91.月夜の演武
人のふり見て我がふり直せ。明日は我が身ですね。
父様と母様の青春時代について、こんな形で知ることになって、ちょっと驚いたアーサー君です。
ウードが何を考えて、あんな凶行に及んだのかも、おぼろげには想像できそうですが、やめておきましょう。
本心は本人と一緒に、墓の下で静かに眠らせておくのがいいでしょう。
やはり、まだ疲れが抜けきってないのか、そんなことを考えながら、俺の意識はゆるやかにまどろみの中に落ちていきました。
眼を覚ましたのは、かすかな違和感からでした。
前世での癖ですね。キャンプと称した山ごもりで、僅かな物音にも目が覚めるようになってしまいました。
そりゃ、目覚めたら目の前でクマさんが、ゴソゴソ食料を漁ってる環境で何日も過ごせば、嫌でも身につきます。
細く部屋の扉が開き、誰かが侵入してきたのがわかります。
俺は肌掛けの下で、こっそりと空間魔法を発動させて、いつでも木刀を取り出せる準備をしました。
月夜の晩で、風が部屋の中に吹き込みカーテンが僅かに揺れました。
そして月光に照らし出されたその顔を見て、俺は半分驚いて半分納得してしまいした。
うん、予想通りというか、そこに立っていたのはミレイア様でしたね。
こっそり抜けだして見舞いに来てくれたんでしょう。っていうか……夜這い?
って、おい! その手に持ってるのは何だよ!
木刀に血が付いてるじゃないですか!
謹慎場所から、強制的に脱出してきたんでしょうか……
怖くて目を開けられないんですが……?
俺が狸寝入りを決め込んでいると、カランと小さな音がなり、木刀を手放したミレイア様が、ベッドに腰かけます。
そして俺の頭をなでてから、ゆっくりとその手で俺の頬に手を添えました。
お世辞にも白魚のような指とは言えませんが、それでもその体温は十分に伝わりました。
「…………ひっく……、ごめんなさい、アーサー……」
ミレイア様はボロボロと涙をこぼしながら、小さくそうつぶやきました。
「……あんな事になるなんて、本当に…… 思わなかったの……」
ときどきしゃくり上げながら、ポツポツとミレイア様が独白を続けます。
うん、狸寝入りなんですが、目を覚ましたふりをするタイミングを、完全に逸しました。
「貴方が死んだら、私も……自分がどうなっていたか…… 生きていてくれて本当にありがとう」
「ミレイア様も……無事でよかったですよ」
いつまでもネタ振り……じゃなかった。寝たフリを続けるのもどうかと思いましたので、俺はそう言ってゆっくりと目を開けます。
「ッ! アーサー、貴方いつから起きてたのよ!」
慌てた様子で目元をゴシゴシとこすり、ミレイア様は顔を背けます。
それよりも俺の頬に手を置いたままだという事に気づき、慌ててその手を引っ込めようとしました。
「誰だって寝所に武器を持った人が立てば、そりゃ目が覚めますよ」
俺はそう言って笑い、自分の手をミレイア様の手に重ねました。
うん、暗くてあまり良く見えませんが、間違いなくミレイア様ったら、顔が真っ赤になってますね。
「とっ、とにかく無事で良かった!顔を見て安心したわ!」
アワアワしながらも、いつもの口調でそんな事を言いながらも、頬に伸ばした手は離さないみたいです。
ああ、今のやりとりでなんとなくですが、わかった気がします。
ミレイア様が求めていたのは、強い人や恋人ではなく、対等に話ができる友人と、心を許して自分を見せられる相手だったんだなと。
たまたま出会い方がアレだったんで、こんな形になりましたけど、本質はそうじゃないかと思ったのです。
「デレクさんから聞きました。抜け出して来て、大丈夫なんですか?」
俺がそう言うとミレイア様は、少しだけ緊張を解いて笑顔をうかべました。
「謹慎中に抜け出すのは、いつものことだから、問題ないわ」
いやミレイア様、それ自慢するところじゃないですからね?
「それも聞きましたが、その後の事も、聞きましたよ?」
「ああ、修道院の話ね……」
そう言ったミレイア様の笑顔は、少し自嘲気味になってしまいます。
「いいのよ。全ては自分で撒いた種だから。それに、半年間誰にも邪魔されず、剣の稽古に専念できるわ」
うん、相変わらずブレないっすねー!その辺だけは、素直に感心しますよ。
俺は少し可笑しくて、クスクスと笑いながら、ゆっくりと添えていた手を離して体を起こしました。
ミレイア様は、少し名残惜しそうにしながらも体を起こした俺に手を貸そうとしてくれます。
「いや、大丈夫ですよ。回復魔法をかけましたから、体はなんともありません」
そう言うとミレイア様は、ダリルさんとの稽古で、負傷した時に俺から受けた回復魔法を思い出したのか、少し呆れ気味に笑いました。
「ほんっと、貴方の回復魔法って規格外よね。アランから聞いた話だと、回復までに10日はかかるって言ってたわよ?」
俺はその言葉には答えずに、少しだけ笑って空間魔法から小太刀を取り出しました。
「ちょ、ちょっと何なのよ!その魔法!今どこから刀を出したの!?」
「ああ、これ空間魔法ってヤツですね。ウチの領に住んでる、古代竜さんに教えてもらったんですよ。誰にもナイショですよ?」
そう言って俺は、クスリと笑いました。
少し呆れ顔のミレイア様でしたが、俺が秘密をひとつ打ち明けたことに、満更でもない様子ですね。
「まったく、あの稀代の天才と言われた魔法使いが母親で、更に古代竜?
アーサーったら、ホントに普段からどんな生活してるのよ」
俺が魔法の秘密について、その一端を打ち明けたのは、ちょっとした狙いがあったからなんです。
秘密の共有で打ち解けることができれば、ミレイア様も心を開いてくれるんじゃないかと思ったんですね。
「それで?刀を出して、何をするつもり?」
「ちょっとだけ、課題を出そうかな……と」
「課題?」
「ええ、半年間稽古するなら、目標が必要ですよね?
それに、俺も中途半端な形で稽古が終わるのは、不本意ですからね」
そう言って俺は、カーテンを開けて月の光を部屋に入れると、基本六の型に加えて八本の型を実際に振るいました。
静かで暗い部屋の中に、差し込む月光のコントラストに浮き上がり、シュッという風切り音だけが響きます。
ミレイア様は、食い入るように俺の演武を見つめています。
俺はその演舞を終えると、静かに納刀し空間魔法に小太刀をしまい込みました。
「基本の型はだいぶ形になっていますから、それを思い返しながらこの型を稽古して下さい。
今度会った時に、実際に見せてもらいますからね?」
「ええ、絶対に習得してみせるわ。約束よ」
「それともう一つ、修道院に行ったら街の人達の生活を、よく見て欲しいんです。
そしてできれば、身分を抜きにして、誰か友達を作って下さい」
俺の言葉にミレイア様は、意外そうな顔を浮かべ、そして少し笑ってくれました。
「すごく難しい注文だけど、頑張ってみるわ」
俺はミレイア様の前向きな発言に、笑顔で頷きます。
「私からもひとつ…… いえ、2ついいかしら?」
「ええ、俺でできる事なら」
「2人でいる時は、ミレイアって呼んで欲しいの…… それから…… 必ずまた会いましょう」
「わかった、ミレイア。 必ず、また会おう」
ちょっと気恥ずかしい感じもしますが、俺は笑ってそう約束しました。
すると、ミレイアも嬉しそうに笑顔を浮かべ、俺に寄ってきました。
あれ、これってもしかして、すごくいい雰囲気、ってやつですか?
この流れだと、チューくらいはイケるんですかね?
俺とミレイアが、互いの吐息を感じられるくらいまで接近して、見つめ合います……
期待したような表情と潤んだ瞳が直ぐ目の前にあって、すごくドキドキします。
「ゴホン! ミレイア様。そろそろ、お戻り頂けますかね?」
無情なアランさんの声が、部屋に響きました……
ですよねー!
って、ミレイア様?拳握ってプルプル震えてるんですが?
「アラン?貴方、もう少しタイミングという物を、考えられないのかしら……?」
あっ、アカン!ユラリと動いたミレイア様が、木刀に手を伸ばしましたよ!
にげてー! アランさん。全力でにげてー!
でも、一発くらいは殴られてもいいよ?心情的に。
灯りが灯された部屋で、なぜか追いかけっこが始まったようです……




