不合格
ツヴァイは目を疑う。
「ど、どうして……?」
主を倒したにも関わらず、ストーンリザードの他個体がそこから立ち去らないのだ。
いまだ冒険者と他のストーンリザードの交戦は続いている。
「くっ……!」
ツヴァイは慌ててフィアたちの元へと駆ける。
もう何十人もの冒険者が食い殺されている。すべてのストーンリザードを殲滅するまでこの討伐が終わったとは言えない。
一方、アインスは『その先』まで考えていた。
全員で協力して、ストーンリザードは殲滅する。
しかし、それでもこの闘いは終わらない。
私たちがヘンテコ保持者であることを晒してしまったからだ。
生き残った冒険者たちは、はいそうですかと大人しく素材を配分するとは限らない。
最悪、命を狙われる。
……冒険者たちが何人も死んだのは都合がいい。
生き残っているのは、視認できる限りでナンバーズを含めて20人弱……リタとレオンが生存しているのは厄介だ。
しかし、こいつらは2人ともダメージを負い、そして何より先ほどの『電光石火』を目にした大事な証人だ。
私たちはいつでもここにいる冒険者を皆殺しにできる──そう脅しをかけるには都合がいい。
いや、これは脅しじゃない。
いざとなれば実行しなければいけない。
そこまで思考したところで──
「グッ……ガァァ!!」
すぐ隣で、レオンが呻く。
「アア…………ッツア!!」
左手の爪を、自身の喉に食い込ませていく。
そこから血が溢れ、地面に落ちる。
「オレ……オレハ……王ジャ……ナカ……」
リタは目を見開き、言葉を失う。
能力開発省が公式に発表しているものではないが、霊的付与系能力の持続型としての『代償』は固定されているという話がある。
能力者の性質がその『霊的存在』に徐々に近づいていってしまうことだ。
体と心の変質──その人間は能力に作り替えられてしまうのだ。
アインスは口を開く。
「なるほど、それが君の能力の代償か」
レオンの口から大量の唾液がこぼれ、目は真っ赤に充血している。
爪が深く食い込み、もう言葉を発することもできずヒューヒューと喉から空気の漏れる音だけが響き渡る。
「噂に聞いている。何人もヘンテコを殺してきたらしいな」
アインスはレオンに背を向け、歩き出す。
「同情はしない。罪を清算しろ、レオン」
そしてレオンは自らの喉を掻っ切り、血を噴き出しながら地面へと倒れた。
絶句するリタだが、アインスは表情ひとつ変えずにフィアたちの元に歩いていく。
証人は1人いればそれでいい。厄介な敵が減ってくれた。
「何してるんだ、リタ。早く助けにいかないと君の仲間が死んでいくぞ」
リタはハッと顔をあげ、慌てて立ち上がりギフトを発動させる。
そして、ストーンリザードと戦闘中の仲間の元へと飛び立つ。
「……そうだ、できる限り体力を消耗しろ。誰も私たちに歯向かわないように」
ツヴァイは能力で取り出し終えた大剣を手に、ストーンリザードの群れへと突っ込んでいく。
そのうちの1体へと照準を合わせて攻撃を仕掛けようとするが──
次の瞬間、誰かがストーンリザードの上空から落ちてきた。
剣で装甲を砕き、飛び散った破片が地面へとたどり着く前にもう一撃を入れて魔物の体を切り裂く。
そのままストーンリザードの死体を蹴り、飛び上がる。
そして再び上空へと昇っていき、瞬く間に次のストーンリザードを仕留める。
空を飛んでいる……いや、まるで空を駆け上がっているようだ。
そして何より──
「速い……」
高速の攻撃を繰り返し、次々と魔物を葬っていくマント姿の男。
ツヴァイが警戒していた、あの『白銀の翼』の隊員だ。
周囲の冒険者たちはその光景に戸惑い、攻撃の手を止める。
いや、攻撃する必要がなくなったのだ。何故なら、その男はたった1人でストーンリザードの群れに圧倒していたからだ。
やがて地面に降り立ち、最後の1体に向けて走り寄る男。
ツヴァイの脇を駆け抜ける瞬間、フードが外れ、目が合う。
男はすぐに視線を前方へと戻し、残されたストーンリザードに剣を向ける。
足を踏み込み、体を大きく捻る。
「こうか? ──流動斬」
その剣撃は装甲を破壊するのではなく綺麗に『切り裂き』、中の肉体ごとストーンリザードを真っ二つにした。
音さえ響くことなく、美しい断面から血が溢れる。
ツヴァイは身震いする。
「な……何よ、そのあり得ない強さ……」
完璧に流動を使いこなしている。間違いなく、ツヴァイ以上に。
男はストーンリザードの死体の頭を踏みつけ、口を開く。
「まさかヘンテコに負けるとはな。約束通り、お前の仲間はメルヴィンに置いていく」
ようやくツヴァイたちの元にたどり着いたリタは、その姿を見て思わず声を漏らす。
「ロ、ロルフさん……」
『人間兵器』ロルフ・ローレンスは冒険者たちを見回し、最後にリタに視線を移す。
そして言った。
「──不合格だ、『勇者』」
後編へ続く
公開1ヶ月 &(日間)ローファンタジーランキング 14位
記念イラスト
作:ただよし




