第二十四話 猛攻
私は《次元の杖》を空中の白面へと掲げる。
突破口は見えないけど、とにかくやれることをやるしかない!
攻撃を続けていれば、思わぬ隙を見せてくれることだってあるはずだ。
何もしなければチャンスは掴み取れない。
白面が私達に対して油断していることは間違いないのだ。
私の頭上に空間の裂け目が生じ、そこから三羽の《鏡色の小鳥》が飛び立った。
「普通に避けてもいいのだけれど、格の違いを教えてあげるわ」
白面も自身の《次元の杖》を掲げる。
彼女の周囲に四つの空間の裂け目が生じた。
「う、嘘……!」
「あは、驚いたかしら? その気になれば、もっとたくさん出せるわよ」
各裂け目から、それぞれ四羽の《鏡色の小鳥》が姿を現した。
私のそれよりも、発動も、小鳥の移動速度も速い!
十六の小鳥が、私達の元へと向かってくる。
先行する四羽がそれぞれ破裂して空間を削り、私の三羽の小鳥を完全に掻き消した。
残り十二羽が私達のすぐ上まで飛んできてから、避けるように軌道を変えて落ちてきた。
十二羽が私達の周囲に着弾し、床を大きく抉っていく。
今ので、もう駄目かと思った。
すぐそこに死があった。
アリスもリシェルも私も、殺されてしまうのではないかと思った。
息が止まりそうだった。
わかっていたことだが、白面はあまりにも規格外だ。
これまでの戦いも厳しかった。
しかしその相手は、白面が用意した『私達でも頑張れば突破できるかもしれない敵』に過ぎなかったのだ。
白面の力はあまりに別格だ。
「《鏡色の小鳥》は私も得意なのだけれど、フフフ、その偽リシェルを避ける必要があるから、今回は使えそうにないわね」
白面が得意げに口にする。
今、白面は、私達に力の差を見せつけるためだけに《鏡色の小鳥》を使ったのだ。
あれだけの規模の魔法を使っておいて、まるで疲労の色が見えない。
白面が《次元の杖》を振るう。
私達の周囲一帯の足許に、数式が浮かび上がってきた。
何かが来る!
端まで全力で走って逃げたって、とても間に合うとは思えない。
「うっ……!」
私は必死にその場から跳んだ。
周囲一帯の床が割れ、木の根が姿を現した。
私のすぐ近くから出てきた木の根が、鋭利な先端で私を狙っていた。
こ、こんなの、避け切れっこない!
白面が自身で出した、リシェルのコピーを一掃した魔法だ。
すぐそこまで来ていた木の根の先端が、唐突に砕け散った。
アリスが銃を構えながら、私に向かって走ってきていた。
アリスが銃弾で木の根を撃ち抜いてくれたのだ。
「ありがとうアリス、これなら……!」
「ダメです、ルーン!」
アリスが叫び声を上げる。
私が木の根から逃げようと身を翻せば、すぐ目の前に、次の木の根が迫ってきていた。
「えっ……?」
突き刺されると、そう思った。
次の瞬間、アリスの腕に背を突き飛ばされた。
「きゃっ!」
私は《次元の杖》を抱きしめながら、床の上を転がった。
身体中が痛い。
だが、寝転がっているわけにはいかない。
気力で膝を突き、素早く起き上がった。
「ありがとう、アリス……!」
視線の先で……アリスは、血塗れで倒れていた。
私を助けたときに、別の木の根に横っ腹を抉られていたのだ。
かなり身体の肉を持っていかれている。
「ア、アリ、ス……?」
呼びかけたが、返事はなかった。
「はあ、今回はここまでかしらね。ああ、勿論、条件は守っているわよ」
白面は退屈そうにそう言った。
木の根は、リシェルを器用に避けていた。
少しでもずれていれば彼女の身体を貫通していたはずだが、白面はそんなミスを犯さない自信があったのだろう。
リシェルはそんな状況でも、いつもの感情のない表情を浮かべ、アリスの方を向いて棒立ちをしていた。
「なんだ、つまらない結果。これ以上やっても消化試合ね。終わりにしましょうか。まあ……最初から貴女達に、勝ち目なんてなかったのだけれど」
白面が《次元の杖》を掲げる。
《次元の杖》を数式が覆っていく。
先端についていた花飾りが形を変え、花弁を閉じて蕾となり、鋭利にその先端を尖らせた。
続けて、白面の身体を数式が覆っていく。
彼女の姿が消え、私の目前に唐突に現れた。
《次元の杖》を槍のように構えている。
「貴女は、魔法を使わずに直接殺してあげるわ。お休みなさい、ルーン」
私は必死に白面へと《次元の杖》を向けながら、後方へと跳んだ。
目前の危機に、私の脳内で無数の数式が駆け巡る。
だが、今の状況から白面に対抗できる術が、何も思いつかない。
その瞬間、私の目前に何かが分け入ってきた。
私やアリスよりも、ずっと速い動きだった。
この動きは、すぐ最近目にした覚えがあった。
湖で出会った、偽リシェルがこのくらいの速度だった。
白面の《次元の杖》が、飛び込んできた何者かの胸部に突き刺さった。
リシェルだった。
死人のような肌をした、生気のない隻眼のリシェルが、白面の《次元の杖》を身体で受け止めていた。
青黒い血と肉が当たりに飛び散る。
一目見てわかる致命傷だった。
「リ、リシェル……? どうして……?」
「あら……おかしいわね」
白面も呆然としていた。
今のリシェルには何の知性もないと、そう断言したのは彼女だった。
白面でさえ、こうなることは想定できていなかったのだ。
「……大丈夫だ、よ、ルーン。私が……ついている。絶対にこれから先、貴女を殺させるような真似なんてしない」
そう言ってリシェルは、首を傾け、隻眼を私へと向けた。
口許は血で溢れていた。
「リシェル、私が、私が、わかるの?」
「だだ、だから……お願い。こ、この戦争を、終わらせよう。貴女には……その力が、あるから……」
リシェルはそう言い切って、がくんと首を垂らした。
リシェルの命の糸が、ぷつりと切れたのがわかった。
目から涙が溢れてきた。
リシェルにも、微かながらに思考能力は残っていたのだ。
きっと私が見てきたあの歪な日常と、リシェルの見ていた世界は別のものなのだろう。
だが、しかし、リシェルもきっと何らかの形であの日常を体感していたのだ。
そして彼女も、私のことを大切に思っていてくれていた。
……でも、それがわかったのは、リシェルの最期のときになってしまった。




