第十二話 秘密の書庫
「ボクが行きます。ルーンは、背後で《次元の杖》を構えてるです」
「う、うん……」
アリスが先に、隠し扉の先に入ることになった。
アリスはぐいぐいと壁を押し、扉の隙間を大きくしていく。
「私はちょっとズラすのが限界だったのに、アリスって結構力が強いね……」
「それなりに重いですから、これ」
アリスが手にした銃を軽く指で叩く。
隠し扉の先は、地下へと続く階段となっていた。
いよいよキナ臭くなっていた。
アリスはこの館で見つけたランプを前に掲げ、階段を降りる。
私もそれに続いて、慎重に階段を降りて行った。
階段を下りた先は、大部屋になっているようだった。
だが、ここも灯りがないので遠くまでは見えない。
入った瞬間、つぅんと、腐った肉と、髪の焦げるような匂いがした。
匂いを嗅いだ瞬間……ここは危険だと、私の本能がそう教えてくれていた。
自然、足取りは慎重になっていた。
暗闇の一寸先に、あの巨大芋虫や化け兎のような化け物がいるかもしれないのだ。
「ここでワッ! ってやられたら凄い怖いよね」
私はちょっとだけ声を大きくしてそう言った。
「ひゃあぁっ!」
アリスが彼女らしくない、大きな悲鳴を上げた。
ランプを投げそうになったので、私は大慌てで腕を伸ばしてアリスを支えた。
「だ、大丈夫……?」
「…………」
アリスはジトッとした目で、唇を噛みながら私を睨んでいた。
気まずい沈黙が訪れた。
「今の悲鳴、ちょっと可愛かったかも、なんて……」
私は額に、アリスの裏拳を受けることになった。
「痛いっ!」
「何考えてるんです! 次やったら、こっちで撃つです!」
「ご、ごめん……本当にごめん、緊張解してあげたくて……。そこまで驚くなんて、思ってなかったから……」
私は額を摩りながら、アリスへとそう弁解した。
結構本気で怒っていた。私も、本当に馬鹿なことをしたと思う。
何か、大きな家具のようなものが前方にあった。
アリスが腕を伸ばす。
本棚だ。本棚が、一列に並んでいる。
壁の方も、かなり暗いので見え難いが、どうやら一面に本棚が並んでいるらしかった。
「ここは、書庫かもしれないです」
「……だったら、この世界について、何か書いてあるものが見つかるかも……!」
私はアリスと一緒に本棚を漁った。
少し心配していたが、文字はしっかりと読めた。
……私はどうやってこの文字を学んだのか、その記憶は持っていなかったけれども。
本を束ねて椅子を作り、その上に座って参考になりそうなものを捜した。
ランプも本束の上に置き、ちょうどいい高さにして、私もアリスも、二人とも本を見られるように調整した。
本漁りを一時間ほど続けていた。
「……ルーン、これを」
私はアリスに声を掛けられ、彼女から読んでいた本を受け取った。
「こ、これって……」
表題は字が滲んでいて読めなかったけれど、どうやらそれは《次元の杖》について記されたものであるようだった。
◆
科学者ローゼルは《次元の杖》を用いて、高次元の法則をこの世界に持ち込むことに成功した。
彼の研究は、理論が証明された当時より、瞬間移動や不老不死、死者の蘇生などを将来的に可能にするといわれていた。
それらは従来の科学から一線を引いた技術として、魔法と称された。
急速に発達した、明白に人理を侵した魔法の存在は、世界を大混乱に陥らせた。
超技術による競争、従来とは比べ物にならない被害を簡単に生み出せる兵器。
どこの国もが、陰で死者の蘇生の研究を進めていた。
《次元の杖》の存在が従来の宗教観を大きく狂わせたことが決定打となり、世界を終末戦争へと導くことになった。
《次元の杖》の制御には素養が重要であった。
そのため、終末戦争末期においては、優秀な兵士の蘇生が頻繁に行われていたとされる。
◆
本の内容をざっくりと纏めれば、そんなことが記されていた。
私は頭に手を当てる。
……この世界について、《次元の杖》について調べれば調べるほど、脳の中で急速に大量の文字列や数式が蠢き始めてきて、頭が痛くなってくるのだ。
私が忘れたことを、まるで思い出そうとしているかのようだった。
私が目を閉じると、不意に、瞼の裏で、大量の戦場らしき場面や、数式が、高速で駆け巡った。
「うぷっ……」
私は口許を押さえる。
「ルーン? しっかりするです! 気分が悪いなら……」
「大丈夫、私は、大丈夫だから……」
吐き気を堪える。
アリスは、じっと心配そうに私を見つめていた。
「この終末戦争で、世界は滅んじゃったのかな……?」
「わからないです。でも、これが本当なら、そうなのかもしれないです……」
……わかってきたことがある。
あのメッセージを書いた人間は、私なんかよりもずっと《次元の杖》に精通しているのだ。
私達の日常を巧妙に作っていたあの夢幻は、《次元の杖》によるものだったに違いない。
私達は、その本があった棚を集中的に調べることにした。
意味が分からないと思っていた本も、他の本の情報と擦り合わせれば、なんとなく補完できていた。
本の中には、異形の化け物についても書かれているものがあった。
どうやら《次元の杖》で生物兵器として造り出した、化け物のようであった。
本によれば、《次元の杖》で造り出した化け物は、獣だけに限らなかったようだ。
倫理も道理もなくなった戦争末期においては、兵士を改造したりなんかもしていたらしい。
終末戦争において、《次元の杖》に適性のある人間は貴重な戦力として、随分と重宝されていたようだ。
盤上遊戯になぞらえ、貴重な駒という意味で女王と呼ばれていたそうだ。
そして多少素養がある人間は、身体に《次元の杖》を埋め込むことで身体能力を引き上げて騎士としていた。
全く適正のないものは、《次元の杖》で身体を弄ってとにかく頑強にし、既存兵器で重装備をさせて歩兵としていた。
大量の人間を材料に、司教と呼ばれる、人格のない兵を作ることもあったようだ。
女王に劣るが魔法を操れ、騎士に近い身体能力を持つ。
女王を蘇生した方が基本的には効率がいいが、余裕がない末期では、戦争孤児や捕虜を有効活用する手段としてよく造り出されたようだ。
……読んでいて、気分が悪くなるものばかりだった。
頭の中で、ぐるぐると様々な光景が巡っていく。
『……慣れたです。そのためのボクです。歩兵は、使い捨ての兵士ですから』
包帯だらけの姿で銃を担ぐ、アリスの姿が脳裏に浮かんだ。
「どうしたです、ルーン。凄い汗です。一度、上に戻った方が……」
アリスが私の背を擦る。
私はアリスの顔を覗き見る。
……私は、アリスとリシェルと、戦地で一緒だったのだろうか。
だとしたら、リシェルがあんなにボロボロな姿なのにも納得がいくかもしれない。
戦争で負った怪我が元で、ああなったのだ。
「アリス……ごめん」
私はアリスの髪を分けたり、腕を握ったり、服を捲って身体を確認したりした。
アリスが本で、私の顔を殴った。
「ななな、何しやがるです! 本当にぶっ殺すですよ!」
「謝ってからやったのに……」
「謝ったら許されると思ったのですか!」
私は顔を擦りながら、考え込んでいた。
これまでの旅路でそれなりに化け物と対峙してきたので、アリスの身体には大小様々な傷があった。
……でも、知らない怪我や、目立った古傷がなかった。
私にしてもそうだ。
戦場に立っていたならば、何かしら怪我がないとおかしいはずだ。
少なくとも、アリスは歩兵として戦地に立っていた。
何度も瀕死の重傷を負っていたはずなのだ。
私は頭を抱える。
本当に……何が何なのか、わからなくなってきてしまった。
知れば知るほど、私達が何者であるのか、むしろ見えなくなってきてしまう。




