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終わる世界の夢見人  作者: 猫子


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第十九話 白仮面の女

 偽者の三人は死んだ。

 しかし、それでも、彼女達の死体は消えなかった。

 もしかしたら、三人を倒せば死体が夢幻のように消えるのではないかと、私は期待していたのだ。

 これはただの幻覚のようなものだと、そう思いたかった。


 私は突き飛ばしたままにしていたリシェルを見つけて連れ歩き、偽者三人の亡骸を調べていた。


「……やっぱり、銃弾は使い切ってるです。予備でも残っていると、助かったですが……散々乱射してくれやがりましたですからね」


 アリスは、偽アリスの銃を調べ、はあ、と溜息を零した。

 彼女達の持ち物は私達と似通っていたが、しかし細部は異なっていた。

 同じ姿をしているだけの、別の人生を送った三人のようにも思えてきた。


「アリスは、どうしてそんなに冷静なの……? さ、三人とも、幻でもなんでもなかった……。もしかしたら、しっかりお話すれば、戦わずに済んだかも……」


「そうかもしれないですし、そうじゃないかもしれないです。でも……あの偽リシェルが剣を抜いた時点で、こうなることは避けられなかったです」


 この三人は、本当になんだったのだろうか。

 ……全く、意味がわからない。


 心を持った人間かどうかも、断言はできない。

 人間の振りをした、何かだったかもしれない。

 相手の姿を真似するような化け物が終末戦争の中で作られていても、今更不思議ではない。


「ボク達は、これまで散々異形の化け物に苦しめられてきたです。一方的に襲ってきた、自分達と同じ外観の何かと対話なんて……そんな温い選択はなかったです」


「……あの三人から見た私達も、そうだったのかな?」


 私は偽リシェルへと目を向ける。

 ずっと、昔の姿のリシェルに会いたかった。

 彼女とまた、話をしたかった。触れたかった。


 まさか、殺し合うことになるなんて思わなかった。


「わからないです。考えても、仕方のないことです」


「……せめてさ、埋めてあげようか」


 私が言うと、アリスは首を振った。


「そんな道具もないです。手で掘るつもりですか?」


「でも……」


「……忘れるです。きっと、ただのまやかしです」


 アリスはそう言い切った。

 自分の言葉を、信じ込もうとしているかのようだった。

 私ではなく、自分自身への言葉だったのかもしれない。


 私が偽リシェルの傍にしゃがみ込んでぼうっとしていると、アリスがリシェルの腕を引いて歩き始めた。


「いつまでも死体を眺めていても、仕方ないです」


「う、うん……」


 アリスは偽者達の死体から離れながら、その途中で何度も彼女達へと目をやっていた。

 当然ではあるが、やはりアリスも気になっているようだ。

 私と、アリスと、そしてリシェルのそっくりさんの死体を、交互に見比べているようだった。


「……有り得ないです、そんなこと」


 アリスが小さく呟く。


「アリス?」


 何か、彼女達の正体に心当たりでもあったのだろうか。

 私は声を掛けたが、アリスは何も言葉を返してはくれなかった。


 私は湖の前で、アリスと並んで座った。


「……知ってるんでしょう? あのメッセージを書いたのは、何者なの?」


 アリスは少し黙って、それからゆっくりと口を開いた。


「ボクも、アレが何者なのか、それは知らないです。白い髪をしていて……顔を、白い仮面で隠した女です。もしかしたら……《次元の杖》の開発者の、ローゼルかもしれないです」


 ローゼルは、私も書庫で目にした名前だ。


「ローゼルなら、さすがに死んでるんじゃ……何歳くらいの人だったの?」


「ボク達より、少し上くらいです。でも、実年齢はわからないです。《次元の杖》は、不老化も、死者の蘇生も可能にするです」


 ……確かにそう考えれば、ローゼルの可能性も充分に出てくるのかもしれない。


「……ボクは気が付いたとき、何の記憶もない状態で、あの白面の前にいたです。ボクの推測ですが、ボク達は戦場で死んで、白面に蘇生されたのです。リシェルは恐らく……蘇生の失敗によってこうなったのです」


 私は息を呑んだ。

 蘇生は高度な技術で、使える《次元の杖》使いはごく僅かだったという。

 慣れた人物でも、失敗することがあってもおかしくはない。

 そこは筋が通っているように思えた。


 だが、まさか、自分達が蘇生を受けていたとは思わなかった。

 蘇生の材料として生きた人間が最低でも十人、《次元の杖》を使い熟せる人間の蘇生には百人以上の犠牲が必要される場合あると、そういう話だった。

 私達は何らかの意図を持って蘇らされて、そのために百人近い犠牲が費やされているなど、私にはとても実感が持てなかった。


「あの女は、ボクにリシェルとルーンの世話を一方的に押し付け、ボク達をあの廃墟に押し込んだです。ルーンに夢を見させ続けること……それが、ボクの使命だったです」


 アリスは淡々と、恐ろしい事実を口にしていく。


「ど、どうして今まで、そんなことを黙っていたの?」


「……破れば命の保証はしないと、白面からそう脅されていたです。全てを投げ出そうとしたこともあったです。ルーンに、全てを打ち明けたこともあったです。でもルーンは……何を聞いたり知ったりしても、翌日にはすっかりと忘れていたです」


「ア、アリス……」


「……その内にボクは、あの狂った生活の中でも、ルーンのために頑張ろうと、そう思えるようになっていたです。これは、ボクの本心からです。誓って言えるです。信じてほしいです」


 アリスはずっと、私が忘れさせられてしまったような長い日々も、全て覚えているのだ。

 あの廃墟の中で、今までずっと同じ言葉を繰り返すだけのリシェルと、私を守っていてくれていた。

 それがどれほど過酷なことであったのか、私には想像もできない。


「……ルーンが夢から逃れても、黙っていたのは悪かったです。でも、ルーンには、あんな女のことは知らずにいてほしかったです。あの日常がどれだけ歪なものなのか、それを知らないでいてほしかったです。だから、旅の途中で自分の意志で諦めて……またあの家に、戻ってほしかったです」


 ぽつぽつ話す内に、アリスの目には涙が溜まっていっていた。


「……どうして、白面はそんなことをさせていたの?」


「……それは、わからないです。ルーンに、何かしらの執着を持っていたようだったのは、間違いないです。ボクが白面に会ったのは、蘇生された時だけです。ずっとあそこの家に閉じ込めていたのに、急にルーンに《次元の杖》を与えた理由も、ああして呼びつけてきた理由も、全くわからないです」


 白面は……私と面識のある、何者かだったのだろうか。

 心当たりのある人物を思い出そうとしたが、誰も浮かばない。

 私の記憶は、アリスとリシェルと暮らしていたあの家以外、何もない。

 断片的に戦争の場面を思い出せて、《次元の杖》の扱い方をなんとなく知っているだけだ。


「アリスが今まで黙っていた理由は……本当に、それだけなの?」


 私はアリスへと顔を近づける。


「えっ……」


 ……アリスがこの旅の中で私に色々なことを隠してきていた理由としては、弱いような気がしたのだ。

 アリスの話は、決して気軽に抱え込める類のものではなかった。

 複雑な感情があったのはわかる。

 それでも私が夢の束縛から解放されたのなら、真っ先に私に話そうと考えるのが普通だと思う。

 そうすることで、アリスの中でも折り合いがついたり、楽になることもあるはずだ。

 黙っていた方が辛かったに決まっている。


 あの日々が白面の女が作ったただの虚構だとして、アリスが彼女に強要されて私達の面倒を見ていたとはいえ、そんなことで私とアリスの友情は変わりはしない。

 作られた日々でも、ただの夢と幻でも、私とアリス、そしてリシェルが体験してきた日々に、感じてきた全てに、何も変わりはないのだから。


 この話を聞いて私がアリスを見る目が変わるだなんて、そんなことはないと、アリスもわかっていたはずだ。

 そのくらいにはアリスも、私を信じていてくれているはずだ。


 だから、話せなかったのには、話したくなかったのには、もっと決定的な理由があるのではないだろうか。

 何か……他にもっと具体的に、私にどうしても教えたくないことがあったのではないかと、そう勘繰ってしまった。


 話したくなかったのは、リシェルは私達があの家に集められた際には既にあの状態だった、ということだろうか?

 それとも、私達を蘇生するために、恐らくは百人以上の人間が犠牲になった、ということだろうか?

 いや、違う。きっと、他にあるのだ。


 アリスは苦しげに唇を噛み、黙ってしまった。

 それは雄弁な肯定でもあった。


 だが、私はそれ以上は追及しなかった。

 アリスの中で、まだ整理がついていないようだったからだ。

 それに、必要なことであると思えば、きっと彼女は話してくれるはずだ。


「……行こう、アリス。白面の女のところに」


「アイツは……頼みごとを素直に聞いてくれるような、そんな生易しい奴じゃないです。ボクも一度話しただけですが、そのことだけはわかるです。姿こそ人間ですが、これまで見てきた何よりも、きっと化け物です」


「……きっと、そうなんだろうと思う。でも、これだけ散々やってくれたんだから、せめて目的を問いたださないと気が済まないよ。わざわざリシェルを廃人として蘇らせて……アリスに辛い役目を押し付けて、私に夢を見せて弄んでたんだ。文句の一つでも言ってやらなきゃ」


 私はパンと、自分の手のひらを握り拳で叩いた。


「すぐそこなんでしょ? 行きましょう。力づくでもリシェルを元に戻させて、私達を白面の監視から解放してもらう」


 私は空を睨んだ。

 きっと今も、白面の女は《空の瞳》で私達を観察しているのだ。


「……私達は、貴方の玩具じゃない。今からそっちに行くから、白面」

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