共闘! ロルフ&ツヴァイ!
ツヴァイは一瞬驚くが、すぐに表情を引き締めて応える。
「……わかったわ。ちゃんと壊せるんでしょうね?」
「俺を誰だと思ってる」
そう言うと、ロルフは剣を抜き跳躍する。
そのまま『何もない空間』を蹴り、まるで階段を駆け上がるように宙へと浮いていく。
リタのような翼はない。しかしリタと同じようにストーンリザードの遥か頭上へとたどり着くロルフ。
飛行じゃない、まるで空気を蹴っているようだ。
そして次に重力へと身を任せ、まっすぐにストーンリザードの頭へと落ちていく。
これもリタと同じ戦法だ。
しかしそれでは──
「……壊せない」
ツヴァイの予想に反し、ロルフは剣を握る右手ではなく何も持っていない左手を突き出し、魔物の頭部に触れる。
そして──
「この剣は万物を斬り裂く」
左手を触れたまま、右手の剣を振り抜く。
撫でるようにゆるやかな斬撃だ。しかしその剣はストーンリザードの石の装甲を壊すでなく、まるで柔らかいものでも斬るように深く斬り込みを入れた。
魔物が暴れ出すよりも早くロルフは再び空中へと離脱し、三度ほど空気を蹴り、角度を変えてまたストーンリザードに斬撃を加える。
その動きは徐々に加速していき、ロルフはストーンリザードの周囲を縦横無尽に跳び回りながら攻撃を与えていく。それらは装甲をたやすく削ぎ落とし、みるみるうちにストーンリザードの内部のつるつるとした肉体を露出させていく。
ツヴァイは言葉を漏らす。
「な、何よそれっ!」
あれほど苦戦した石の装甲が、まるでゼリーか何かのような扱いだ。
──万物を斬り裂く剣。
言葉通り『なんでも斬れる』という意味なら、それがロルフのギフトということになる。だとしたら、空中を跳び回るその動きはなんだというのか。
ハッとツヴァイは我に帰る。
そうだ、驚いている暇はない。ツヴァイはストーンリザードに向けて駆け出す。
ロルフは魔物に入れた切れ込みを確認し、言う。
「仕上げだ」
そして左手をストーンリザードの背に触れ、右手で剣を薙ぐ。
その攻撃を最後に、石の装甲がバラバラと崩れ地面に落ちていく。
同時に、ツヴァイの目が獣のように鋭くなる。
ストーンリザードの体の右側へと回り込み、喉元のやや後方──1体目の主を解体した際に把握している『心臓の位置』へと走り込む。
ツヴァイは思考する。
……あたしたちに時間はない。
「一撃で仕留める!」
先日のゲオルクとの闘いで痛感した。
ただ力の流れをコントロールするだけでは、この先のギフト保持者には勝てない。
……あたしはもっと強くならなきゃ仲間を守れない。
踏み込んだ足を強く捻り、ツヴァイは自身の体を大きく回転させてストーンリザードへと飛び込む。
両腕は脱力して身の流れに任せ、そして踏み込んだ足の力を上半身へと流していく。
これまでと違い『直線的な流れ』ではなく、体内で何周も『回転』させながら。
頭のてっぺんと足のつま先を結ぶ線を中心軸に、流動は螺旋を描きながら力を運んでいく。回転が増すごとに、力はより速く、強くなっていく。
やがてその力が肩付近に届くころ、ツヴァイは初めて攻撃体制に入る。
回転とは、力だ。
遠心力により加速され、爆発的までに増大された力を右腕へと正しく流していく。
力の流れる道──流動。
ツヴァイのポニーテールが揺れ、螺旋を描き、それは東洋の『龍』を想起させるようにとぐろを巻く。
喰らえ──
これがあたしの最大火力の一撃──
ツヴァイは大剣を振り抜く。
「────龍道斬ッッ!!」
大剣がストーンリザードの体に触れる。
支える地面ごと引き裂くかのような炸裂音。
肉を斬り裂き、ツヴァイの大剣は柄の部分まで魔物の体へと深く抉り込まれる。
しかしそれだけでは留まらない。
斬り込まれる速度より、剣先から放出された流動の力が上回ることで『風浪』という不規則な尖った波が生まれる。これは海の波が風に押し込まれることで発達していく原理と同じだ。
波は力を増しながらストーンリザードの肉体の内部まで潜り込み、暴れ回る。波のうねりはやがてその心臓へと届き、血しぶきをあげながらぐちゃぐちゃに破壊していく。
ストーンリザードの赤く巨大な目がグルンと上方向へと回る。
ツヴァイがそのまま大剣を振り下ろすと同時に、魔物の巨体は地面へと叩きつけられた。
セリアの森に轟音が響き、空気が激しく揺れる。
そしてツヴァイが地面へと着地するころ、既にストーンリザードの主はその生命活動を終えていた。
ロルフが呟く。
「……悪くない」
着地したツヴァイは、息をつく間もなく駆け出す。
ストーンリザードを倒すのにかけた時間の分だけ、4人を乗せた熊との距離は開いている。もうこれ以上は時間をかけられない。
僅かではあるが熊の速度は減速しているように思える。
考えてみればそうだ。速度では人間を圧倒するが、熊という生き物が他の動物に追いかけられる場面なんてまずないだろう。あの体格は長距離を走ることには向いていないのだ。
ましてや人間を4人も乗せている状態……減速しないわけがない。
しかし石の装甲を破壊するために跳び回ったロルフ、そしてまだ慣れていない技を使用して流動を強引に扱ったツヴァイも体力の消費は激しい。
一向に距離は縮まらない。このままではジリ貧だ──ツヴァイはそう考える。
一方、ロルフには懸念があった。
速度は落とさず、しかし冷静に前方のヤンたちの動きを窺う。
ウドがギフトを発動させたのは2度目だ。1度目と同様、あの黒い渦は『5秒』で消えたように思える。
能力が持続型であれば代償や制限があり、そう何度も使えるとは限らない。
しかし、あれが単発型であれば──
ロルフの予感は的中することになる。
ウドが再び手をかざすと、熊の前方に黒い渦が発生する。
「……やはりか」
ツヴァイの顔に焦りが浮かぶ。
「っ……ざけんじゃないわよ! そんなの何回もやられたら──」
速さは拮抗している。
あのギフトが単発型であれば、発動時間の5秒と能力を使用できないクールタイムの10秒……合わせて15秒。15秒に1回、代償なしで距離を広げられてしまうのだ。
ロルフはピタリと足を止める。
「打ち止めだ」
ツヴァイは走りながら声を荒げる。
「ハァ!? 何言ってんのよ!?」
「あのギフトがある以上、もう追いつくのは不可能だ。こちらだけが一方的に体力を消耗するシチュエーション……追跡でなく別の作戦に切り替えるのが最善手だ」
「ざけんなっ!」
既にロルフの頭の中では次の作戦が練られていた。
そして、それはツヴァイも同様だ。ここで逃げられたとしても次の作戦はある。
しかし今、自分の目の前で仲間が連れ去られようとしている状況。ツヴァイは駆ける足を止められない。
先ほどの黒い渦を出現させてから15秒経過後、ウドは再び前方に手をかざす。
赤色の電気が放出され、4人を乗せた熊はまた遥か前方へとワープする。
もうギリギリ視認しかできない距離まで離れてしまった。
ツヴァイは喉を振り絞って叫ぶ。
「フィア!!」
フィアは走る熊に体を揺さぶられながら、必死に自分を追いかけてくるツヴァイを見る。
全部……全部僕のせいだ。
僕の軽率な行動が、仲間を危険に晒している。
反射的に叫ぶ。
「ツヴァイ! もういい、来ないで!」
涙で景色が滲んでいく。
ツヴァイの姿を直視できず、俯く。
そのときだった。
「泣くなっ、バカ!!」
ツヴァイの叫び声。
「顔あげろ! 勝たなくていい、負けるな! 信じて待ってなさい! あんたは絶対あたしが助ける!」
フィアは視線を上げてツヴァイを見る。
「忘れないで! どんなに理不尽でも、どんなに暗い世界でも必死に手を伸ばすのよっ!」
初めてできた、可愛い弟子。
大切な仲間。
こんな汚いあたしのことを『綺麗』だと言ってくれた──
ツヴァイは叫ぶ。
「──その先にあたしはいる!!」
再び、フィアの体が黒い渦に飲み込まれる。
次の瞬間には、もうツヴァイの姿が見えなくなっていた。
ヤンはウドに声をかける。
「ふぅ。しぶといやつらだったな」
「当たり前だ。敵はあのロルフ・ローレンスだぞ。誤算は……この男とあの金髪女だけだ」
「このガキんちょ、リスクを払ってでも捨てておくか? こいつがいたらロルフ以外も敵に回しちゃうぞ」
「いや、いい。もうやつらは追いつけないし、俺たちの仕事は『勇者の捕獲』だけで、それさえこなせば後のことは『雇い主』に任せておけばいい」
「まぁそれもそうか〜。そんじゃ、このまま勇者を受け渡しにいくぜ」
4人を乗せた熊は休むことなく、セリアの森を駆けていく。
「フィアくん……ごめん……ごめんね。貴方を巻き込んでしまった」
リタに声をかけられ、フィアは顔をあげる。
「……リタさん、教えて。僕たちは何に巻き込まれているのか」
もう涙はない。
強く、まっすぐな目をしていた。
時に人の言葉は、他者の心を激しくノックする。
ツヴァイの言葉は慰めじゃなかった。
闘え──そう心に訴えかけてきた。
フィアの目に僅かな光が灯る。
──勝たなくていい、負けるな。
その言葉がツヴァイの優しさだということをフィアは理解している。
そうだ、勝たなくていい。
屈せず待ち続けていれば……仲間が助けてくれる。
「仲間が……」
仲間が助けてくれる?
それをただ待ち続ける?
……時に他者の存在は、自分の心を大きく変質させる。
思考が……思想が書き換わっていく。
脳裏にアインスの姿がよぎる。
きっと『あの人』なら、そんな甘えた考えは持たない。
……勝たなければいけない。
そうだ。
『負けなければそれでいい』なんて言葉は、まるで弱者の発し続ける『呪い』じゃないか。
勝たなきゃ、何も変えられない。
……あれ?
……僕は。
……僕は、何を。
……本当の僕は、どっちだ?
「リタ」
低く、力強い声。
呼び捨てにされたリタは驚き、フィアを振り返る。
「リタ、僕に情報をちょうだい」
フィアの目から光が消え去り、僅かに闇に染まる。
「こいつらを……地獄に突き落とすために」




