表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終わる世界の夢見人  作者: 猫子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/27

第十一話 不穏な館

 巨大芋虫を討伐し、一週間が経過していた。


「ギジャッ、ギジャッ、ギジャッ」


 私は、かつて私の指を喰い破った、化け兎と対峙していた。

 大柄の兎の身体に、関節の二つある長い六つの脚。

 顔いっぱいに広がった、十字に裂けた巨大な口。


 私は《次元の杖》を掲げ、鏡に覆われた小鳥を生み出した。


「来ないでよっ!」


 小鳥は化け兎へと向かう。

 だが、化け兎は素早く私に跳び、小鳥を避ける。

 遅れて破裂した小鳥が、地面を球形に削り取っていた。


「うっ、うう……!」


 これまでも練習してきたが、鏡色の小鳥は同時に一羽しか出せなかった。

 それに……知恵熱で凄く頭が痛くなって、あまり連続で使えるわけでもなさそうだった。

 連続で使えば使うほどに精度が落ちていく。

 とてもではないが、夢で私が使っていたように、十羽並行して展開することはできなさそうであった。


 ……それに、一番致命的な弱点として、小鳥はさほど速くなかった。


 横から飛来した弾丸が、化け兎の顔面を打ち抜いた。

 顔を貫通する。化け兎の顔が爆ぜ、身体が地面に叩きつけられる。


 だが、化け兎は素早く起き上がった。

 肉が蠢き、怪我が急速に再生していく。

 アリスは化け兎の近くに降り立ち、再生しかかっている頭部へ目掛け、銃口を二度振り下ろした。

 再び化け兎が地面に倒れる。


「ルーン! 早く! こんな奴に、何発も銃弾を使ってられないです!」


「わかってる!」


 私は追加で、鏡色の小鳥を放った。

 アリスが素早くその場から離れる。

 小鳥はもがく化け兎の傍に降り立った。

 化け兎もアリスに遅れて逃げようとしたが、小鳥が破裂する方が早かった。

 地面と化け兎が抉られる。

 化け兎の、頭と手足が辺りに飛び散った。


 銃弾だけであの化け兎を仕留めることはできない。

 銃弾では最低でも四発以上必要なことは、私が《次元の杖》を手にした日にアリスが証明したことだった。

 だからこうして頑丈な生き物は、アリスが足止めして、その間に私が《次元の杖》で始末するのがある種のパターンとなっていた。


 アリスが安堵の息を吐く。


「その……《次元の杖》でしたか、確かに凄いですが、遅いのが難点ですね」


 アリスが化け兎の残骸へと銃を向けた。


「例えば人間同士の戦いになったら、絶対銃の方が有利です」


「あははは……そ、そんなの、考えなくていいんじゃないかな」


 私は木の陰に隠れさせていた、リシェルを呼びに行く。


「リシェル! 終わったよ」


「ルーン、ンン、アリス、おかえり……」


「うん、ただいま」


 私はリシェルの頭を撫で、彼女の手を引いた。

 アリスが私の様子を、目を細めて睨んでいた。


「……ソレがいなければ、あの化け物と戦わなくてもよかったかもしれないです。銃弾も、もう残り二十発だけです」


「……リシェルのことは、何も言わないでいてくれるってことになったじゃない」


「そう、ですね」


 アリスは溜息を洩らし、先へと歩き始めた。

 私は彼女の背に、小さく頭を下げて謝った。


「例の建物とやらに、武器でもあるといいですが……」


 そう、私達は未だに、旅の中継ポイントであった謎の建物を見つけられないでいた。

 地図がアバウト過ぎて距離感が掴めないのが難点だった。

 本当にこんなに距離があるのだろうか?

 もしかしたら、もうとっくに通り過ぎてしまっていたのかもしれない。


 だとしたら、想定より少し方角がズレているのかもしれない。

 少し戻った方がいいのだろうか。

 本当に建物があるなら、他の人間や、何かしらの情報だってあるはずだ。

 私達は、あまりに世界と私達について、無知だった。


 化け兎を倒してから数刻が経った頃、あっさりとそれは見つかった。

 石造りの巨大な館だった。

 屋根なんて尖がっていて、まるでお伽噺に出てくるお城のようでもある。


 窓や扉は壊れているし、壁にも大きな染みや崩れた部分がある。

 まともに使われなくなって随分と長いのだろう。


「……ようやく、つきましたですね。絵がヘタクソすぎて、これが目的の建物かどうか怪しいですが」


「そ、そんなにヘタかな、それ……?」


 私はアリスの見ている地図を覗く。

 簡略化された建物が、森の中に立っている。


「ヘタクソで不気味です。子供か、ルーンが描いたみたいです」


「そこに私を並べるのはおかしくない!?」


 言いながら、確かにちょっと幼げな絵だな、とは思う。

 壁に血で書かれていたメッセージも、今思えばあまり綺麗な字体ではなかった。

 私達を招いているのは、案外子供なのかもしれない。

 超常的な力を持っていることから、勝手に大人をイメージしてしまっていた。


「……怪しくはありますが、入ってみるです? 避けて通るのも、選択肢ではあると思うのです」


「たまには、室内で寝たいかも……」


 私は頭を掻きながら話す。

 アリスが私を窘めるように目を細める。


「ルーン……」


「っていうのは冗談で! ……この世界と、私のこと、知りたいの」


 室内で眠りたい気持ちも、ちょっとはあるけれど……と、私はそう付け加える。


「……そう、ですね。では、行きましょうか」


「やった!」


 化け物を気にしなくても眠ることができるのは久々だった。

 ……地図のペースから見て、またここを出発すれば、一週間は森続きだ。

 ここでしっかりと休養を取っておかなければならない。


「おーじゃまーしまーっす!」


 中に入ってから、私は大声で人を呼んでみた。

 だが、何の反応もない。


 ……期待外れだったかもしれない。

 いや、ここの建物は大きい。

 もしかしたら、隅っこの方には、誰かいたとしてもおかしくない……はず……。


「化け物を呼ぶかもしれませんよ。室内ですが、化け物が入り込んでいないとは限らないです」


「そっ、それは、嫌かも……」


 応えながら、ふと私は考える。

 これまで私達は、あの廃墟で暮らしていたが、全く他の人間と出会わなかった。

 ここ一週間の旅路でもそれは同じだ。


 この辺りが、人間が少ない場所なのか?

 ……いや、そんなはずがない。

 明らかに人間の白骨らしきものを、ここまでの道のりで私達は何度も目にしてきた。

 それに、あの一目見て明らかに異形と分かる、化け物達……。


 夢で見た、戦場の光景が頭を過ぎる。

 やっぱりあれは本当にあったことで……あの戦争で、この世界は滅んでしまったのだろうか。


「でも、だったら私達はどうして……」


 いくら考えても、納得のいく答えは得られない。


 私はリシェルを連れ、アリスと共に警戒しながら廊下を歩き、部屋を漁った。

 だが、大したものは見つからないでいた。

 食料品はとっくに腐っている様子であったし、何か情報を得られそうなものもない。


「人間どころか、ここまで何もないなんて」


「少し休んで……出発するですか。それとも、ここで暮らすですか? 元の廃墟より、多少はマシかもしれないです」


 アリスは冗談めかしていた。

 でも、その目は真剣だった。


 ……アリスはやっぱり、森の先にいる誰かさんに会うことより、こんな世界でも、どうにか平穏に生きることを望んでいるのだ。

 

「……でも、私は、諦めたくないよ」


 何も知らないまま、わけがわからないまま、リシェルもこのままに全てを忘れて生きるなんて……私には、できそうにない。


「わかってるですよ」


 アリスは淡々とそう言った。


 探索を続けていると、廊下の壁に、埃の線のようなものが見えた。

 私は気になって、その壁を押してみた。

 少しだけ、廊下の壁がズレた。


「隠し、扉……?」


 どうやら長い年月の間に、隠し扉に綻びが生じ、埃が溜まっていたらしい。

 ……この先に、何か私達が探している真実の答えが、あるかもしれない。


 私はアリスを振り返り、目で合図をした。


「……リシェルは、ここから離れた部屋に置いていくです。どうせ、この館内ならそう危険ではないです」


「うん……」


 私は頷いた。

 隠し扉の先の探索に連れて行くより、そっちの方がリシェルにとってもずっと安全なはずだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

同作者の他小説、及びコミカライズ作品もよろしくお願いいたします!
コミカライズは各WEB漫画配信サイトにて、最初の数話と最新話は無料公開されております!
i203225

i203225

i203225

i203225

i203225
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ