父親
私はヌイールの現当主。
ミーニャという可愛い娘の父親だ。
娘の婚姻を無事に済ませ、現在、ヌイールの領地に帰る途中の宿にいる。
ここに来るまでが凄く長かった。
なんでこうなってしまったのか。
私はまだまだ可愛いミーニャを嫁に出す気なんて無かった。
可愛い可愛い愛娘だぞ?
もう一人の娘は幼少期から私を毛嫌いして近づいてこなかった為、私のたった一人の娘の様なものだ。
そんなミーニャが婚姻だなんて・・・・。
未だに信じたくない。
ミーニャはまだ10歳なんだぞ。
この婚約・婚姻騒動の原因は、姉のリュールが王子と婚約することが決まった事が全ての始まりだ。
それは、すなわち、王子の影響力を狙っている人間にリュールの妹であるミーニャが狙われるという事が決まった瞬間だった。
現に王子とリュールの婚約話が出てから、ミーニャに大量の見合い話がきた。
だから、私は婚約者という《名前だけのミーニャを護るための存在》を用意した。
選んだのはツヴェイン家の人間。
元々、【孫同士を婚約させる】という約束があったため、他家からの反発を抑えられる唯一の存在。
更には、私の父親が信用した数少ない一族であり、その孫であれば大丈夫だろうと思っていた。
そう思っていたんだが、
まさか、こんなに駆け足で婚姻してしまうなんて・・・・。
思ってもいなかった。
婚姻の話が決まった夜、枕を塵に返したは悪友と私だけの秘密だ。
それで今、私は宿にいるんだが、屋敷を出発する直前、大問題が発生した。
あのクソガキ、エンライがミーニャに接吻なんぞをしやがって、ミーニャを気絶させやがった。
あの野郎。
思い出したら苛々してきた。
やっぱりブン殴るべきだったか?
ムカムカしながら酒を飲もうとしていると、部屋の扉がノックされた。
軽く服装を整え入室を許可すると、入ってきたのは長年見続けてきた顔。
私、いや、俺の昔からの悪友、領主補佐を押し付けている男が入ってきた。
こいつの前では領主としてではなくとも大丈夫だ。
そう判断し、服装を緩める。
で、なんだ?
なんで涙目なんだ?
どうした?
こいつが泣くのを見るのは久しい。
最後に見たのは俺のオヤジが死んだ時だ。
そう驚いていると
悪友は何も言わず、ミーニャが作ったであろう、悪友自身のおやつであるホットビスケットと残り少ないメデルーのシロップを出し、話を聞いてほしいと言ってきた。
こいつがこんな事を言ってくるのは初めてだ。
本人には絶対に言わないが、今まで、なんだかんだで頼りにしてきた
双子の兄貴の様な存在の悪友が、俺を頼りにしている。
俺は不謹慎にもその事実が嬉しかった。
それで、話を聞いてみたんだが・・・。
「食べながらで良い。聞いてくれ。お嬢様が目を覚ました。ご無事だ。エンライ様に手紙を出してきた。・・・・んでよ、そのな、お嬢様がな・・・。俺とお前、、、同じくらい、、、好きだって。家族だと思ってるって。エンライ様と同じくらい、好きだって・・・。うぅぅ」
と嗚咽をもらし始めた悪友。
何言ってんだ、こいつ?
俺とお前を家族の様に思ってる?
同格に思ってる?
お前は馬鹿か。
そんなの当然だろ。
何を今更な事を言ってんだ?
ボケたか??
「何言ってんだ。当然だろうが。俺とお前でミーニャを育てたんだぞ?ミーニャも第二の親父って紹介してんだし、正直、母親みてぇなもんだろうが。俺のフォローをして、土産を買って来て、あんなに猫っ可愛がりしてんだから、想われるのは当然だろ。」
と言ってやると、
「グスッ、そうだが!それでも、俺は、第二の親父なんて、あだ名みてぇなもんだと思って、領主補佐のオッサン的な立ち位置だとおもって・・・。」
なんて言ってやがる。
アホか。
「ばーか。ミーニャは俺とお前が組んで大きな仕事をした時なんかは、俺達の好物を半々で作るんだぞ??お前が魔獣退治から帰ってくる時には【お腹をすかせて帰ってくるんだもの!】って、その日の朝からお前の好物ばかりを作って、俺とお前だけの報告兼食事会に出すんだぞ?気付いてなかったのか?ミーニャが生クリームとイチゴたっぷりのケーキを作るのは、ほとんど、お前が頑張った時なんだぞ?ちなみに、俺の時は俺の好物のオムレットな。よく思い出せ。分かるだろ?きっちり愛情半分、父親である俺と同格だ。」
と、今までの事を思い出すように話をしてやる。
俺が魔獣退治に行くとき、お前にミーニャを託し、お前に遺言を渡して行く。
お前が魔獣退治に行くとき、俺にミーニャを託し、俺に遺言を渡して行く。
コレが俺とお前だろうが。
兄弟の様なもんだぞ?
何、今更な事を言ってんだ。
このオッサンは。
普段は鋭いくせに、自分自身の事になると本当に疎いな。
お前も既にミーニャを家族として扱ってるだろうが。
もしかして、自分では気づいていないのか?
「・・・。なあ、お前自身がミーニャに家族として接してるのは理解しているのか?」
気になって聞いてみた。
ああ、そうか。
その驚いた顔、気付いてなかったんだな?
「お前なぁ、自分の行動をよ~く振り返ってみろ。・・・いや、土産やら可愛がるのもオヤジの条件を満たしてるけどな、そうじゃなくて・・・・普通の領主補佐のオッサンは、領主の娘に添い寝しながら本を読んでやったり、抱っこしながら庭を散歩したり、徹夜で病気の看病したりしないからな?それに、お前、ミーニャに家族として甘えてるだろ?お前が【甘味作ってくれ】なんて言うのはミーニャにだけだぞ?コックにさえも一切の要望を言わないお前が、自分の意志で希望を伝えるのが、我儘を言うのが、甘えるのが、俺とミーニャにだけだって事、気づいてるか?どこまで自分の願いを叶えてもらえるか、自分を優先してもらえるのか、嫌われないのか、どこまで甘えるのが許されるのか、心配しながらも俺とミーニャになら大丈夫だってどこか安心して我儘言うだろ?俺達がお前を家族として誰よりも優先してること、心では理解してるだろ?お前、ミーニャに甘味を作ってもらう事で愛情を確認してるんだよ。それと、ミーニャに【甘味作ってくれ】なんて言ってミーニャ自身の手で甘味を作ってもらえるの、俺とお前だけだからな?ああ、今後はエンライもか。」
これで分かっただろう?
俺とお前とエンライ、見事に家族枠だ。
まあ、エンライは中でも特別な旦那枠だけどな。
うんうん言いながら、頭を抱えるオッサンを横目に、更に考える。
ミーニャを厳しく育て、一人前にしたのが俺。
ミーニャを見守り、慈しみ育てたのがお前。
妻じゃなくてな。
いや、もう既に妻でもないあの女。元妻か?
これは俺から直接ミーニャに伝えなければいけない。
大事な事だ。
妻は元妻になり、リュールも既に俺の娘じゃない。
俺の娘はミーニャだけになった。
俺を含め、ヌイールはあの二人と絶縁した。
あちらは俺達を捨てたと思ってるだろうが、俺はあいつらを捨てて清々してる。
なにが
【公爵家からリュールへの養女の話が来ました。私にはリュールを支えてほしいと言われましたわ。第三王子様との婚姻の為にも、リュールは公爵家へ行くべきですわ。私もリュールを支える公爵様の第二夫人にと求められていますし、別れてくださいませ。】
だ!
リュールも
【王子とのつり合いを取るためですわ!ヌイールなんかでは恥ですもの!ヌイールなんかじゃダメなの!私とお母様の幸せの為にも絶縁してくださいませ!】
だなんだとキャンキャン煩かった。
公爵家は第三王子と繋がりが欲しいがために、あの二人を手に入れたいんだろうが、あの公爵家は評判が悪い。ヌイールとしては手は組みたくない。
だから、あの二人が養女、第二夫人として嫁ぐのであれば、完全なる絶縁が必要だった。
そう考えて、突然の事ではあったが、急いで出発の前に神殿で離縁、及び絶縁の契約をしてきた。
俺としては丁度良かった。
ヌイールにはミーニャがいる。
しかも、魔獣討伐に強いエンライまでいる。
俺も補佐の悪友もまだまだ現役。
何の不都合があるというんだ?
むしろ、渡してある金を湯水のように使うあの二人を捨てるのは助かる。
王家に説明した絶縁の理由は
【ヌイールの力が強くなっているので、公爵家と手を組むのは不味い。ヌイールが公爵家の権力を充てにしたり、無理を言ったりしないように絶縁する】
といってちゃんと王様からも許可を得た。
《嫁を取られた男》というレッテルを貼られたが、そんなのどうでも良い。
抱え込んでいた毒を吐き出せて、気分爽快だ!
今後はヌイールで、ミーニャ、エンライ、悪友と仲良くやっていくさ。
元々、魔力の保有が多かったから婚姻しただけだしな。
なんの未練も無い。
心配なのはミーニャ・・・。
いや、あの子も平気だろう。
婚姻の儀式に来ないと知っても落ち込むことさえなく、どうでも良さそうだった。
考えてみれば、あの子が元妻やリュール、いや、既に公爵第二夫人とリュール嬢か?
まあ、呼び方は置いておいて、ミーニャがその二人の事を聞いてきたり、求めたりした事なんて一度も無かった。
母親と双子の姉であるにも関わらず。
だから問題ないとは思うが、ミーニャには一応、あの二人の望みを叶えたと言っておこう。
じゃないと、俺が追い出したみたいで悪者になりそうだ。
ちゃんと、あの二人の幸せを願って、あの二人の望みを叶えたんだと言っておこう。
可愛い可愛い愛娘に嫌われたら困る。
考えを纏め終えると同時に、視線を悪友に戻す。
悪友は記憶を巡り、ようやく、自分がどれほど想われていたのか、自分がどれほど俺達を大事にしてきたのか理解したらしい。
「俺は、これからも、お嬢様を大切にする。お嬢様は俺の娘だ。」
とキリッとした顔で宣言しやがった。
なあ、何度も言うが、本当に今更だぞ?
既にミーニャもお前を第二の親父だって言ってるだろうが。
まあ、改めてミーニャを大事にしてくれるんなら有り難いけどな。
「ああ。これからも頼むぞ。」
俺達はいつものように固く握手する。
その後、2人でメデルーのシロップをつけたビスケットを食べながら様々な話をした。
寝る頃には俺のイライラはすっかり収まっていた。
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エンライ様との最悪な別れを果たし、ついに翌朝になりました。
お父様に早朝から昨日の騒ぎでのお小言を貰い、朝から憂鬱です。
で、今、移動の馬車の中でお父様から大事なお話をされました。
「報告するのが遅くなったが、既に決まったこととして受け止めなさい。お前の母親は公爵家へ嫁ぎ、リュールは公爵家の養女になった。第3王子との婚姻を目指す為にはヌイール家では不足だと言われてな。本人達の要望を叶えることにした。出発前の突然な事で伝えるのが遅くなった。お前にとっての母親と姉がいなくなるという重大な事を相談も無しに決めた。すまない。」
と、お父様は申し訳なさそうに言ってきた。
普通の当主なら独断決定は当然なのだから、謝罪はいらないが、
私を一人前のヌイール家の人間として扱ってくれているのか、報告や相談をしてくれるお父様は優しい。
私はそんなお父様が好きだ。
「謝罪なんていりません、お父様。婚姻の儀にも来てくれなかった あの二人には元から何の思い入れも無いですから、赤の他人になっても私には何一つとして問題ありません。むしろ、お金を使う人間がいなくなるのは有り難いです。私にはエンライ様とお父様と第二のお父様、領地のみんながいれば良いです。」
隣に第二のお父様こと、領主補佐のオッサンが乗ってるので、皆とまとめず個別で呼んでおきました。
にしても、そうきたか。
リュールの話では公爵家の養女になるなんて話は聞いたこと無かった。
恐らく、ゲームに沿ってではなく自分で判断したんだろうなぁ。
これから原作通りに行けば、潰れてしまうヌイールじゃなくて、より格上のお金持ちの安全地帯、公爵家へ養女へ行くことを選んだと。
多分、そういう事でしょう。
まあ、今のところ、私がガンガン原作ぶち壊してるし、エンライ様が婿に来てくれるヌイールに隙など無いけどな!
お父様たちに満面の笑みを向けると、2人とも安心した顔をしていました。
私が母親と双子の姉を失う事にショックを受けると思ってたのかな?
全然大丈夫よ~。
ああ、そういえば、私、まだ10歳だった。
少しは子供らしく悲しむべきだったかな?
まあ、2人は私が普通とはちょっと違う事分かってるだろうし、問題ない。
けど、他人の前では気をつけておかないと。
全然悲しくもなんともないけどね。
むしろ、重い荷物が降ろせて気分爽快!
エンライ様との事で落ち込んでいたけど、少し気分が上昇してきた!
と二人と話をしつつ、外の景色を楽しみながら、ヌイールへの道を進んでいきます。
道中も何の問題も無く進み、無事に宿に到着。
本当にあっけなかった。
ゲームや小説なら、この辺で何か問題があったり、盗賊に出会ったりするんじゃ・・・。
ああ、そうですね。
ヌイールの私兵は魔獣討伐に出る面子ですからね。
強いんで。襲う馬鹿なんていませんよね。
むしろ、目をつけられないように大人しくしておきますよね。はい。
まあ、襲われてもお父様と補佐のオッサンがいれば、どんな相手も即死で、全く何の問題にもならない気がするのは気のせいだろうか?
こんなくだらない事を考えるのも、エンライ様に会えない寂しさを紛らわす為なんだけど、色々と頭を使ったら丁度いい具合にお腹が空いてきて、夕飯の時間になりました。
夕飯をお父様と補佐のオッサンと3人で食べて、そろそろ寝ようとした時、補佐のオッサンが部屋を訪ねてきた。
なんだろう?
2日連続でのお部屋訪問。
補佐のオッサンは、私が大きくなってからは私が寝てから様子を見に来てたはずなのに。
寝る前に会うのは極々稀なんだけど。
ま、まさか!!
私が宿を抜けだすとか考えて警戒してるんじゃ!!
イヤイヤ、そんな馬鹿なことしないからね!
迷惑かけるだけだし!
自分がそんなに強くない事は理解してますよ!
ここで抜け出してったら、ヌイールに恨みのある人間に餌を与える様なものじゃない!
と、脱走なんてしないよ!とアピールしようと思ってたんだけど、どうやら違うみたいだ。
補佐のオッサンの様子がおかしい。
「あの~、お嬢様?その、寝れなそうなら、本とか読みましょうか?エンライ様がいなくて寂しいでしょうし、気分を紛らわすために、どうですか?読んでほしい本が無ければ、童話なんてどうです?お嬢様の好きな童話、俺、暗記してるんですよ?なんでも暗唱できますよ?」
と、最近手に入れた本を何冊か片手に持ちつつ、椅子を枕元まで引きずってくる。
「どうしたの?急に?」
本当に、どうしたの?状態である。
オッサンに本を読んでもらうなんて、何時ぶりだろうか。
寝れないとも言ってないし、読んでもらう理由が見当たらないのだけど・・・。
何?どうしたの?何か寂しい事でもあったの?
お父様に話を聞いてもらえなかったの?
と不思議に思っていると
「あ~、やっぱり、いりませんか?もう、そんな年じゃないですよね~。はは、すみません。」
と切なそうな変な笑い方をして、椅子を戻そうとするオッサン。
本当に良く分からないけど、哀愁漂う背中に胸が痛む。
ので、折角のチャンスだから甘えることにします!
「隣。隣に来て。そうねぇ、【カワウソとウサギ】の童話が聞きたいわ。ずいぶん前に聞いたっきりだから。昔から寝る前によく聞くお話だったわよね?何度も何度も《読んで!》ってお願いした覚えがあるもの。」
と、枕元の隣、昔の定位置に椅子を持ってくるように頼みながらリクエストする。
昔から大好きだった【カワウソとウサギ】のお話。
そんな本が無い事を知ったのはつい先日。
我が家の図書室を調べても、そんな本は無く、家人に聞いても分からない。
聞いたことも無いタイトルだと言われる始末。
でも、メイド長に聞いてやっと分かった。
どうにも逞し過ぎる【カワウソとウサギ】は補佐のオッサンとお父様の、面白おかしい若かりし頃のお話だという事。
毎回毎回、熱演するオッサンが面白かったのは、トラブルの数々を思い出しながら手に汗握って話をしていたから。
あれは全て、2人のお話だったのだ。
私はあのお話が大好きだった。
可愛いはずのカワウソとウサギが熊と闘う話なんて、大笑いだった。
更に、様々な場面で、魔獣退治に必要な戦闘方法やら、旅の必需品を所持していなかった為に起こってしまった問題など、戦術などを含めてのお話なので、当時からかなり勉強になったものだ。
「あ~、あの話ですか。お嬢様は本当にあのお話が大好きなんですね~。任せてください。ちゃんと、暗記してますから。」
と、なんだか嬉しそうに、いそいそと椅子を枕元へ持ってくるオッサン。
突然なんなんだろ?
父性愛があふれ出したのかな?
それとも、母親と姉がいなくなった私を心配してくれたんだろうか?
と不思議に思うところは沢山あったけど、またあの話が聞けるのは嬉しい。
素直にお布団に入り、ウキウキとする心を落ち着かせて、目を閉じる。
すると聞こえてくる、懐かしい、ゆったりとした優しい声。
「むかーし、昔、カワウソとウサギが出会ったお話~。」
時には笑い、時には切なくなりながらも、ゆったりとした懐かしい声色にどんどん眠りに落ちていく。
気が付けば、私はゆったりとした、気の抜けたホワホワとした状態で深い眠りについた。
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はーい!
気付けば、すっかり朝になりました!
オッサンのお話パワーってすごい!!
一度も起きることなく、快眠です!
目の下に隈なんかも出来るはずなく、今日の私も元気一杯!!
朝からモリモリと食事を食べて、元気いっぱいに出発です!
馬車の中には、ご機嫌な領主補佐のオッサンとお父様が。
「ミーニャ、次の宿に到着するのは早い時間になる。午後からは三人で御忍びで下町を歩いてみよう。お前の欲しがるような植物や魔具のヒントが見つかるかもしれない。」
おお!
やった!久しぶりの我が領地以外の下町散策ですね!お父様!
実はお父様は、割と下町を歩いたりして買い物をするのが好きな人だったりする。
自分の知らない商品や、自分の領地には無い最新の物、魔獣退治に使えそうな物なんかを自分の目で見ながら探していくタイプの人だ。
しかも、御忍びという事は、完全なる御忍びになる。
なんのこだわりなのかは分からないが、平民の服を着るし、使い古した平民の靴を履く。勿論、髪も艶を抑え、ぼさぼさにセットする。
高そうな剣も置いて、分厚い、普通の傭兵が持っている様な剣を持つ。
そして、
「あちらに着いたら着替え、そして、それ以降は《お父様》ではなく《お父さん》と呼びなさい。言葉遣いも変える様に。私も自分の事はいつもの様にデウルと名乗る。ミーニャはウリア。補佐のお前もいつものデニスだ。」
と、私や補佐のオッサンの名まで変更するように指示が出る。
私が生まれる随分前からこうして様々な領地を歩いていたらしい。
案外これがバレないのである。
コソコソなんて全くせず。
砕けた口調で、ぐいぐい店の人に話しかけていく二人を見ると、
【え?お父様、貴族だよね?この二人、本当にお父様とオッサンだよね?この人達、元は平民なの?え?】
と言いたくなるレベルで住民と同化する。
相手も、まさか、他家の領主様と領主補佐が、
偽名とはいえ、お互いを呼び捨てにし、肩を組んで酒を飲んだり、
2人だけでボロボロの格好で街を散策したりするなんて考えられないだろう。
他の家はどうなのか知らないけど。
領主の胸をどついたり、お土産を買うために領主に金を貸してくれるようにせびる領主補佐なんて他の領地にはいないと思う。
そんなこんなで、ウキウキとした気分のまま宿に到着!
着替えを済ませてお出かけのお時間です!
私も平民スタイルに大変身。
にしても、お父様とオッサン、いや、お父さんとオジサンは
まるで兄弟のようだ。
もう、すっかり普通の平民のオッサン共になってます。
もしかして、お酒飲んだ?
ヘラヘラしてるけど大丈夫?
ってレベルなんですけど・・・。
まあ、不安はありますが、お父さんとオジサンと3人でお出かけ開始!!
ざわざわと煩いぐらいに賑やかで、活気にあふれる商店街に到着です!!
うわあー!!
色とりどりの様々な物が並び、あちらこちらに目を奪われる。
見た事の無い模様の布やら植物やら、陶器など、やはり我が領とは少し違う!
見てるだけでも楽しい!
あ、私は勿論、お父さんと手を繋いで歩いていますよ。
初めての土地だし、10歳だし。
私、10歳にしては身体が小さめだから、こんな人混みに入ったら絶対に迷子になるからね。
こういう時、物語なんかでは誘拐されたりトラブルに巻き込まれたりするでしょう?
だ・か・ら
最初から手を繋ぐようにお願いしておきました。
行きはお父さん。帰りはオジサン。
どちらもお店を良く見れるように、2人に順番で手を引いてもらいます。
ニコニコ笑顔で【勿論だ!】と即答されたのがちょっと怖かったのは内緒。
因みに、何か問題があれば、抱えて逃げてちょうだいとも言ってある。
足の長さから言って、私は二人と同じ速度で走れないから。
その代わり、
【後ろに居る奴らに向けて光魔法で目潰し位は出来るから、任せてね!】
とは言ってある。
その瞬間の2人の引き攣った顔は気のせいでしょう。
お父さんと手を繋いで、反対側をオジサンに護ってもらって、歩くこと数分。
まず、小さなお花屋さんに到着。
こういう小さなお花屋さんは、その家の子供が花を摘んで来たりしているのが多いので、その時々によって種類が違うのが良い。
貴族が行う決まった品種の栽培なんかと違って、新種発見もありうる。
それを見つけ出すのも楽しみ方の一つなのだ。
お、早速発見。
私が知らない植物ちゃん。
「このお花はなに?お父さんは知ってる?」
店員さんに聞くよりも先にお父さんに聞く。
知ってるなら、後で詳しく聞けばいいだけだし。
「ああ、知ってるよ。森の中でも綺麗な川の上流でしか咲かない花だ。蜜が多いのが特徴だな。」
普段よりも柔らかい声色で教えてくれるお父さん。
ちょっとドヤ顔なのが可愛いよ、お父さん。
「俺、こっちの花なら知ってるぞ!ウリア!欲しいなら買うぞ!」
と張り合いだしたオジサン。
いや、別に欲しい訳じゃないよ?
欲しかったら相談するから、店員さんの気を引く様な事は控えてください。
買わせる気満々なオバ様を相手にする事以上に面倒な事はないので。
はいはい、お花はもういいので、次のお店に行きましょう~。
お次は武器屋。
お父さんもオジサンも目を煌かせて眺めています。
勿論、私も一緒に。
私の頭上で様々な討論、店主さんからの説明が繰り広げられてます。
ん?
オジサンが突然振り向いた。
そっちに何かあるの?
私も振り向いてみたけど何もない。
オジサンも直ぐに視線を前に戻した。
私の頭を笑顔で撫でてくれてるから、気のせいだったみたい。
2人は長時間の長考&店主との値引き合戦に勝利し、欲しい品を手に入れたらしい。
ホクホク顔で鞄の中に収納。
そして、疲れもたまっていたので、簡単に夕飯を食べることに。
屋台を見ながら、串焼きやらサンドイッチ、フルーツを購入。
中央広場には沢山の簡易椅子が出てて、食べれるスペースになってるらしいので、そこで食べることに。
3人で並んで食べる御夕飯。
何というか、親子って感じだ。
父親、子供、母親って感じ。
両方オッサンなんだけどね。
にしても、子供らしく甘えるのって久しぶりな気がする。
オッサンなんて、口元にフルーツ運んでくれてるからね。
何なんだろう。
2人からの対応が凄く優しい、というか、甘やかされてる気がする。
も、もしかして、エンライ様が我が領に来る前に、少しでも娘との思い出を作っておきたいとか、そういう事かな?
普段はこんな事してくれないから、そうとしか思えないんだけど。
なんて考えてたらお父さんに口元を拭われてた。
自分で出来るよ?
そんな年じゃないですよ?
まあ、お父さんがそんなに満面の笑みなら文句なんて何一つ無いですけど。
ええ。
幼稚園児を相手にするような態度だという事に腹が立ったりなんてしませんて。
ええ。
【抱っこしようか?】
なんて、聞かなかった事にしておきますから。
大丈夫ですよ。はい。
「あ!あっちに布屋がある!お父さん!オジサン!あそこ見たい!」
2人の微笑ましそうな視線をブッチギリ、お店を指差す。
あの布で新しい鞄の開発をしよう。
時間停止が出来て、ある程度の容量の鞄が作りたかった。
安い布を購入したかったので丁度良い。
2人を急かしてお店へ向かう。
その時の私は知らなかった。
2人の手を引いてお店に入る時、お父さんが店横の通路を睨んでいたなんて事も。
宿に帰ってから、お父様の周囲を護衛が固めていたことも。
補佐のオッサンが私に一晩中付きっ切りだった事も。




