閑話 天上の会話
アーサー・セルウィンこと秋葉 豊が、天界経由で異世界に転生してから、およそ8年。
その推移を見守っていた天上の神々は、久方ぶりにその経過を見るために顔を合わせていた。
いや、神々にしてみれば8年などとと言う年月は、刹那にも近い時間なのかもしれないが。
「お久しぶりです、先輩」
「あーお疲れさま。それでどう?彼は順調?」
そう言って雲をつかんで椅子をこしらえ、ゆっくりと座ったジーンズのロン毛が切り出す。
どうやら今日はモザイクはかかっていないようだが、風貌の描写は控えた方が良いのかもしれない。
「はい、彼はいい具合に因果律を乱してくれて、この調子で行けば課題の到達点は、楽々突破できると思います!」
そう言って微笑んだ女神も、雲を引き伸ばして。ロン毛と対面した席に座った。
秋葉と対面した時の気合の入った衣装とは違い、こちらもジーンズにTシャツというラフな格好だ。
神々の制服はもしやジーンズにTシャツなのかと、傍から見れば疑いたくなるが、本人達は一向に気にする様子はない。
「うん、作用因と質料因が劇的に変化したからね。天災で世界をかき回しても、結局は表層的に形相因を変質させるだけだからね」
「そうですね。でも私も因果律を変化させようと、特異点を色々と作ったのですが、どうにも上手く行かなかったんですよ」
そう言って落ち込んだ女神は、『はぁ……』と大きなため息を吐き肩を落とした。
それを見たロン毛が、少し苦笑しながらゴブレットに注いだぶどう酒を勧めながら、女神の世界を覗きこむ。
「あ~っ、これだと特異点が強すぎて、修正力が出るんだよ」
ログを見ていたロン毛が、ぶどう酒片手に後輩の失敗を指摘する。
「え~っ、でもでも教本通りに対立軸やバランスを細かく調整したんですよ!」
ぶどう酒で少し赤い顔をしながら、弁明するようにそう答える女神に、ロン毛が優しく諭す。
「いや、どちらも特異点としては影響が『強すぎた』んだ。
だから、行き場を失った作用が特異点に集中して、『修正』されちゃったんだよ」
そう言ってログの中から、過去に女神が『特異点』として世界に現出させた『魔王』や『勇者』を表示する。
「ほら、世界の平均と比べて、明らかに突出しちゃってるから、揺り戻しが大きいんだ。
やるなら数を出して、個の特異率を薄めるとか何らかの対策をしないとね」
ロン毛としては優しく言ったつもりだったが、すでに女神は涙目でゴブレットを持つ手がプルプルと震えている。
そしてうーっと唸りながら、ぶどう酒を飲み干した。
「うぅ~っ、これでも頑張ったんです!バランス調整では、何日も徹夜したんですよ!?
……なのに結果が出なくて!」
そう言って本格的に泣き出しそうな雰囲気の女神に、ロン毛が慌てて話題を変えた。
「いや~っ、でも君のところから送ってもらった魂、ホント助かってるよ!」
ゴブレットにぶどう酒のおかわりを注ぎながら、努めて明るくロン毛が切り出した。
「いやいや、ウチの世界も物理と科学に特化しちゃってるから、魔術的な要素を送ってもらってホント助かったわ!」
無理やりゴブレットを合わせて乾杯の仕草をとり、そういったロン毛にようやく女神が表情を和らげた。
「いえいえ、あれくらいの魂の数で、特大の特異点を送って頂けたんですから、こちらとしては大助かりです」
「うん。僕が地上に顕在した前後は、いくらか使える人間がいたんだけど、ねぇ……」
「どうして、衰退してしまったんでしょうか?」
「僕が特異点として、ちょっと時代を先取りした人を出したからかなぁ?
モーゼ君とか、けっこういい線行ってたんだけど……」
歴史家や哲学者が聞いたら卒倒しかねない話をしながら、ロン毛も少し笑ってぶどう酒を煽った。
「でもデータがあれば、魔法文化やそれに対応した人を生み出すのは、簡単じゃないですか?」
「いや、それがねぇ……
同居人の出身地あたりで、一度文明を発展させたんだけど、勝手に核戦争始めたり、ヤバい方向に進みそうだったから、リセットしたんだよ。
その時に新しくデータ作ったら、間違って上書きしちゃってさぁ……」
……この会話を聞いたら信徒激減どころか、全世界で暴動が起きかねない発言をしているロン毛が、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「それでこのまま物理方向に突っ走ると、そのうち限界点が来て文明崩壊しちゃいそうだったからね。
ここいらで、ウチの世界も特異点を突っ込みたいなって、思ってたんだよ」
「それなら、もっと強力な魔力の持ち主を、お送りしても良かったんですよ?」
「いや、だからそれだと反作用が出ちゃうからね。
同時多発的に指先から炎や水を出せる人間が出現したら、調べこそするだろうけどその特異性は薄められるからね。
そうすれば、反作用も同じように薄くできるんだ」
「ああ、なるほど。文化の成熟度も関係してくるんですね」
ロン毛から見せられたデータを見ながら、フムフムと頷きつつ女神が答えた。
「あれ?でもそれなら、どうして私の世界に送った秋葉さんは、『個』 なんですか?」
「良い質問だね。それはさっき君が言った文明の成熟にも関係してくるんだけど、親和性だね」
「親和性……ですか?」
「うん、たとえ話だけど、物理に明るい魂を、トレードしてもらった数と同数、そっちに送り込んだ場合、どうなると思う?」
「あ~、たぶん異端と思われて、主流にはなれない気がします」
「そうだね、それに出生率と成人までの生存率を考えれば、良くて半数しか残らないだろうね。
そうすると多少の痕跡は残すかもしれないけど、魔法に圧迫されてやがて消えてしまうだろう」
そう言ったロン毛が、ニコリと笑い雲を微調整して、器用に背もたれを作り出す。
そして、ゆっくりと背もたれに体重をかけ、ふんぞり返ってドヤ顔をこしらえた。
女神は、そんなロン毛の様子に乾いた笑いを浮かべてしまうが、「キモい」という単語を飲み込んで質問を続けた。
「でもさっき先輩、私の出した特異点が強すぎたって言ってましたけど、彼は大丈夫なんですか?」
「うん、現出場所の条件もいいし設定的にはゼロスタートだから、ある程度は常識の範囲に収まると思うよ。
それに相対する特異点がないから、注目や期待も局所的になるだろうね」
「なるほど、勉強になります!」
再びのドヤ顔をスルーしつつ、女神が先輩を持ち上げる。
気づいているのか、いないのか。鼻をふくらませたロン毛が、何気なく開いたままのログに目を向けた。
「……あれ?」
「えっ、どうかしましたか?」
女神は突然真顔になったロン毛を見て、不安に思い尋ねますが、問いかけられた本人は真剣にログを追っていた。
そして、気まずい数瞬の沈黙の後、ロン毛はゆっくりと該当箇所のログを女神に示す。
「えっと、秋葉くんを転生させる時に、ちゃんと魂のクリーニングした?」
「えっ?」
そして女神は、昨日の晩ご飯を思い出すようにその時の状況を思い出し、小さく舌を出した。
「……テヘッ!忘れちゃいました!」
「さて、立川へ帰ろうかな!」
あまり可愛げのない後輩のテヘペロを見たロン毛は、即座に立ち上がり戻る支度を始めた。
「いやーーーーーっ! 先輩、みすてないでーっ!!」
ズルズルと女神を引きずって、ロン毛は雲の合間に進んでいく。
「いや、遅くなると同居人が心配するからね……」
次元の違う空のどこかに、悲痛な女神の叫びが響く。
その日の晩は、秋庭 豊ことアーサーの住まう世界に、シトシトと涙雨が降ったとか、降らないとか……
書いてて、バチが当たりそうに思えてきた。
更新が途絶えたら、雷にでも打たれたと思って下さい。
ちなみに因果律等々については、素人なので深く突っ込まないで!(懇願




