90.ウードの人生と運命の歯車
ミレイア様の修道女姿ねぇ……
東南アジアの治安が悪い街で、武器を商ってる教会の某シスターを思い出したのは、気のせいでしょうか?
うん、修道服で木刀片手にガン飛ばしている姿が、容易に思い浮かんだアーサー君です。
夕の鐘がなって部屋を出た2人と入れ替わりに、敏腕メイドさんが夕食を運んできてくれました。
サンドイッチが呼び水になったのか、ホントにお腹が空いていましたので、俺はありがたく食事にありつきます。
今日の夕食はチキンシチューで、いつもより柔らかい、ふわふわの白パンがよく合います。
何杯かおかわりをして、ようやくお腹が落ち着いた頃に、コンコンと再び来訪者を告げるノックが鳴りました。
例によって敏腕メイドさんが対応してくれましたが、来客ではなかったようで、敏腕メイドさんが胸元に書類を抱いて、こちらへやって来ます。
ああデレクさんが言っていた、ギルドから届けられたウードの報告書ってことでしょう。
決闘の前にアランさんから見せてもらったのは、簡単な履歴書程度の最低限の情報でしたが、これは十数枚の詳細なものですね。
しかしこの短時間で、よくこれだけの報告書を出せたものですね。
相当焦って書いたのか、所々走り書きのように文字が乱れている場所もあります。
おそらく、王家との関係悪化を恐れたギルドが、全力で書き上げたのでしょう。
何も書かれていない表紙をめくると、そこには先日見た基礎データが書いてあります。
人種や身長・体重などは当の本人が墓の下にいますから、もう関係ありませんね。
俺は次のページを捲り、そこで少し驚きを覚えました。
次のページはおそらくギルドの内部資料、賞罰を記したランクアップの基準となる記述でした。
俺が驚いたのは、黒字で書かれる功績欄の多さ、そしてそれと同じくらいの分量が赤字で書かれていた点です。
不祥事の数がかなり多く、証拠がない物を含め、大小さまざまな記録が書かれていました。
『曰く、分配金を巡って仲間を斬り殺した疑い』『曰く、新人冒険者から金銭を巻き上げたとの被害届』
恐喝から殺人の疑惑、喧嘩まで事細かに書かれた内容は酷いもので、その黒い経歴に思わず表情が曇りました。
それも実績の欄を見れば、ウイングタイガーの単独掃討や、どこかの迷宮の未到達階層の発見と攻略。
当時のパーティーメンバー数人で多数の盗賊から商隊を守り切るなど、輝かしい実績を残しているのです。
これだけの実績を誇っていたウードが、なぜ身を持ち崩し、あんな最後を遂げることになったのか……
俺は少しだけ深呼吸をして、気持ちを落ち着けると次のページをめくります。
そこに書かれていたのは、冒険者達からの聞き取りや、記録に残っている情報から書かれた、ウードの詳細な経歴でした。
それによればウードは享年35歳。生まれは王都のスラムだったらしく、孤児院の記録があったそうです。
しかし、悪い仲間に出会ったのか、孤児院を脱走し徒党を組んで、追い剥ぎやスリの真似事をしていたようです。
ですがそこから年齢をごまかして冒険者になり、徒党を組んでいた仲間達とパーティーを結成したと、記録にはありますね。
そこからは真面目に冒険者稼業に精を出し、駆け出しのFランクからDランクまで、順調に駆け上っていったそうです。
ですがそこでウードに第一の転機が訪れたようです。
駆け出しから一緒に戦ってきた仲間が、受注したクエストの最中にウードを除く全員が死亡。
本人も重症を負ったと書かれています。
北部の領への商隊護衛で、街道では出るはずのない、群れからはぐれたウイングタイガーの襲撃に遭ったみたいです。
そこからしばらくウードの記録は、ギルドから姿を消します。
そして戻ってきたウードは、新たに募った仲間とギルドに復帰、それまでは剣一本だった戦闘スタイルに、この頃から風魔法が加わったそうです。
おそらく仲間の死に何かを感じ、魔法の修行をしたんだと思います。
そこからは新しい魔法の後押しもあり、順調に業績を伸ばしCランクまで上り詰めたそうです。
中堅冒険者として、少し粗野ではあるけれども、ギルドからそれなりの信頼を受けていたみたいですね。
ですが、ここでウードの運命が大きく狂い始めたのです。
北部での採取クエストに参加していたウードは、なぜか途中でクエストを離脱してしまったそうです。
そして単身で山奥へと消えて行き、一週間ほどで付近の街に、ボロボロになって辿り着いたと書いてあります。
ここからは断片的な記録が続くのですが、ウードという戦力の柱が抜けたパーティーはクエストを放棄して撤退。
しかし途中で魔物に遭遇して、メンバーは重症を負ってしまいます。
この事件が発端かは判りませんが、ウードのパーティーはこの付近の街で、解散をギルド支部に届け出ています。
この件に関してウードはギルドの聴取に対して、何も語らず沈黙を貫いたそうです。
それとは対照的にパーティーメンバーは、ウードの離脱について当時の状況を語っていました。
採取地に向けて順調に進んでいた一行は、ウードが空を見上げてから突然、突飛な言動を始めたと証言していました。
「……行かなきゃならねぇ。アイツがいる」
パーティーメンバーの一人は、ウードがそうつぶやくのを聞いていたそうです。
そうしてパーティーメンバーの慰留にもかかわらずクエストを放棄したウードは、山の奥深くへ消えていったそうです。
証言録はそれだけでしたが、その下に小さく注釈が書き込まれていました。
『※この地域は、ウイングタイガーの生息域と重複している』
そこからのウードは、パーティーを組むことなく、ほぼ単独でクエストをこなしていきます。
前述の、単独での未到達階層の発見と攻略などは、この頃の功績みたいですね。
俺はそこまでの記述を読んで、深くため息をつきました。
まるで昔読んだ事のある白鯨のようなウイングタイガーへの執着に、手に持つ資料がずっしりと重く感じられます。
ですが、俺は一種の使命感にも似た感情でページを捲りました。
一匹狼となったウードは次第に荒れ始め、素行の粗さが目立つようになってきます。
しかし、ここで見知った名前が報告書に出てきました。
そう、ディアナとして登録していた母様です……
複数の証言記録から、ウードが母様に想いを寄せていたのは、間違いないようですね。
単独受注が中心だったウードの受注記録に、この頃から臨時パーティーを組みはじめた記録が残っています。
この頃の母様は、高等魔法学園を卒業したばかりで、まだ駆け出しの冒険者でした。
そして父様と母様の年齢差は、2年あります。
騎士団への道を絶たれた父様は、母様よりも先に冒険者として活動していました。
そんな父様を追いかけて、宮廷魔術師の推薦を断り、母様も冒険者に転身したのです。
いつだったか、昔話として語ってくれた内容が、俺の頭の中に蘇ります。
それによれば、母様は冒険者に登録後すぐに父様に会うのを良しとせず、足を引っ張らないように腕を磨いたそうです。
「私はね…… チェスターに守られるだけじゃなくて、横に立ちたかったのよ」
母様の言葉が鮮明に思い出されます。
あれ?この言葉、どっかで聞いたことがあるような……?
うーん、これも血筋なんでしょうか……
そして必然的にウードと父様は対面を果たし、ウードは父様をライバル視するようになったそうです。
しかし結末の決まっている恋愛ほど、悲惨なものはありません。
ウードの想いは、敢えなく玉砕……
思い余ったウードは、母様を押し倒そうとしたらしいです。
……うん、ごめん。始末して正解だったかもしれん。
そしてその事が父様の耳に入り、ウードと父様が決闘。激闘の末父様が勝利したと伝えられています。
それがきっかけとなり、父様と母様はパーティーを結成、その後にロイドさんや数人の仲間を加え、順調に活躍したそうな。
ですが、もう一方のウードは荒れに荒れて、更にギルドの評価を落とす結果になったらしいです。
そして悪事に身を染めて、ズルズルと裏稼業へも手を出していったらしいと書かれています。
らしい、と言うのも狡猾な性格の所以か、一切の証拠をつかませず、ギルドも対処に困っていたみたいですね。
それ以降のウードは、金が尽きれば高ランクの魔物を狩り、それ以外にはどこかで悪事を働く日々に身をやつしたそうです。
そしてフラリと消えては北部の町に出向き、ウイングタイガーを追いかける。
そんな生活を繰り返していたみたいです。
それ故に本来ならば、とっくの昔にA+ランクに到達しているはずが、毎年昇格が見送られていたのが真相のようです。
最後のページには、半年前にウードがギルドに持ち込んだ、ウイングタイガーの買取り記録が記載されていました。
そこから日数を経て、ウシガエル経由でディボへと流れたそうです。
俺はパタンと報告書を閉じてテーブルに置くと、迷わずベッドにダイブしました。
ドサリと投げ出された体が、ベッドの弾力で弾み見上げる天井が揺れています。
報告書の最後の記載には、魔草が配合されたポーションの入手先については不明。
臨時クエストを出して、鋭意調査中と書かれていました。
運命の波に翻弄された、因縁浅からぬ凄腕の冒険者を斬ったのは、果たして正解だったのか。
多分どれだけ悩んでも、答えは出ないと思います。
でも、なんとなく判る気もしますね。人生は運命の連続だって……
俺だって前世で両親が亡くなって、荒れてた時期がありましたけど、結果だけ見ればジジイに救われています。
そして何の因果なのかこうして転生したら、その技を否応なく発揮する人生ですよ。
それにもし父様とウードの決闘の勝敗が変わっていたら、俺はどうなっていたのでしょうか?
あの駄女神は放っておいても、運命の機微について考えさせられますね。
俺は、そんなとりとめもない事を考えながら、ゆっくりと眠りに落ちて行きました……
真夜中に動き出す、運命の歯車が回り始めた事を気付かずに……




