第二十一話 白の魔女
私は息を整える。
白面がかつて世界を滅ぼした一人であったとしても、私がすることには何の関係もない。
相手がどれだけ強大であっても、私は引くわけにはいかないのだから。
会話の主導権を握らせてはいけない。
「ね、願いを叶えてくれるというお話でした!」
私が声を上げると、白面が頷いた。
「ええ、言ったわ。楽しませてもらったもの、勿論そのお礼はしてあげるわ。なんでも言って頂戴、何せ私は、世界最強格の女王だもの。私にできないことなんて、何もないわ」
「リ、リシェルを戻してください! 綺麗な姿に戻して、会話だってできるようにしてあげてください! このままじゃ……リシェルがあまりにも可哀想です!」
「それはリシェルのためじゃなくて、貴女のためでしょう?」
「え……」
「そうでしょう? そうじゃなきゃ、そんな言い方にならないもの。お話のできる、綺麗なリシェルが欲しいって、私にはそう聞こえるわよ?」
私は返答に詰まった。
確かにそうなのかもしれないと、思わされてしまった。
白面は、私に顔を向けて楽しげにしている。
遊ばれているのだ。
アリスが銃を構えたまま、一歩前に出た。
「……そうだとして、何がいけないですか? ルーンは元気なリシェルが見たいし、リシェルと昔みたいにお話がしたいのです。でも、そんなのは当たり前のことです。だからといって、リシェルのためでないということにはなりません。誰かのためになりたいだって、突き詰めれば自分の感情のためです。でも、そんな言葉遊びには、何の意味だってない」
「ちょっと意地悪しただけじゃない。フフ、いじらしい娘ね」
白面は、口の位置に手を当てて笑う。
「ボク達が聞いているのは一つです。リシェルを治せるのか、どうかです。お前とくだらない問答なんて、していたくないです」
「ア、アリス……」
私はアリスへ声を掛ける。
白面の機嫌を無意味に損ねるような真似は避けるべきだと思ったのだ。
避けられるならば、対立するべきではない。
「そうね、悪かったわ。勿論……貴女達の勇気と、頑張り、その結果ここまで無事に辿り着いたことに対して、私は最大限に報いるつもりでいるわ。いいわよ、その願いを叶えてあげる」
白面は、あっさりとそう口にした。
「ほ、本当ですか……?」
「ええ、白の魔女の名に誓って、嘘じゃないわ。ここまで、よく頑張ったわね、ルーン、アリス。私は貴女達がここまで来られたことを、心から祝福するわ」
白面が宙に手を翳す。
黄金に輝く、長い杖が現れた。
先端には花を模した装飾がある。
彼女の《次元の杖》らしい。
周囲に数式が浮かび上がった。
私と白面の間に、どさりと何かが落ちてきた。
それは、五人の人間だった。
皆同じ背丈で、一様に綺麗な銀の髪をしていて、そして全く同じ顔つきをしていた。
私がいつだって憧れていた、中性的な勇ましい、リシェルの顔だ。
「え……? え?」
状況を全く理解できなかった。
ぽかんと地面に座っていた彼女達は、その意志の強そうな眼を優しく歪めて私を見上げ、ゆっくりと立ち上がった。
そして疎らに手を叩き、拍手を始める。
段々と拍手は大きくなっていった。
「おめでとう、ルーン。よくここまで来たよ」
「ルーン、もう何も頑張らなくたっていいんだ。これまで大変だったね」
「愛してるよ、ルーン」
「安心してくれルーン、これからは私が守ってあげられる」
「寂しい想いをさせたね。もう離れないよ」
一斉に、ゆらゆらと、リシェルの姿をした者達が近づいてくる。
「良かったわね、ルーン。命懸けの苦しい旅を超えてでも、手に入れたかったものなのでしょう? 私の大事な予備の一部だったけれど、貴女にプレゼントするわ」
「や……い、嫌! 違う! 私、こんなのが欲しかったんじゃない! 本物のリシェルを戻してよ!」
私は寄ってくるリシェル達を《次元の杖》で牽制しながら、白面へとそう伝えた。
「おかしなことを言うわね。彼女達は皆、本物のリシェルなのに。むしろ、本人の持っているべきものを与えられなかった、そこの出来損ないこそが偽物のリシェルなのよ」
「……え?」
「何もわかっていないのね。あのね、ルーン、《次元の杖》の蘇生は、蘇生というよりコピーに近いの。高次元界に残された記録を使って、他者の肉を使って造り出すものだから。実際にはもっと複雑だし、色々な枷もあるんだけれど、私は何せ、国一番の女王だったから。同じ人間を何度も蘇生するくらい、本気で取り組めば、そう難しいことじゃなかったわ」
白面がゆっくりと説明する。
だが、内容なんてほとんど頭に入ってこなかった。
「なんだって、どうでもいいよ! とにかく……違うの! 私は、このリシェルを元に戻してほしいの! そんなのいらない! 意味が分からないよ! 」
私は、隻眼の、肌の灰色のリシェルを抱きしめ、白面へとそう言った。
私は都合のいい言葉を吐く、リシェルの形をした人形が欲しかったわけではない。
私が叫ぶと、白面は不機嫌そうに《次元の杖》の底で床を突いた。
「……あら、そう。じゃあいいわよ」
周囲に数式が浮かび上がる。
床を貫き、巨大な木の根が唐突に現れた。
木の根は暴れて五人のリシェルの身体を突き刺し、地面に押し倒した。
一瞬のことだった。
目の前で、次々にリシェルが惨殺されていく。
私は何をどうしたらいいのかもわからず、その場で呆然と立っていることしかできなかった。
「ガハッ、ル、ルーン……どうして……?」
一人のリシェルが、血を吐きながら私へと腕を伸ばす。
「あ……あ、あ……ち、違うの、リシェル、私、そんなつもりじゃ……」
そのリシェルの背に、別の木の根が突き刺さった。
身体が痙攣し、呆気なくリシェルは絶命した。
しばらく私は、ただ五人のリシェルの死体を見つめていた。
あまりのことに、私は今、自分が悲しいのかどうかさえわからなかった。
自然と涙が零れ落ちてきた。
私は涙で濡れた顔を拭うこともせず、ただゆっくりと顔を上げた。
白面は、不機嫌そうに腕を組んでいた。
「どうして、こんなことを……?」
私は尋ねる。
「このリシェルは偽物で、いらないんでしょう? どうしようと、私の勝手よ」
「どうして、リシェルを殺したの……?」
「あげたもの突っ返されて、はいそうですかって大事に仕舞い込んだら、そんなのこの私が馬鹿みたいじゃない」
白面は、あっけらかんとそう口にした。
まるで本当に、それがなんてことでもないかのように。
「貴女は……狂ってる」
思考より先に、言葉が口を出た。
「何を言っているの? 当たり前じゃないの。一番忙しかった頃なんて、毎日何百人を蘇らせて、その代償に何千人を殺していたのよ。それで狂わない人間なんて、狂ってるわよ」
資源が足りなくなったから、すぐにそんなペースじゃ蘇生できなくなったけれどね、と白面は続ける。




