表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/113

81.ミレイア様がデレました!

俺、領地に帰ったら…… 何日かゆっくり休むんだ。

すっかりブラック体質が体に染みついてしまった、アーサー君です。


さて本日もミレイア様の稽古があるのですが、始まる前からミレイア様は土にまみれてドロドロになっています。


ええ、実は昨日の稽古の後で、ミレイア様がダリルさんに直訴しまして、騎士団の訓練に参加させてもらえるようになりました。

そんな訳で、ミレイア様は少し早くに練兵場へと現れまして、騎士さん達とともにダリルさんに突貫したんですね。


いや~、何度やられてもめげずに立ち向かっていくのは、すごい根性だと思いますよ。

騎士さん達みたいに、死んだ魚のような眼をせずに、イキイキと向かっていくんですから!



そして、少し休憩をはさんで今度は俺の稽古が始まったのですが、今日は少し毛色が違います。

騎士団の人達が城外の『演習』に出かけていった練兵場には、俺とミレイア様だけが立っています。


ミレイア様は打ち込み用の鎧の前に立って居合の構えを取り、微動だにしません。


そう、明日の決闘を控えて、条件のひとつである飛刃の習得です。



「難しく考えずに、これまでの素振りと同じように魔力を込め、振り抜けばいいんです」


俺がそう言うと、ミレイア様はわずかに頷いて、少し重心を落としました。



「はっ!」



ミレイア様が短い気合とともに、木刀を振り抜いてそのまま動きません。


静まり返った練兵場に少しだけ風が吹きました。

すると、ギギッっと僅かな音がして鎧がズレまして、ガシャリと音を立てて崩れ落ちます。


うん、切り口はお世辞にも滑らかとは言いがたいのですが、まごうことなき飛刃ですね。



「やりましたね、ミレイア様……」


腕を組んだままの俺が、声をかけると我に返ったのか、ミレイア様が血振りから納刀を行い、大きく息を吐きました。


「正直、習得できるとは思わなかったわ。でもこれで……」


そこまで言って、チラリと目線をこちらへ向けてきたミレイア様に、俺は頷きました。


「ええ、約束ですからね。明日の申請書と代理の件、お引き受け致しますよ」


俺はそう言って、ポリポリと頬をかきます。


「って言うか、今のミレイア様ならよっぽどの相手が出てこなければ、代役は必要ないと思いますけどね」


昨日相手にしたディボの護衛程度なら、一対一であればまず間違いなくミレイア様が勝てますね。

俺がそう言って笑うと、ミレイア様は意外そうな顔を浮かべてから、なぜか獰猛な笑みを浮かべます。



……あれ?事実を言っただけなんだけど、もしかして地雷踏んだ?



「そう、それならもう一つの約束も、ちゃんと果たさないといけないわよね?」



えーっと、もうひとつの条件は確か、俺から1本取るって話でしたよね?

ん?なんだか、ミレイア様ってば、魔力を練ってませんか?


なんで、そんなグッと重心を落としているんでしょうかね?



あっ、練習のために飛刃を撃つんですね。って、その位置取りだと、俺に直撃コースなんですが?



「さあ、『稽古』を始めましょうか?」



そう言ってミレイア様が、飛刃を俺に向けて放ちます。


いやいやいや!ヤバイですからね!



俺は咄嗟に魔力を込めた木刀で飛刃を相殺しますが、次の瞬間には魔力強化を施した脚力で、俺に迫ってきます。

嵐のような斬撃が、左右から襲い掛かってきまして、俺はその動きを捌きながら感心したように防御に徹しました。


うん、ぶっちゃけ基礎の型をしっかり修練させたおかげで、これまでの荒削りな剣筋が、見違えるほどに流麗になっていますね。

動きに無駄がないというか、次の攻撃に移るまでの時間が、恐ろしいまでに少なくなっています。


ホントに、基礎の型だけでこれですから、これからも稽古を続ければ当代随一の剣士も、夢じゃないかもしれません。



「ぐっ、かなり自信があったのに、どうしてこんな簡単に防がれるのかしら……」


少し距離をとって呼吸を整えたミレイア様が、そうつぶやいてから再び突っ込んできます。


いや、基本八双、いわゆる米の字のラインが基本ですからね。俺だって受け技についても、それ相応に修練してるんです。

幼少の頃からジジイにみっちりと仕込まれて、大学行ってからも帰省のたびに、しごかれましたからね。


そうそう簡単に遅れは取りませんよ。



「以前に比べて、だいぶ剣筋の粗さが取れてきましたね。ですが、まだ細かい部分がおざなりです」


そう言って俺はミレイア様が放った袈裟懸けの斬撃に対して剣を引くように流し、ミレイア様の上体が無防備になるように体を流しました。

そして切り返した木刀をコンパクトに首筋へ向け、ピシリと突きつけました。


いや、モチロン寸止めですよ?



「もうひとつの約束を果たすには、もう少し修練が必要ですね」


俺がそう言うと、少しの悔しさと、それでいて満足そうにミレイア様が微笑みました。


「もうすぐ、稽古の期間は終わるかもしれないけど、私も修練は怠らないから。

あなたも、今よりもっと強くなりなさい。必ず追いついてみせる」



そう言って木刀を収めたミレイア様が、俺に手を差し出してきました。

握手をした時、不意に体を寄せてきたミレイア様が、俺の頬に顔を近づけます。


少しふんわりとした香りと同時に、柔らかい感触が頬に残ります。


「あ、あ、明日の報酬の前払いよ。それ以上の意味は、無いんだからね!」



真っ赤になったミレイア様は、そう言ってサッと離れてしまいます。

こりゃ、ずいぶん高い報酬ですね。明日は頑張らないといけないみたいです。



こうして、本日の稽古は、少し甘酸っぱい余韻を残して終了しました。



稽古が終わった後、顔を洗うのをためらいましたよ。 ……ええ、ワリと真面目に。




午後からは、厨房に赴きましてピエールさんと明日の献立の最終確認。それと仕込みの進捗を確認しました。

ピエールさんも随分と気合が入っているというか、貪欲に新しいメニューを自分のものにしようと頑張っていますね。


これは、明日の本番が楽しみです。

まあ、味わえる余裕があればいいんですがね……



そうした用事を済ませてから、俺は凄腕メイドさんに出かけてくる旨を伝えて、お城から外に出ます。

途中の道で乗合馬車を見つけてそれに乗り込むと、商業区まで移動しました。


時間的には、もう少しで日が暮れるというところでしょうかね?


日暮れ後一刻に鳴る夜告の鐘が鳴ったら、貴族街と商業区の境にある詰所で、ダリルさんと落ち合うことになっています。

すでに騎士団の人達は動き出しているそうですが、さっき乗合馬車から見た限りでは、ミュアー商会の周辺にはそれらしい動きは見られませんでした。


やっぱり、監視や隠密活動に長けた人が出て、密かに監視しているんでしょうね。



そんな訳で、集合時間までは少し時間がありますので、俺は屋台の肉串とパンを買って、腹ごしらえを済ませました。

本当なら、アンジェラのお店に行きたいんですが、集合場所から少し遠いので、今日の所は涙をのんで我慢しましょう。


適当に街をぶらついて、尾行の影もないと判断してから、路地裏で空間魔法からローブを引っ張りだして、それを羽織りました。



少し早い時間ですが、詰所に向かうと、そこにはダリルさんと騎士団の団長であるデレクさん、そしてミレイア様の護衛騎士であるアランさんが待っていました。



「おお、少し早かったが状況を説明するにはいいだろう。アラン、アーサー君に説明を」


テーブルについていたデレクさんがそう言うと、アランさんが頷いて立ち上がり、俺の方に王都の地図を差し出してくれました。


「今回の作戦は、王命に反し貴族を殺害せんとした罪により、商家2箇所、貴族邸宅を1箇所同時に急襲します」


そう言って、アランさんは地図上の3箇所を指さしてから、再び口を開きました。



「同時急襲は、証拠隠滅を防止して、逃走を防ぐ狙いがあります。

床入りの鐘がなると同時に踏み込んで、関係者の身柄を拘束し証拠を押さえます。

その他にも、王都の城門は鐘が鳴った時点で完全封鎖、脱出を防止します」



「俺とアーサーは、貴族宅に向かう。情報ではBランクの冒険者が3名、その他私兵が存在しているらしい。

手向かえば遠慮はいらん、地獄に送ってやれ」



そう言ってダリルさんがニヤリと笑います。うん、心底楽しそうですね。


騎士団の人達は今のところ演習という名目で、王都の外に出ていまして、集合の合図である夜告の鐘を聞いてから、戻ってくるそうです。



そうして細かい部分を話し合っていると、騎士さんが入ってきて出発を告げてくれます。



「さて、行こうか」



ダリルさんが誰にともなくそう言いまして、俺達は席を立ちました。

そしてだいぶ人気の少なくなった街の中を、騎乗してゆっくりと進み始めます。


途中でアランさんが隊列を離れて、別方向に向かいます。

聞けば彼は商会での作戦について、陣頭指揮を取るのだそうです。


アランさんは、どうやらミレイア様の差金で、この作戦にねじ込まれたようです。

いきなり仕事を振られたアランさんには、気の毒としか言いようがありません。


ですが、これもミレイア様の責任感から、腕の立つアランさんを寄越してくれたんだと思うことにします。

うん、俺の実戦での様子を報告させるためとか、そんなよこしまな考えではないと思いたいです!



そうして馬に揺られ、夜の王都を移動していくと、下級貴族の邸宅が並ぶ一角に到着しました。


あれ?下級貴族の邸宅って言いましたよね?


なんでウチの領主館より大きいんでしょうか?なんか、無性に腹が立ってきましたよ!



その中でもひときわ無駄に豪華な屋敷が、今回の目的地だそうです。


すぐ近くの角に潜んで、40名からなる騎士団の面々が、息を潜めて合図の鐘を待ちます。




ゴーンと、遠くから小さく鐘の音が聞こえてきまして、デレク団長がさっと手を振り、雪崩を打ったように正門前に殺到しました。



「ここは、フロック様の屋敷だ!騎士団がこんな夜更けに何用か!」


門番をしていたフロックの私兵が、突然の騎士団の襲来に驚きながらも、来訪目的について誰何します。



「王立騎士団長デレクである!フロック卿には王命に反し、貴族を殺害せんとした罪により、拘束命令が出ている!すみやかに開門せよ」



デレクさんが王家の紋章が入った羊皮紙を掲げ、門番に鋭くそう宣言します。


「主に伝え開門の許可を頂くまで、しばし待たれよ!」



狼狽した門番はそう言いながら、掛け金を確認して奥に引っ込んでいきました。

俺が怪訝そうに横に視線を向けると、デレクさんも同じことを思ったのでしょう。


さっと剣を掲げて、命令を発しました。


「構わん!門を打ち壊せ!」



その言葉で、大槌を持った騎士の人がガンガンと黒い鉄の門扉に衝撃を与えます。


しかし、何か特殊な金属で出来ているのか、門扉が壊れる気配はなくジリジリと時間が過ぎていきます。

このままでは証拠の隠滅や、逃走の時間を稼がれてしまいます。



「時間が惜しい、アーサー!やれ!」


馬上から、少しイラついたようにダリルさんが叫びました。


「了解!」



俺はさっと馬から降りると、ローブの下で空間魔法を発動させて小太刀を取り出しました。

そしてバサリとローブを跳ね上げて、手持ちのまま小太刀に少し強めに魔力を込めていきます。


「ハッ!!」



気合一閃、高速で抜き出された刀身は魔力の弧を引き、恐ろしい速度で門扉へと襲いかかりました。

俺は初太刀の効果を確認する前に、再び魔力を込めた一撃を振り下ろします。


キィンと、甲高い音が鳴り響き、俺は納刀を済ませると手のひらに魔力を集めます。


バスンという音と共に撃ち出された風魔法は、一見何も変わらない門扉に当たった途端、すさまじい音を生み出します。

十文字に両断された門扉が屋敷の内側へ倒れ込み、その重さで石畳が削れ、土埃が立ち上って、地響きを足の裏に感じるほどでした。



その光景に、さすがの騎士団の人達も言葉を失っているようで、門の内側で騎士団を見張っていた私兵に至っては、腰を抜かしていますね。


「門は開いた!皆の者かかれ!」



そう叫んだのは、デレクさんではなくダリルさんでした。

ですがその一声は騎士団の人達が、我を取り戻すには十分な命令でした。


一斉に屋敷の中になだれ込んだ騎士団の人達は、フロックの身柄を探して散開していきます。



って、調教の成果なんでしょうかね?


ダリルさんがすっかり騎士団長に見えて、しょうがないんですが……?



うん、この事をデレクさんに伝えると、本気で凹みそうな気がしますから、ナイショにしておきましょう。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ