最終話 物語のエピローグと私達のプロローグ
「……う、うう、う」
アリスが呻き声を上げ、目を擦る。
壁を背に座り込んだまま、ぼうっとした顔で私を見上げた。
「……ルーン? ボク……生きてるです?」
私は涙を零しながら、アリスへと抱き着いた。
「よ、良かった! アリスまで死んじゃうんじゃないかって、私、凄く不安で怖くって……!」
「うぶっ!」
私の身体に胸部を圧迫されたアリスが、小さく悲鳴を上げる。
「止めるです! 怪我人に圧し掛からないでほしいです!」
「ご、ごめん、嬉しくってつい……」
アリスは生きていた。
かなり肉を抉られていたので、もう駄目なのではないかと本当に不安だったのだ。
彼女が耐久力特化の歩兵でよかったと、心から思った。
「包帯……強く巻きすぎで苦しいです。解くです」
「だ、だって、血の勢い、本当に止まらなくって……」
私は苦笑いしながら答える。
アリスは溜息を吐いて、それから床に倒れた白面の死体へと目を向けた。
「……アイツに、勝ったのですね」
「えへへへ、アリスが、白の魔女の頭に一発入れてくれていたお陰だよ」
同じポテンシャルを秘めた身体とはいえ、あれがなければ白の魔女を押し切ることなんて絶対にできなかったはずだ。
私も、あんなに対等以上に立ち回れてたのが正直不思議なくらいだ。
それからアリスは、じっと白の魔女の顔を見つめる。
白の魔女の、私にそっくりな顔を。
「……やっぱり、アイツの正体はルーンだったのですね」
「違うよ」
私は答える。
「私と白の魔女は違う。だって白の魔女は、私の大切なあの日々を、俯瞰でしか知らないんだもん。だから、そんな私は私じゃないよ。アリスがこんなに私を気遣ってくれて、いつだって助けてくれていたあの日々の、一つも知らないんだもん。私はそんな私を、私だって認めない。白の魔女にもアリスはいたんだろうけれど、そのアリスだって、アリスとは違うのだもの。リシェルだって、同じことだよ」
私はアリスの目を見つめて、彼女の手を取ってそう言った。
大事なのは、《次元の杖》で誰をコピーしたのか、なんてことじゃない。
私が見たもの触れたもの、そして感じてきたものが全てだ。
アリスは気恥ずかしそうに頬を赤くして、顔を逸らした。
「それに私は、アリスとリシェルが死んじゃっても、それは凄く悲しいことだけれど、大量の人間を殺してアリスとリシェルをいっぱい作ろうだなんてきっと思わないもの」
「……ルーンならちょっとだけやらかしそうです。カエルの子はカエルですね」
アリスは冗談めかしてそう口にした。
「そっ、そんなこと言わないでよう!」
「だ、だから、ボクはルーンの傍を離れないようにしてあげるです。感謝するです」
アリスは顔を逸らしたまま、耳まで赤くしてそう口にした。
「アッ、アリスゥ!」
私はもう一度アリスへと抱き着いた。
「うぶふっ! だ、だから怪我人に圧し掛からないで欲しいです!」
落ち着いてから私は、《鏡色の小鳥》をぶっ放して地面に穴を開け、リシェルと白の魔女、コピーリシェル達を別々の穴へと入れてあげた。
「ごめんなさいです、リシェル。ボクはリシェルのことを、ずっとぞんざいに扱っていたです。だから許してほしいというわけじゃないですが……ボクは、ルーンを守りたかったです。ルーンを助けてくれたこと……本当に感謝するです」
アリスは穴の中のリシェルを見つめながら、頭を下げた。
「……ありがとう、リシェル。ずっと私の傍にいてくれて。一緒にいたリシェルが……本当は何の想い出だって共有していないんじゃないかって、私は旅の間、化け物なんかより、ずっとそのことが怖かった。でも貴女が、最後に私のために駆けつけてくれて……凄く悲しかったけど、本当に嬉しかったの。私の中のリシェルは、貴女だけだよ」
土を掛けながら、私はリシェルへとそう声を掛けた。
悲しい顛末にはなってしまった。
でも、あのとき、リシェルを見捨てなくて、本当に良かったと思う。
リシェルにはちゃんと心があった。
アリスの言う通りに置き去りにしてしまっていたら、リシェルは孤独にあの家で衰弱していっていただろう。
私も、リシェルは何の自我もない人形だったんじゃないかって、これでそう思い悩まなくていい。
そのことは私にとって、本当に辛くて怖かったから。
彼女達の埋葬が終わり、私達は階段を昇って外に出た。
来る前と何も変わらない景色があった。
草の生えない地に、白化した葉をつけない歪な木が並ぶ。
空は灰色が続いている。
きっと少し歩けば、また奇怪な化け物に追いかけられることになるのだ。
「……これから、どうするです?」
アリスは階段の最後の一段を上がり切らずに足を止め、外の光景を眺めいていた。
私はくすりと笑い、アリスの腕を引いた。
「私は、他の人と合流したいかな。……白の魔女が殺し回ってくれたみたいだけど、裏を返せば、こんな世界でも殺せる人間がいたってことだし。それに、普通の人がいなくても、アリス二号や三号はいるはずでしょう?」
「……ボクは一人で充分です」
アリスが私の軽口に、むっとしたように答えた。
「後は……そうね、兎のパイが食べたいかな。勿論、普通の方ね? すっごく美味しいんだから」
私はニシシと笑った。
アリスも私に釣られて笑った。
「ルーンも夢でしか知らないクセに」
「えへへ……見つかるといいんだけど」
「こんな壊れた世界じゃ、きっとそれは大変なお宝です。一生掛かるかもしれないです」
「じゃあ一生掛けて探してやるだけだよ。大変だよ、後はお魚のスープや、お肉のドリアだってすっごく美味しいんだから」
「それは大変ですね。難題が山積みです。これから苦労するです」
「でも、アリスは助けてくれるんでしょ?」
「仕方ないですね。ルーンは、ボクがいないとダメですから」
私はアリスの腕を引いた。
彼女は地下階段から外へと出た。
これまで私は夢の世界に囚われていて、アリスはそんな私の面倒を見ることを強要されていた。
夢を取り払ってからも、白の魔女に誘われるがままに、彼女の脚本に従い、彼女の監視の下で、彼女の操り人形となって北を目指していた。
アリスが地へ足をつける。
それは新たな旅への第一歩だった。
「おめでとう、アリス」
「ルーンも嬉しそうですよ」
私達は初めて、自分達の意志で前に進むことができたのだ。
私達の、長い、長い、プロローグが幕を開けた。
これからの旅は、誰かに仕組まれたものでもなければ、強要されたものでもなく、ましてや夢の世界でもない。
――――この終末戦争によって全てが終わってしまった化け物の溢れる世界で、私達の『本物』の、長い長い、狂気の旅路が始まるのだ。
「終わる世界の夢見人」、ルーンとアリス、そしてリシェルの物語は無事に完結いたしました。
五万文字くらいで急ぎ足めで終わらせようと思っていたのですが、予定とは上手くいかないもので、いつの間にやら八万文字近くになっていました……。
見返してみれば全体の四割が白の魔女編なので、ここで一気に長くなってしまいました。
夢見人の執筆が長引いた分、他作品の書籍作業と更新予定が山積みになってしまったので、そっちも頑張らなければ!
最後まで読み進めて面白かったと思ってくださった読者様は、広告下までスクロールしたところにある評価項目から評価ポイントを入れていただけると幸いです。
今後の創作活動の大きな励みになります……!
最後まで読んでいただいた読者の皆様、本当にありがとうございました!
(2020/2/25)




