや、でも、思ったよりも――)
これ以上は思考を巡らせてはいけないと、自ら断ち切る。ガードが硬いシルフィが、普段は見せてくれないもの(主に、胸やおしり付近の露出)を色々と見せてくれたせいで懊悩とする。
「凄い抵抗したから大変だったんだから。まっ、私が無理やりシルフィさんのメイド服脱がしたんだけどね! あっ、その時凄いショックだったんだけど、私とは比べられないほどシルフィさんって着やせするタイプで……。つまり、想像以上に胸が大き――」
「ちょ――アリス様ッ! それはシックス様にだけは秘密だって言ったじゃないですかっ!」
「ごめん、ごめん。触った時、あまりの大きさに揉みたくなったぐらい大きかったからつい……」
「全然、謝るつもりないですね!?」
シャラン、とアクセサリを揺らしてみせるアリスの恰好もまた、踊り子の衣装だった。シルフィとお揃いの色違いで、これまた刺激的な恰好だった。もじもじと恥ずかしがっていたが意を決すると、アリスは軽く一回転してみせる。ちょっとたどたどしかったが。
「――ととっ。あ、あのー、おにいちゃん。実は、私も着替えたんですけども」
「ああ、似合ってるよー、凄い似合ってるよー」
「なんだか、おざなり!?」
本気でショックを受けていそうなアリスだったが、シックスにはフォローの言葉をかけることができなかった。
(あほか……。めちゃくちゃ綺麗だって。でも、それを軽く言えないぐらい、綺麗なんだよ。察して欲しいな――この鈍感な義理の妹は)
後頭部をポリポリかいて、なんとか別の話題を振ってみることにした。というか、そうしないと平常心なんて吹き飛びそうだった。
「先に食べてていいって言ったのに……。まあ、ちょうどいいや。飯を食べる前にちょっとシルフィとアリスの身体に用があるんだけど」
「どうしましたか!? やはり、ご主人様よりも風呂場で先に入ったのがいけなかったでしょうか? ご主人様の命令とはいえ、とんだ不敬を――。こうなってしまったら、もう、私のできることでしたらどんなことだっていたします。鞭や蝋燭で私の身体をどれだけ痛めてもかまいませんっ!!」
「……おにいちゃん、シルフィさんにどんなレベルの調教をほどこしたの?」
「発想が飛躍しすぎて、どっちにもついていけてないんだけど!? 俺!?」
そこらの一般市民が来ている普通の着替えの服の裾をめくって、腕を出すとロングソードを使ってリストカットする。
「ちょ! なにやってるのよ!」
「大丈夫。傷は深くない。ちょっと血が出てるだけだ」
「そうじゃなくて、なんで、自分で自分の腕を!?」
「風呂に入りながら自分の身体で人体実験してみたんだけど、成功したから、きっと、多分、他人の身体も大丈夫だと思うんだよな」
「…………何の話?」
「こういうことだ」
フッ、と腕に力を込める。すると、裂かれていた肌がくっついて、元通りになる。流れ出した血は元には戻らないが、傷はすっかりなくなってしまった。
「えっ? 傷が――治った?」
「初めてこの異世界に来た時に、俺は自分の身体が勝手に治った。あれはきっと、俺が無意識にスキルを使っていたんだ。俺のスキルは人間の身体を治癒できるスキルだったんだ」
ゲームでいうところの治癒スキル。RPGなんかじゃ、パーティーに一人は回復役がいないと話にならない。大体そういう役職につくのはヒロインだったりして、男の主人公が回復役になる作品は観たことがない。主人公は剣が使えて、攻撃力と体力がある万能優秀キャラが多い。
(つくづく、主人公らしくないな、俺のスキルは……)
即死スキル、治癒スキルがありながら、長距離攻撃はできない。スターテスのパラメーターを蜘蛛の巣グラフで表せばきっと、随分尖った多角形ができあがることだろう。
「そうか。合成できるスキル、つまり物を変異させることができるスキルなら、発展させれば治癒することもできる……。即死スキルに治癒スキルって、なんだかんだでおにいちゃんのスキル、チートすぎるよね?」
「よし! これでちょっとアリスに負けていたと思っていたスペックも上回ったはず!! どうだ!! 尊敬できるか?」
「はいはい、おにいちゃん様は凄いですねー」
「棒読み!? さっきのお返しかよ!? まあいいや。それじゃあ、二人とも傷を見せてくれるか?」
「うん。でも、大丈夫だよね?」
「大丈夫? だと思う? うんっ! 正直、力のコントロールが難しくて、失敗したら内側から肉体が破壊されてひでぶっとか叫んじゃうくらい激痛が走るかもしれないけど、きっと大丈夫っ!!」
「ご主人様、私からお願いします。くっ、私が犠牲になりますっ!」
「シルフィさん、そんな……」
「いやいや。なにこれ? 二人とも信用なさすぎだろ!? なんかオークで女騎士にエロいことしそうになってる感じになってるだろ!? なんだこの自己犠牲は美しいみたいな感じは!?」
それからシックスは二人に治療スキルを試してみて、実際にそれは成功した。自分の身体だけでなく、他人の身体も治せると分かったことはかなりの収穫だった。これでダンジョン攻略も相当楽になったはずだ。いい気分になりながら、三人一緒に飯を食べた。料理はどれもおいしくて、それなりの量があったはずだが、ぺろりと完食してしまった。




