計算違い
レオンはその金茶色の瞳孔を開き、神経を研ぎ澄ましていく。獲物との間隔を正確に見極め、思考と反射の狭間でストーンリザードの攻撃をかわし続ける。
──コロセ。
頭に声が響く。
レオンはようやく気づいた。
この声はギフトだ。
能力は、俺に王であることを求めているんだ。
体が、そして心が変質していく。より強く、より凶暴に。弱者を捻じ伏せ、敵を葬り、すべての頂点へと立てるように導かれる。
だとすれば……人間はギフトに支配されているのか?
不気味だ。
まるでそこに『意思のようなもの』が介入しているように。
いや、どうでもいい。今はそんなことよりも──
「……コロス」
この怪物を食物連鎖の上位から引きずり下ろす。
知能の低い魔物は、状況に応じて限られた攻撃パターンを繰り返すことしかできない。これは狩りのゲームに近い。敵の攻撃パターンを分析できたなら、自分という操作キャラを正しく動かすだけで確実に勝てるのだ。
正しく攻撃をかわし続けられるなら──
「燐光剣!」
リタがいずれ装甲を破壊する。
……今までの俺は間違えていた。
勝負とは、必ず勝たなければいけない。
この俺とリタの連動は、ストーンリザードを確実に殺せる『必勝理論』だ。
油断はない。リタもレオンも、理屈上では必ず勝てると確信していた。
しかし──
「っ……!?」
その理論には『計算違い』があった。
レオンは右肩に走る激痛に顔を歪める。
その痛みは、戦闘の序盤、ルーカスに能力を発動させるために囮になった際に受けたダメージだった。
ほんの一瞬、地を蹴る体に負荷がかかり動きが鈍る。
『攻撃をかわし続ける』という絶対条件が崩れてしまう。
ストーンリザードの前足が目の前まで迫り、今まさにレオンの体を潰そうとする。
「──させない!」
猛スピードで上空から下降してきたリタが、ストーンリザードとレオンとの間に体を滑り込ませる。
骨のひしゃげる音が鳴り、リタの体は突き飛ばされ、勢いよくレオンにぶつかる。
そのまま2人一緒にストーンリザードから20mほど西に離れた場所で落下する。
「ぐっ……! テメェまた……」
リタの腕はあらぬ方向に曲がり、内臓まで破壊されたようで吐血している。
すぐに光の粒子がリタの体を包み、負傷箇所を修復していく。
「か、勘違いしないでください……貴方が囮にならなければ……この戦法は取れない。ボクならダメージを負っても回復できる……」
レオンは舌打ちする。
確かにリタの言う通りだ。この作戦を遂行するには、治癒能力のない俺でなくこいつがダメージを負わなければいけない。
「なるほど……わかってきたぞ」
ただ最善の選択を取り続けなければいけない。
今のイレギュラーは『既にこちらも疲労し、負傷している』という前提が理論から抜けていた『計算違い』によるものだ。
自分の体を完璧に思い通りに動かせるとは限らない。
リタの自動再生が完了する。
このイレギュラーは、リタが俺の動きを注視することで『肉の盾』としてカバーできる。何度攻撃を受けても能力で回復できるなら、俺にとってもリタにとってもこれが最善だ。
組み立て直せ。俺を勝利に導く完璧な理論を──
そのときだった。
「リタさん!」
1人の少年が倒れたリタの元に駆け寄ってくる。
「フィ……フィアくん!? どうしてここに!?」
リタは目を丸くして驚く。
駆け寄ってきた少年は、太陽による逆光で顔が見えにくいが、間違いなくフィアだった。
「こんなところで何を……危険だから離れてて!」
「ダ、ダメだよ。いくら回復できても痛みはあるでしょ? リタさんの体が保たないよ」
「ボクの心配はいらない!」
2人のやり取りを見て、レオンは舌打ちする。
……これもイレギュラーの1つだ。
このガキがどう動くか予測できない以上、俺たちの戦闘の邪魔になる可能性が拭えない。
あの金髪女の仲間ということは、こいつもヘンテコ保持者に違いない。つまり殺しても罪には問われない。
最善の選択は……ここでガキを処理しておくことだ。
レオンが左手の鉤爪を上げようとしたところで、フィアが口を開く。
「それに……もう大丈夫」
そして、フィアはストーンリザードの方向を指差す。
つられるようにリタとレオンはそちらを振り返る。
「っ……! あの女!」
そこにはストーンリザードに立ちはだかるツヴァイの姿があった。
武器の大剣は左手に握りなおし、その代わりに右手には──短剣。
あれはアインスの持っていた双剣の片割れだ。
そしていつの間にか能力で取り出したマントを翻している。
ズシン、と足音を鳴らし、ストーンリザードはツヴァイの前へと一歩踏み出す。
対してツヴァイは、右手を伸ばし短剣を構える。
その光景を見たリタが言う。
「い、一体何を……あんなので勝てるはずがありません!」
舞台は既に整っていた。
リタとレオンが弾き飛ばされたのは、ストーンリザードを中心として太陽の方角──西側だ。そこにはフィアもいる。
そしてストーンリザードの正面に立ちはだかるツヴァイは南側、その遥か後方の『安全域』で佇むアインス。
東側には冒険者たちの統率を取るドライがしっかりとこちらの戦闘を覗っている。
「──いい配置だ。こちらで調整する手間が省けた」
アインスは右太ももに差した双剣の片割れを抜き、空中でクルリと一回転させてから右手で柄を握る。
「覚悟しろ、ストーンリザード。私の『勝利の理論』は少しばかり狂気じみているぞ」
ツヴァイとフィアが遠目に顔を見合わせ、頷く。
「さぁ、勝利を紡ぐぞナンバーズ」
そして、アインスは口端を吊り上げて笑う。
「ふふっ。主人公? 悪役? 必要ないね。これは────私たちの闘いだ」




