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86.暴風のち雷

すみません、ちょっと話をしている余裕、なさそうです……



ウードの突進はそれほど速くはありません。

勢いを威力に換算するのではなく、純粋に距離を詰めるために無造作に突っ込んできています。


おーけー、そんなに死にたいなら胴と体を、泣き別れさせてあげましょう。



俺は右手を柄に添え、薄く息を吐きながら鯉口を切りました。

先手必勝、一撃必殺。手加減は一切しませんよ。



大森林で魔物を狩る時に込めるレベルの魔力を、柄を通して小太刀に流し込んだ俺は、ウードが回避不能な距離まで近づくのを待って抜刀しました。

ですが流石Bランクの冒険者ですね。何かを感じ取ったのか、俺が小太刀を抜き放った瞬間に接近を止め、長いバスターソードを振り上げて虚空に向かって振り下ろします。


俺が放った不可視の飛刃と、魔力が通されたウードのバスターソードが、硬質な音を立てて拮抗します。



俺は…… 手加減しないって言ったよね?



飛刃と力比べをしているウードに構わず、俺は魔力誘導をつなげて、指先から限界まで圧縮した火属性魔法を四方八方から発射しました。


見えない魔力の糸に誘導された炎の粒が5発、上下左右からウードに襲いかかり、着弾した瞬間にその威力を放出します。

昼間であってもその炎は、周囲に熱と光を感じさせるほどの大きさに育ち、全てを焼きつくす勢いでウードを包み込みました。



まあ、本の小手調べですね。この程度でやられるなら、苦労はしませんよ。

現にダリルさんを相手にすれば、髪型すら乱せないかもしれません。


煙が晴れると、ボロい服の上腕部分が破れてはいますが、相変わらず下品な笑いを浮かべたウードが立っていました。



「ああ、忘れてたぜ。テメェは、『あの』ディアナの子供でもあったんだな。炎の感触は悪くねぇ……


つくづく惜しい事をしたぜ。アイツはいい女だった!」



そう言って、何かを思い出したように、舌なめずりをしたウードの仕草を見て、僅かに心が揺れます。

うん、事情はわからないけど、コイツはここで消しておいた方がいい気がします。



「今度は、こっちの番だぜぇ……」



そう言ったウードは左手を突き出すと、指先で空中をなぞるように複雑な形を描きます。



『何か来る!』 俺がそう思った次の瞬間!

飛刃の借りを返さんばかりに、不可視の刃が俺に襲いかかります。


俺は体の周辺にまとわせていた魔力強化の層を瞬間的に増やすと、後方に飛び退きます。

それと同時に小刻みに小太刀を振るい、前方に向けて小さな飛刃を飛ばし、風の刃を相殺しました。


魔力強化でダメージらしいダメージはありませんが、初撃は互角……いや、少し負け気味でしょうか?


俺は頬に伝う血を拭い去り、小太刀を構え直します。

俺とウードは、互いに会場の石畳の対角線上に立ち、最も距離の取れる位置でにらみ合います。



「なぶり殺しかと思ったら、それなりにやるじゃねぇか。どれ、少し遊んでやる」



そう言ってバスターソードを背中に背負うように隠し、ウードは右の手の平をこちらに向けました。



「……精々、踏ん張りな」



ウードがそう言った途端、空気の流れが変わり、俺とウードの間に小型の旋風が巻き起こります。


中級の風魔法、ウインドストーム!旋風に隠れた風の刃が、相手を斬り刻みながら空高く舞い上げる魔法です。


……それが3本



コイツは、タダの剣を振り回すだけの冒険者じゃない。資料を見て分かっていたはずなんですがね。

こうして対峙すれば、その手強さがわかります。



ですが、俺も出し惜しみも手加減もしませんよ?



俺は旋風の軌道から身を躱しながら、上空に向けて炎の粒を連続で撃ち出します。

この世界の人間は、感覚や口伝で魔法を操りますが、竜巻の発生原理なんて知らないだろう?


俺が上空に炎の粒を打ち上げたのを見て、ウードは怪訝そうな顔を浮かべますが、構わずに旋風を躱し続けます。


上空に打ち上げられた炎の粒は、頭上高くで炸裂して、ブワリと熱気が石畳に叩きつけられました。

そして次の瞬間には、旋風はその勢いをなくして、徐々に弱まりやがて霧散してしまいました。


ウインドストームの魔法は、魔力で強制的に上空の気圧差を作り出して旋風を起こし、そこへ断続的に風の刃を混ぜ込むのです。

なので俺は炎の粒を上空で爆発させて、空気をかき回してやったのです。


ウードは、旋風が消えたのを見て舌打ちをすると、それにはこだわらず、猛然と距離を詰めてきます。


今度はこっちの番ですね。


俺は無属性の銃身を素早く作り、左手でドン!ドン!と、ウードに向けて無属性の弾丸を撃ち出します。

ウードは予想通りに弾丸を斬り払いながら、こちらに向かって突進してきました。


俺は3発目の銃弾を撃ち出しながら、横に移動して更にもう2発弾丸を撃ち込み、そこで急速反転して逆にウードへ全力で向かって行きました。



ウードはまだ弾丸を斬り払う事に注力していまして、俺が接近した事への反応が一瞬遅れます。


ああ……いい忘れてました。最後に撃ち出した弾丸は、『普通』の弾丸じゃないですからね?



3発目は散弾。『点』を迎撃する事に目が向いていたウードは、瞬間的に『面』に切り替わったことに対応できず、散弾をモロに喰らいます。

しかし魔力強化を施しているウードには、さしたるダメージは与えられません。


その後に続いた最後の弾丸は、一見すると先ほどまでの弾と同じように見えます。

ですが、その正体は無属性でコーティングした『火属性』が詰まっています。


散弾を防御してしまったウードには、最後の弾丸を斬り払う余裕はなく、防御した腕の上にモロに着弾します。

弾頭が砕ける衝撃に片腕を弾かれ、不自然な体勢になった所へ、中身の炎が舐めるようにウードの上体を包みました。


着弾の衝撃で吹き出した炎は、ウードを焼きつくす勢いで後方へ抜け、石畳の際で見えない障壁に阻まれて四散しました。


さて、ジャブはこのくらいでいいでしょう。あの程度の攻撃でくたばるほど、お前はヤワじゃないよな?


……俺を、失望させるなよ!



俺は、少しだけ前世むかしを思い出しつつ、魔力を小太刀に注ぎ込みながら、ウードへ肉薄します。


駆け抜けるように胴を薙いで初撃を斬り込んだ後、その勢いのまま回転しながら足元を斬りつけます。

ガキン!ガキン!と、金属が壊れるような衝撃音を響かせながら、ウードが守勢に回り俺の剣戟を防ぎました。


まだまだ、こんなもんじゃないぞ?


足元を払った一撃から逆袈裟に切り返し、ウードが上体を逸らした所へ更に踏み込み、手首を返したコンパクトな一撃を首筋を斬り裂きました。

ガリガリと魔力強化の防御を削る、固い感触を切っ先に感じながらも、オリハルコンの刀身を信じて振りぬきます。


苦し紛れか距離を取りたいと思ったのか、ウードは苦しそうに呻きながら、前蹴りで俺を蹴り飛ばします。

切りつけた直後で、軸足に体重が乗っていた俺は、避ける間もなくその蹴りを食らって、後方に吹き飛びました。



クソッ、また体格差か!



俺は心中で毒づきながらも、咄嗟にウードの蹴り足を斬りつけてから転がり、ネコのように受け身をとって再び立ち上がります。



「テメェ、ホントにガキなのか?こんな狡っ辛い戦い方するなんざ、歳誤魔化してるんじゃねぇか?」



そう言ってゴキゴキと首を鳴らしたウードは、首筋から流れる血に手を当てて、それを一瞥するとぺろりと舐め上げます。

傷こそ負ったものの平然としているウード、一方の俺は少し呼吸が上がりはじめました。


体の大きさからくる絶対的な心肺機能の差が、ジワジワと効いてきているようです。



「傷を負ったのは、半年前に最北の辺境で、ウイングタイガーを仕留めた時以来か。

どうやら、本当に遠慮はいらないみたいだな」



そう言ったウードはバスターソードを、まるで祈るように掲げ、何かをつぶやきはじめます。

直感的に不味いと感じた俺は、大きく息を吸い込み呼吸を整えながらも、詠唱を中断するために、魔力弾を立て続けに放ちました。


「ぉ遅ぇ……」


まるで、真空の気室が開放され、その気圧差から周囲の空気を吸い込むように、石畳の上の空気の密度が一瞬にして薄くなります。

ウードが発した言葉さえ、轟音と密度が薄い空気によって歪んで聞こえました。


そうして吸い込まれた空気はどこへ行ったのかといえば、ウードを中心として渦を巻き、竜巻を生み出しています。


いや、正確にはそうじゃない。空気の渦はヤツを中心として動いており、まるで台風の目に入ったかのように、ウードは何事もないように佇んでいます。

そしてアイツのバスターソードがなぜ、あれだけの長さを持っているのか、その理由がわかりました。


奴は風の螺旋を長いバスターソードにまとわせて、障壁の内側から自在に振りぬきます。



「俺にこの嵐の障壁を使わせるたぁ、流石にチェスターのガキだな!

こうなればオメェに勝ち目はねぇ。諦めるこったな!」


風に負けず大声を貼り上げたウードの声が俺に届きます。


ウードがあのオリジナルの風魔法を使い出してから、会場の四隅に設置された柱から放たれる青い光が不安定な明滅を始めました。


コイツ、周囲への被害とか一切考えてないな!



「ぃくぞぉぉっ!」


風向きなのか、それとも気圧のせいか、ワンテンポ遅れて聞こえたウードの声と同時に、気づけば風の壁というにふさわしい障壁が、もう目の前にありました。

まるで魔法など発動していないかのように、素早い動きで、俺に迫ってきています。


バックステップで避けようと、重心を後方に移動しますが、目と鼻の先に迫った風の壁は、その周囲に猛烈な乱流を生み出しているのです。

そんな突風に煽られて、グラリとバランスが崩れた所に、螺旋をまとったバスターソードが、壁を割って迫ります!


俺はなんとかその場に踏みとどまり、振り下ろされたバスターソードを小太刀で受け止めます。


しかし、それは悪手でした。



バスターソードに付与された風の螺旋は、ものすごい力で小太刀を巻き込み、俺の手から小太刀が離れてしまいました。

そしてその勢いのまま、振り下ろされた長いバスターソードは、俺の胸元を撫でるように斬り裂きます。


最初に胸元で感じたのは衝撃でした。機械に巻き込まれてケガをした時は、後から痛みが襲ってきますが、それと似た感触でした。


これ以上攻撃をもらったら不味い!


直感的にそう感じた俺は、咄嗟に脇差しを抜いて魔力を込め、バスターソードにぶつけます。


ゼロ距離から放たれた飛刃が、ガリガリとバスターソードの軌道を変え、追撃を躱す事に成功した俺は、両手から水と風の混合魔法を放ちます。

この風の暴力から逃げ出すには、相応の推力が必要です。


風魔法だけでは弱いと思った俺は、咄嗟に水と空気の混合噴射で、自分の体を後方に吹き飛ばしました。

一度も試したことのないペットボトルロケットからの発想だったけど、どうやらうまく行ったらしく、俺の体はすごい勢いで風の勢力圏から転がり出ました。


風魔法で威力を殺して、ようやく着地すると途端に胸がズキンと痛み出しました。

チラリと目を落とせば上半身の衣服はボロボロ、肩口から胸骨にかけて、まるでえぐりとったかのように無残な傷がありました。

今は悠長に治療している時間はありませんので、最低限の止血と動けるように回復魔法をかけて、奴の動きを伺います。


クソッタレ、得物をいたぶるかのように、奴は勝利を確信したのか、これみよがしにバスターソードを振り回し、ゆっくりと接近してきます。

『大型で非常に強い台風』じゃないんだから、そんなゆっくり動くんじゃないよ!


奴に飛ばされた小太刀の場所を確認します。ダメだ、風でよく見えませんが、アイツの後方に突き刺さっています。

後ろに回りこむ?突進されたらコーナーに追い詰められて、なぶり殺し確定です。


今ある手段で、なんとかチャンスを作らなければいけません。幸いにして、まだ半分程度魔力は残っています。

アイツの魔力量は残り少ないはずですので、そろそろ俺を仕留めにかかるでしょう。


それまでに、あの風の壁を突破する糸口をつかまなければ……


俺が牽制で出したファイヤーウォールは、あっけなく散らされて、ウードは悠々とこちらに歩いてきます。

先程のウインドストームとは発生原理が違うのでしょうか?空気をかき混ぜたくらいでは、ビクともしません。


次に思いついたのは質量。俺は砲丸サイズの氷の塊を高速で撃ち出して、貫通させようと考えました。

しかし、壁に阻まれた氷の塊は、無残に砕かれてしまい、キラキラとした粒になり壁の中に消えてしまいます。


ん?……氷?水分!


そうだ、あの手があるじゃないか!



俺は先程と同じ大きさの氷の塊を、次々に射出して壁にぶつけていきます。


「どうしたぁ?珍しい氷の魔法だが、俺の障壁はそんなもんじゃ崩せんぞぉ?」


風の壁で歪んで見えるウードの顔が、愉快そうに笑っています。



ああ、そんな事は百も承知なんだよ。


再び眼前まで迫ってきた暴風の壁を前にして、俺はほくそ笑みます。



左右の手に集めた小さな魔力の粒を激しく動かし、俺は両手をグッと前方に突き出しました!


風の壁を割って、現れた凶悪なバスターソードのうねりが迫る中、俺は両手を打ち鳴らします。


「雷!」



その瞬間、砂粒程の大きさの魔力の粒は拡散して、紫色の鋭角な蛇が四方から風の壁を食い破りました!



晴天の夏空に、一条の落雷が落ち、風の壁はゆっくりとその猛威を散らしていきました……





ごめん、あと5場面くらいある。

もうちょっとだけ続くんじゃ(´・ω・`)

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