88.有名人になりました!(強制)
働きたくないでござる! はっ、いかん。心の声が漏れてしまいました。
なんだか絶賛ブラックな世界に落とされた事を、いまさらながら確信したアーサー君です。
俺が目覚めたのは、翌日の昼過ぎでした。
あれ?体が動かず、天井も見覚えがありません。目覚めて最初に思ったのは、そんな現状でした。
そしてふと思い出してみれば、ここは城であてがわれていた部屋の天井だと気づきます。
あれからどうなったんだ?ボケた頭が徐々にハッキリしてくると、急に事態の行方が気になり出します。
ベッドから起き上がろうと体を動かしますが、ギシリと痛みが走り、全身に巻かれた包帯が目に留まります。
俺は軽くため息を吐いて、回復魔法を自分にかけていきました。
魔力量はすでに全回復していますので、まずは動けるようにならないと……
最初は両腕、それから足、そして全身に魔法をかけてキズを塞いでいきます。
包帯を取ってみれば、中途半端に誰かから回復魔法をかけられたせいでしょうか?
薄く跡が残っているみたいですが、このくらいなら、新陳代謝は活発ですから、しばらくすれば消えるでしょう。
っていうか、包帯取ったら全裸なんですが……
ああ、そう言えばあの時着ていた服は、風に切り刻まれてボロボロになったんでしたね。
俺は空間魔法から下着と服を取り出して、着替えを済ませます。
ちょうどそこに例の敏腕メイドさんが、お湯の入った桶と山盛りの包帯を、カートに載せて部屋に入ってきました。
俺を見て驚いたようでしたが、すぐに気を取り直して一礼すると「お加減は如何ですか?」と聞いてくれます。
うん、傷もふさがりましたし寝過ぎて体の節々が痛い以外は、これといって不調はありません。
喉の渇きと、お腹が空いたって事ぐらいですかね?
「あれからどのくらい時間が?
それと、何か飲み物と、簡単にお腹に入れられる物をお願いできますか?」
そう言うと、メイドさんは「丸一日お休みでした」と言ってから、一礼して部屋を後にします。
そうですか。もう1日経ったんですね……
俺はソファにドサリと腰を下ろして、事の顛末について考えを巡らせました。
俺が目覚めたのが、地下牢ではなくこの部屋という事は、今のところ罪には問われていないのでしょうか?
あの時、確かにダリルさんの姿を見て安心した事と、ウードを始末したことは覚えています。
ダリルさんが側にいたなら、ミレイア様は間違いなく無事です。
ですがそうすると、ディボはどうなったのでしょうか?
あれだけの騒ぎを引き起こした張本人ですから、間違いなく罪には問われるはずです。
とりとめもなくそんなことを考えていたら、控えめなノックの音と共に敏腕メイドさんが、お盆に載せた食事とお茶を運んできてくれました。
出されたのは野菜スープとサンドイッチ、それにいつの間にか、氷が浮かぶようになったアイスティーでした。
けっこう出血もしましたし、回復魔法で無理やりキズを塞ぐと、すごくお腹が空くんですよね。
まずはお腹を満たしてから、誰かに俺が寝ている間の状況を聞きに行こう。
そう思ってモグモグと口を動かしていたら、答えは向こうからやって来ました……
やって来たのはダリルさんと、騎士団長のデレクさんでした。
俺が目を覚ましたと聞いて、見舞いに来たらしいのですが……
俺が平気な顔でサンドイッチを食べているところを見て、対照的なリアクションを見せてくれます。
デレクさんは魂が抜けたように俺の咀嚼している姿を見て、もう一方のダリルさんはニヤニヤと笑っています。
俺は少し不思議に感じながらも、最後の一切れを口に入れて、アイスティーで飲み下しました。
うん、ダリルさんがデレクさんの小脇を突いて、何か手を出していますね。
ああ、何か銀貨がやりとりされて……って、ダリルさん俺の生死で、賭けでもしてたんですかい!?
2人のソファを勧め、銀貨を手で弄びながらダリルさんがドサリと腰かけ、もう一方のデレクさんが静かにその横に腰掛けました。
「はぁ、ダリルさんに見事にしてやられたよ……」
そう言って開口一番ため息を吐き出したデレクさんを、ニヤニヤと横目で見ながらダリルさんが口を開きます。
「部屋に入ったら、お前が大人しくベッドに寝ているかどうかを賭けたんだ」
そう言ってダリルさんは2枚受け取った銀貨の一枚を、俺に投げよこします。
「それで、俺が倒れた後は、どうなったんですか?」
俺は苦笑しながら銀貨を片手でキャッチして、どちらへともなく質問をします。
「あの後、駆けつけた我々が、ウードの死亡を確認し、君を治療した」
最初に答えてくれたのはデレクさんでした。
「オマエの姫様は無事だ。あの後、アランがオマエを介抱すると言って聞かない姫様を、強引に私室まで引きずって行ったそうだぞ?」
そう言って、ダリルさんがさも可笑しそうに、肩を揺らしながら教えてくれました。
そこからはデレクさんが主に語り、あの後の顛末を教えてくれました。
俺が倒れてからすぐに、決闘会場に展開した騎士団は、事態を収拾。
事情聴取の名目でディボと辺境伯本人を、城内の一室に拘束したそうです。
そして事情聴取の結果、ディボが口を割ったらしく、現在その処遇が審議されているらしいです。
なんでも、護衛を倒されたディボは、その足で冒険者ギルドに出向き、護衛を雇おうとしたそうです。
ですがあいにく、複数発生した魔物の掃討に高ランクの冒険者は出払っており、一人も雇えなかったとのこと。
そこで頭にきたディボは夜に商会へ押しかけ、取り巻きであるミュアー商会の次男坊に、護衛の都合がつかないかを尋ねたそうです。
ですが、ここでも病気を理由に次男坊はおろか、不在のため商会長にも会えなかったらしいです。
おそらく手入れの情報を察知した商会は、角の立たない会話で面会を拒んだんでしょうね。
そして取り巻きの中で、最後の一人だったウシガエルへ面会に行き、ウードを半ば強引に引きぬいたそうです。
このへんのやりとりは、ウシガエルの証言からも裏がとれていると、デレクさんが教えてくれました。
この時点では、ディボはウシガエルの捕縛については一切知らず、手入れがあったと聞いてから、父親である辺境伯に泣きついたそうです。
辺境伯は激昂したそうですが、結局は晩餐会後に、ウードを一時的に従士とする事で、もみ消しを図ったらしいです。
ですがさすがの辺境伯も、ウードがあそこまで俺に追い詰められて、挙句の果てに、暴走して王家への叛逆まで引き起こすとは、予想だにしていなかったそうです。
事実、拘束された辺境伯は真っ青な顔でブルブルと震え、半ば錯乱状態だったらしいです。
当の本人であるディボは、感情が抜けたように大人しく、言われた事にボソボソと答えているらしいですがね。
そんなディボの供述によれば、当初の計画では、晩餐会の適当なタイミングで俺に決闘を申し込み、ボコボコにする予定だったらしいです。
って、ディボよ……
俺がダリルさんを代理に指名したら、オマエはどうするつもりだったんだ?
なんでオマエの計画は、そこまで抜けているのかと、小一時間……
そこまで聞いた俺が、残念そうにため息を吐いて、ダリルさんにチラリと視線を向ければ、話に上った本人は凄みのある笑顔を返してくれました。
「なんでも、報告によれば俺の酒に薬を盛って、アーサーが受けざるを得ない状況を企んでいたらしいぞ?」
「はぁ…… ちなみに、ダリルさん。そんな手に引っかかります?」
「完全には無理だが、相手の緊張度合いや視線、匂いや味で大抵判るな」
ですよねー!
なんだか、最強キャラがすぐ目の前いまして、自分の存在価値に若干疑問を感じたのは、ナイショです。
今後の成長にご期待下さい! ちくしょう!
「しかし、昨日の昼に突然、姫様からの決闘の申し込みがあり、これ幸いと受諾したらしい」
だから、ミレイア様がダリルさんを代理に指名したら…… うん、言ってて不毛だわ。
そして、あの惨劇につながったという訳ですか……
奇跡的に暴走したウードによる死傷者は一人も出ずに、王様が晩餐会で新しい料理を披露して場を収めたようです。
って、晩餐会のメニュー食べ損ねたじゃないですか!
「あー、その。ちょっと言いにくいんだがね……」
俺が悔しがっていると、デレクさんがポリポリと頬をかきながら、少し言い難そうに切り出しました。
「晩餐の席上では、対戦相手の子供は一体何者だという話と、料理の話題で持ち切りでね。
陛下も、その話題に触れざるを得なくてね……
アーサー君の素性と、ミレイア様の指南をしている事、それに料理の件を公表されたんだ」
「……はい?」
「うん、迷惑かもしれないが姫を悪漢から救った、才能豊かな子爵家の子息。
久々に聴衆の興味を惹く話だったから、すでに城下まで君の噂で持ち切りになっているんだよ」
「ナンダッテー!!!!」
部屋中に、俺の魂の叫びが響き渡りました……




