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93.両陛下の夫婦漫才


はい、昨夜はミレイア様がドナドナされましたが、今夜は俺がドナドナされています。

今から食事の味が分かるかどうか、ちょっと心配なアーサー君です。


何やかんやとバタバタ支度をしまして、夕刻に案内の人が訪れて城の奥深くへと案内されました。

今回は前回とは違い、大きな食堂ではなく後宮へと案内され、内心ビビりまくりです。


「後宮の中というのは、王族の方々以外は立ち入ってはいけないのでは?」


俺は全力で帰りたいという気持ちを、極力顔に出さないようにしながらも、そう尋ねます。

後宮の入口からバトンタッチして、俺を案内してくれている給仕長は少し微笑みながら俺の質問に答えてくれました。


「それは後宮の一部、王族の私室などはごく限られた者しか入れませんが、それ以外は許可があれば問題ありません」


そう言って通されたのは小さな一室で、まるで隠れ家的なレストラン風の部屋でした。

給仕長の話しによれば、この場所は普段から王族の方が、普段の食事を取る場所だそうです。


そこに案内されると4人がけの、城で使うには小さい部類に入るテーブルが設置されておりました。

先日通された会食場よりも、温かみのある照明が設置されており、何かホッとする雰囲気です。



椅子を引いてもらい席に座って待っていると、カチャリと小さな音がしてドアが開き、王様が入ってきます。

せっかく座ったところでしたが、流石に王様相手にして、座ったままで迎えるのはマズイと思い、サッと立って入口の方を向きます。


「よい、あれだけの負傷をした直後であろう。無理せずとも構わん」


「そうよ、かなりの怪我だったと聞いているから、ムリしないでいいのよ」


王様に続いて入ってきた王妃様も、そう言ってくれますが、根っからの小市民ですので、無理っす!


「傷はすでに癒えて疲れも抜けていますので、問題ありません」



そう言うと、少し驚いた風の2人は、俺の立ち姿を上から下まで眺めてから、席につきます。

謹慎中ですからね。当然ミレイア様の姿はありません。


着席した2人にから座るように促され、俺もようやく席につき、会食が始まりました。



「まずは礼を言おう。ミレイアの我儘に付き合い、そして窮地を救ってくれたこと、一人の親として感謝する」


「いえ、そんな恐れ多い……」


俺が恐縮しながらそう言うと、王妃様が微笑んで首を横に振りました。


「ここは、私達の私的な場よ。かしこまる必要も恐縮も不要よ。

もし良かったら、友人の父母に接するように話してちょうだい」


いやいや、それは無理ってもんですよ。



「そうだぞ。それに前回の会食の時は、疑いの気持ちが強かった。

だが、実際にこの目で見れば、納得せざるを得ない。


あの強さと機転、そして知恵。どれをとってもミレイアと同い年とは到底思えん」



王様がそこまで話した所で、食前酒が運ばれてきました。

2人にはワイン、俺には驚いたことにジュースが出されました。


しかも、俺のジュースには氷が浮かべられていますね。


「ふふっ、驚いたか?ピエールが最近出してくれたものだ」


先日の会食で出したデザートに、果汁を使ったのを見て考えたらしいです。

うん、いわゆるミックスジュースですな。


酸味と甘味のバランスが、とてもいい感じです。


食前酒を置いていった給仕さんが出たタイミングで、再び王様が口を開きます。


「それで実際にこの目で見て、神託の勇者については置いておくとしても、稀有の人材であると確信したのだ。

それこそ、ミレイアを嫁がせてもいいと、思うぐらいにはな」


そう言ってニヤリと笑った王様の言葉に、俺は危うくジュースを吹く所でした。


「当人同士、まんざらでもないみたいですしね」


そしてニコニコ顔した王妃様の、この追い打ちですよ……


王妃様の言葉を聞いた王様は、フッと薄く笑って再び口を開きます。


「それから、すでに聞き及んでいるとは思うが、儂の一存でそなたの功績を発表させてもらった。

これについて、少し説明せねばとも思って、今夜食事に招いたのだ」


「難しい話は、食事をしてからにしましょう」


そう言って王妃様が視線を送ると、給仕長が前菜を持って進み出ます。


今日の前菜は、じっくりとローストされた鶏肉とサラダですね。

サラダは葉野菜を中心にして、赤いトマトが良い色味でアクセントになっています。


同時に香辛料をまぶして、カリカリになるまで焼かれた鶏肉が、サイコロ状に切られ盛りつけられています。

ソースは、香草を合わせた緑色のマヨネーズ系のソースで、ほどよい酸味が野菜と鶏肉にマッチしていますね。


口に含めば最初に香辛料の香りと刺激が口に広がり、噛みしめれば鶏肉からは旨味が溢れてきます。

野菜と鶏肉の味が相性がよく、ソースが味をまとめてくれます。


「今日の料理は、普段私達が食べているものなのよ。

あなたのレシピのお陰で、味も見た目もこれまで以上に良くなったわ」


そう言いながら小声で「美味しくて食べ過ぎちゃうのが難点ね」などと、笑いかけてくれます。

これは、低カロリーなレシピの需要もありそうですね。


「何を言うか、そなたの美しさは、昔と露ほども変わらんぞ?」


なんて王様が王妃様に笑いかけ、場の空気が少し和らぎます。


「この料理もそなたの功績であるが、先日の晩餐で出た料理がひどく好評でな。

誰がこの料理を考えたのだと、半ば騒然となったのだ。


そのままだと、騒ぎになりそうだったので、やむなく発表する事にしたのだ」


そう言って少し苦笑した王様は、その時の騒ぎを教えてくれました。

詳細は省きますが、料理が出てくるたびに給仕を問い詰めたり、中には調理場へ入ろうとした貴族まで出たそうです。


俺は背中を冷たくしながら、その話を聞き相槌を打ちます。

もう借りてきた猫状態ですよ。にゃー


次に出てきたのはスープで、ほうれん草とじゃがいものスープですね。

冷製仕立て出だされたスープは翡翠色のきれいな色味で、食欲をそそります。


ブイヨンで煮込んだじゃがいもとほうれん草を、丁寧に裏ごししてミルクと合わせた一品ですね。

想像以上に手間がかかっているんですよね。


スープを味わいながら王様が目を細めました。


「それで、レシピが城にもたらされた経緯を話すことになれば、必然的にそなたにも触れることになる。

このまま放置すれば、そなたを取り込もうとする争奪戦が、表裏内外を問わず始まってしまう。


それで釘を刺す意味でも、王家とそなた。そしてセルウィン領が王家と昵懇であることを、暗に示さなければならん。

あまり聞こえのいい話ではないが、こうして食事の席を設けたのも、そうした意味もあるのだ」


そう言いながらも王様の表情は柔和で、表情と言葉が一致していません。


「まあ、貴方ったらあの決闘の話を詳しく聞かなければって、興味津々だったのでは?」


っと思ったら、王妃様が早速ネタバレですよ。

なんでしょう、この2人夫婦漫才ですか?



「なっ!フレイアよ、ここでそれをバラすか……」



そこからは開示できる情報を小出しにしながら、決闘の様子を話し王様はそれを興味津々と言った感じで聞き入っています。

俺としては話せない部分がけっこうあるので、話の整合性を取るのに苦労しましたよ。



そうこうしているうちに、本日のメインである魚料理が運ばれてきます。

サーモンの香草焼きですね。


ピエールさんの努力で、キッチリとバターを確保できるようになったので、ムニエルもいい感じに仕上がりますね。

バターさまさまです。


薄く叩かれた小麦粉の表皮は、香草から出た香りとバターのを十分にまとって、カリカリとした食感です。

それでいて内部はしっとりと柔らかく、口に入れるとほぐれるような優しい味わいが広がります。



上品な料理を味わいながら、血生臭さ会話はあまり適さないと思ったのか、王妃様が話題を切り替えてきました。


「ところで、昨日はミレイアがお邪魔したみたいだけど、どこまで《・・・・》仲良くなったのかしら?」


俺は口に運んでいたパンを危うく吹き出しそうになり、ジュースで慌てて飲み下しました。


「いや、少し話をして、今後の修行についての課題を教えただけですよ!」


いやん、チラリと横を見れば王様の表情がすぅ~っと真面目になり、それに比例するように俺の息子もスーッと縮んでいきます。


あっ、すみません。食事中でした……


「その話だがな、ミレイアを降嫁するには、幾つか越えなければならぬハードルがあるぞ?

それがお主にできるかどうかは、今後の働き次第だな」


そう言った王様の目は、紛れも無く施政者のそれでしたね。



王妃様、どんな爆弾落としてくれるのよ……


「まず、絶対的に家柄が不足している。今後もチェスター卿を助けて領を発展させよ。

それと同時にお主個人としても、何らかの武勲ないし功績を立てて証を立てるのだ」



って、王様結婚前提でお話ですか?ちょっと気が早い気もするんですが?


俺が戸惑っているのを見て、王様が苦笑しながら再び口を開きました。


「考えてもみよ、辺境伯家はミレイアを迎える機を逸した。

それに、今回の一件でミレイアのそなたへの想いは、広く知れ渡ってしまったのだぞ?

対面を気にする貴族達が、王族の血が欲しいが故に露骨な横槍を入れれば、笑いものになるのが精々よ。


……それにな。私とて人の親だ」


そう言って薄く笑みを浮かべますが、王様……目が笑ってませんよ。


「ミレイアが引き起こしたとはいえ、評判が傷物になったのだ。責任をとってもらわねばな」


「もう、貴方ったらアーサー君が怯えているじゃないの!」


あっ、王妃様が少し慌て気味にフォローに入ってくれます。

少しきつく王様の方に視線を向けまして、ゆっくりと事情を説明してくれました。


ちょっと不機嫌そうに王様はメインの魚をつついています。


「あのね?あの人は貴方とミレイアを婚約させようと、あれこれ動いたのよ。

でも慣例や伝統が邪魔になって、今の段階では不可能だと言われたの。


宰相と色々話したんだけど、どうしても難しいって事が残念ながら判ったの」



王妃様のフォローによれば、王国において降嫁した歴史は何度もあるようですが、子爵家へのそれは前例がないこと。

ならば、ミレイア様を救った功績を持って叙勲と爵位の授与はと言われれば、それも難しい。


長い歴史という重石が邪魔をしていると、説明してくれます。


……って、王様。いじけたままです。


食後のアイスが運ばれてきましたが、もう食欲どころの話じゃないです。



うーん、俺の初恋(?)って、とんでもなく高いハードルが存在しているみたいですね。

ちょっと味のしないアイスを食べながら、俺は先の見えない将来設計について、あれこれと思いを巡らせていました。




あっ、王様がアイスを食べたら復活したみたいです。……甘党なんでしょうか?



仕事につき、土日の更新はお休みします。

順調に行けば週明けから再開します(たぶん)

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