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終わる世界の夢見人  作者: 猫子


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第二十話 悪意との対峙

 私とアリス、リシェルは、ついに地図のバツ印へと辿り着いた。

 湖からさほど距離が開いていないところに、石の壁で舗装された、地下へと続く大きな階段があった。

 如何にもという場所だった。


 アリスは階段の前で足を止め、下の暗闇を見つめていた。

 私はリシェルの手を引くのとは逆の腕で、アリスの手を握り締めた。


「大丈夫だよ、アリス。私達は、何があっても友達だよ」


 私がそう言うと、アリスは不安げな顔を崩し、小さく笑った。


「……ここまで来てしまったのです。今更何を言っても、ルーンは足を止めてはくれなさそうですね。仕方がないです、ボクも地獄の底まで付き合うです。……でも、ルーン、ここから先、何が起こっても不思議じゃないです。最悪の事態は覚悟しておくです」


「うん、そのつもりだよ。でも、白面と決着をつけなきゃ、私達は死んだままなのと変わらない。私は、そう思うんだ」


 私の元までくれば願いを叶えてやると、白面はそうメッセージで示した。

 だが、どうにも白面は、素直にこちらの要求を聞き入れてくれるような相手だとは思えなかった。


 もしかしたら、殺されるようなこともあるかもしれない。

 だが、ここで逃げれば、きっとまた白面の作る夢の世界に囚われることになるのだ。

 今まで通り、現実の何も見ずに、何も選ばない、苦痛や不都合から目を背け続けるだけの、あの夢の世界で一生を終える。


 それはきっと、死んでいることと変わりない。

 だから例えそれが命懸けであろうとも、私は白面に会い、私の願いを、意地を、通さなければならない。

 リシェルを元に戻させ、欠けた私の記憶を取り戻し、白面の支配から脱する。

 力尽くでも、だ。


「下が見えませんね。ランプを出すです」


 アリスが鞄を開こうとしたとき、階段に光が灯った。

 壁の両側に人間の輪郭を模した悪趣味な彫像があり、組まれた手の上に炎が灯っていた。


「……どうぞ来てくださいって、感じです。下ろす前にやってもらいたかったです」


 アリスがつまらなさそうに鞄を閉じる。

 私は彫像の灯りを睨んだ。

 こんなことを自在にできるなんて、明らかに私とは《次元の杖》使いとしての格が違っていた。


「ルーンも、一応構えておいてくださいです」


 アリスは銃を構えていた。


「う、うん」


 私も背負っていた《次元の杖》を外し、手に構えた。


 長い階段を降りると、大きな空間へと繋がっていた。

 思わず見渡してしまうような、それくらいの広さだった。

 壁には一定間隔で例の彫像が並んでおり、空間の中は明るい。


 それ以外に、何もなかった。

 アリスの口にしていた、白面の女の姿もない。


 しかし、ここではないとは考えられない。

 何せ、バツ印があった位置の付近に、こんなにわざとらしい階段があったのだ。

 あの灯りも、明らかに《次元の杖》によるものだった。


「奥に行ってみよっか」


 あまりに広くて、端にいくだけで少し時間が掛かった。

 天井もかなり高い。

 一体何を思って、こんなところに目的地を指定したのだろうか。


 丁度中央辺りを通り過ぎたところで、背後から唐突に、パチパチ、と拍手の音が聞こえてきた。

 私は素早く振り返った。

 アリスは、振り返りながら銃口を前に突き出していた。


「おめでとう、お二人さん。貴方達がここまで来られるなんて、思ってもみなかった。貴方達の旅路は、とても刺激だったわ。久し振りに心が躍ったもの」


 振り返った先には、白い面を被る女の姿があった。

 白く長い髪は、床につきそうなほどであった。

 その髪と色白の肌に反するように、漆黒のドレスを纏っている。


 白面は、黒の品のいい椅子に座っていた。

 木を磨き上げ、丁寧に何重にも塗料を重ねたもののようだった。

 それでいて、椅子には薄く、木の模様が残っていた。

 灯りの光を受け、独特な黒の輝きを放っていた。


 不気味な女だった。

 だが、顔を隠しているけれど、その肌に、髪に、手の形に、僅かに覗く頬のラインに、私は奇妙な既視感があった。

 思い出せないけれど、間違いなく私の記憶に色濃く残っている相手であった。


「……二人、じゃありません。三人です」


 私の言葉に、白面は首を伸ばして私を見た。

 その後、お腹に手を当てて、肩を揺らして笑った。


「二人、よ。だってそれは、失敗作だもの。人間じゃないわ。作り直すのもコストが馬鹿にならないから、どうせ同じことだと思ってそのままにしておいたけれど」


「……訂正してください」


「フフフ、しないわ。だってソレ、まともに脳みそ作れなかったから、最低限の生命活動と、同じ言葉を発する機能にリソースを全部割いただけの玩具だもの。ああ、おかしい。記憶だとか、思考だとか、感情だとか、一切ないわ。五感だってまともに機能していないくらいよ。よくそんなの、ここまで介護して連れてきたわね」


「訂正してください!」


 私は叫んだ。

 白面は私の言葉を無視して、わざとらしくお腹を押さえて、小さく身体を曲げて、私を挑発するように、押し殺した笑みを上げた。


「……貴方は、何者なのです?」


 アリスは白面に銃を突きつけながら口にする。

 白面はアリスの言葉に顔を上げ、笑いを止めて背筋を伸ばした。


「《次元の杖》によって、夢と現実の境界が、自己と他者との境界が曖昧になったこの世界で、最早名前は大きな意味を持たないわ。敢えて言うなら、私は白の魔女。かつて大国の最高の女王(クイーン)の称号を得て、公式記録で千を超える女王(クイーン)を繰り返し蘇生させ、一人で国の戦力を何倍にもしたと称えられた、自他共認める最強の《次元の杖》使いよ」


 かつてないプレッシャーを感じる。

 私のように戦地に送り出される女王(クイーン)もいれば、こうして優秀な兵士の蘇生や、《次元の杖》絡みの研究を行っていた女王(クイーン)もいる。

 私が白面と関わったことがあるとすれば、きっとそれは蘇生の際だろう。


「もっとも……フフ、私みたいな人間がいたから、終末戦争が過激化して文明が滅んじゃったんだけどね。世界を壊した七大魔女の一人として、私は数えられているわ。なんだか、格好いいでしょう? だから気に入っているのよ、白の魔女って呼び方は」


 規模がいくらなんでも大きすぎる。

 化け物だとは覚悟していたが、ここまでだったなんて。

 まさか、こんなのが相手だとは思わなかった。


 私は《次元の杖》に縋るように、強く握り締めた。


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