第二十三話 ハンデ
白面は楽しげにしている。
恐らく、私達から攻撃を受けるのもこれが初めてではないのだ。
終末戦争の際に、不老の身体を手に入れて、以来ずっとこの終わった世界で時間を持て余し、ずっと暇潰しを続けている怪人だ。
何十回……もしかしたら何百回、何千回と、刃向かってくる私達を沈めているのかもしれない。
《鏡色の小鳥》なら、回避はできても防いだり耐えたりするのはほとんど不可能だ。
だから、当たりさえすれば実力差があろうと勝てると、そう思っていた。
でも……本当に、勝機なんてあるのだろうか。
《次元の杖》は瞬間移動でさえ可能にすると、そう書物に書いてあった。
白面が使えることくらい、想定しておくべきだったのだ。
「死にやがれです!」
アリスが白面へと銃弾を放つ。
白面の姿が光る数式に包まれ、身体が半透明になった。
銃弾は白面の身体を通り過ぎた。
「う、嘘……」
アリスの額から汗が垂れていた。
私達の様子を見て、白面が口許に手を当てて、身体を軽く曲げて笑う。
「ふふふ、どうしたの? それだけかしら? そろそろ私から動かせてもらうわよ?」
あんなことまでできたのか。
瞬間移動だけでなく、好きに攻撃を透過させられるのなら、こっちから何をどう仕掛けたって当たるわけがない。
魔法の展開自体を止めれば、攻撃を当てられるかもしれない。
多分、《次元の杖》にはその力もある。
元々、私が《次元の杖》に触れたことで、白面の見せる夢を跳ね除けられたのが始まりなのだから。
ただ、そうだとしても、あのときと今ではまるで状況が違ってしまっている。
あのとき白面は《空の瞳》による遠隔での魔法の行使であったし、常時発動して見せ続ける幻と、自分を対象に発動する魔法ではわけが違うはずだ。
あの幻はそもそも、何人もの私に同時に掛けて維持しているはずなのだ。
あの透過魔法を妨害するには、世界を終わらせた白の魔女と、純粋な魔法勝負になる。
実力で私に圧倒的に勝る白面相手に、そんな戦いは仕掛けられない。
白面が私達の方に指を立てて、左右に振った。
「普通にやっても、私が勝つってあまりにわかりきっていて、退屈なのよね。ハンデをあげるわよ」
「ハンデ……?」
こんな状況でも、白面は明らかに遊びのつもりでいるようだった。
事実、彼女にとっては遊戯のようなものなのだろう。
相手に油断があるのはありがたいことだ。
ただ、白面は、その油断をするだけの充分な実力を有している。
「ええ、瞬間移動でもいいし、透過でもいいし、《鏡色の小鳥》でもいいわ。使ってほしくない魔法を教えてくれたら、それを使わないでおいてあげる。他に貴女達が知っている魔法があるのなら、それだって構わないわよ。面白い条件があるなら、何か全く別の縛りだって構わないわ」
白面は条件を言い慣れていた。
考えずにすらすらと喋っている。
やはり、きっとこれもいつものことなのだ。
「ああ、その気になれば私は、予備の貴女やアリス、リシェルを好きなだけここに呼べるけれど、そんなつまらないことはしないから、安心してもいいわよ。貴女の魔法の数式自体に干渉して、全部魔法を不発にすることだってできるけれど、そんな無粋な真似もしないでおいてあげるわ。逃げてから《空の瞳》で一方的な攻撃を仕掛けるのだって、使わないでおいてあげる。真っ当な勝負にならないものね」
本当に、こっちを舐め腐った態度だった。
だが、事実だ。
さっき白面の潰した騎士のリシェルが五人出てくれば、私達にはそんな対処、絶対にできるわけがない。
「考えなさい。私が面白いと思えて……ふふふ、それで貴女達に有利な条件なら、もしかしたら、私に手が届くこともあるかもしれないわよ」
白面は自分の喉元を指で示した。
「ハ、ハンデ……少しでも、ボク達に有利そうな……」
アリスが考え込んでいた。
しかし、アリスには悪いが、そういうことなら私の言うことは一つしかなかった。
「……戦いの間だけでも、リシェルには手を出さないでください」
「ル、ルーン!?」
アリスが驚いたように私を見る。
白面は少し呆気に取られたように黙っていたが、軽く笑い声を上げた。
「ふふふ、本当に愚かね。そのガラクタには、手の施しようがないって教えてあげたのに。何度も言ったけれど、それに感情らしい感情はないのよ? 治療して、人間にすることだって不可能なの。貴女がそれに義理を感じる道理だって、何一つない。だというのに、ああ、まるでお人形さんに愛着を持っている幼子みたいで、貴女って本当に可愛いわ」
白面が地面を蹴って高く跳び上がった。
そのまま空中に彼女の姿が固定される。
「いいわよ、その条件で戦ってあげる。すぐに終わらないでね? ここまで私の試練を乗り越えて、自分自身のコピーだって打ち倒して辿り着いたのだから! その力、執念、私に見せて頂戴!」
「……アリス、ごめん。リシェルを庇いながら戦うのは、無理だって思ったから」
白面の言うことはきっと正しいのかもしれない。
私の記憶の中にあるリシェルは、幻の作ったリシェルと、そして終末戦争の中のリシェルだ。
幻は幻でしかない。
このリシェルは、私の見る幻を補佐するためだけに用意された、人形のようなものなのかもしれない。
そして、終末戦争の経験を継いだリシェルは、白面ならばいくらでも作り出すことができる。
それでも、やっぱり私にとって大切なリシェルは、このリシェルなのだ。
それが夢幻であったとしても、私があの日常を共にし、ずっと私が頼っていたのは、彼女だ。
「ルーンはどうせ、この条件にしないとリシェルを気にしすぎてまともに動けなくなっていたはずです。仕方ないです。ルーンのヘマは、ボクが補ってやるです」
アリスはちょっと冗談っぽく呆れて見せながら、そう口にした。
それから銃口の先に白面を捉え、目を見開いた。
「……それに、強ち失敗でもないかもしれないです」
「えっ……?」
「向こうがリシェルを攻撃できないなら、リシェルの付近にあまり範囲攻撃は撃ってこないはずです。実質的に、数種の魔法を制限できるかもしれないです」




