79.口だけ番長が降臨しました!
元が小市民だからでしょうか?お城での生活よりも、城下でのひとときの方がリラックスできますね。
今は貴族でも、性根はやっぱり庶民的なアーサー君です。
「さあ!これでラストですよ!」
「ぐっ、ご……ごひゃく!」
ブンッ!と、音を立ててミレイア様は魔力剣での素振りを終えます。
気づいていないかもしれませんが、俺からの魔力供給もかなり少なくなっているんですよ。
昨日はあれから、ダリルさんとアランさんにさっさと報告を済ませて、ゆっくり休ませてもらいました。
そして本日は、昨日……暴れられなかったせいでしょうか?
鼻息も荒く登場したミレイア様は、フラストレーションをぶつけるように、稽古に打ち込んでいます。
ミレイア様はこれをこなす前に、基礎の型をみっちりやった上でこの素振りですからね。
それも、型だって俺が展示したのは最初の数回だけで、動き自体はすぐに覚えてしまいまして、ちょっと自己嫌悪に陥ったのはナイショです。
あの基本の型を習得するのに、俺は5年かけたんですけど?
前世で同じ年代に、必死に覚えようと食い下がった数年間をあっさり越えられまして、俺って才能ないのかなと思ってしまいましたよ。
しっかし、どっかの口だけ達者なボンボン貴族の息子とは違って、ミレイア様は根性ありますよ。
「よく、この短時間でここまで習得できましたね」
「当たり前じゃない!私を誰だと思ってるのよ!」
はい、失礼致しました。
「王族って覚える事がたくさんあるのよ。気づいたら物覚えが良いって褒められるようになったわ」
少しだけ、昔を懐かしむように少し遠い目をしたミレイア様は、そう言って少し微笑みました。
王族って、見た目は派手というか優雅ですけど、やっぱり見えないところで苦労してるんですね。
その言葉にうなづいた俺は、雰囲気が暗くならないように明るく言い放ちます。
「それじゃあ、少し実戦形式でいきましょう。実戦の感を養わないと、肝心な時に遅れをとってしまいますからね」
俺がそう言うと、ミレイア様はちょっと驚いた表情を浮かべてから、獰猛に頬を吊り上げました。
まったく、この姫様はどうしてこう肉食系なんでしょうね。
まあ、久しぶりの立ち合いですから、飢えてたんでしょう。
ここ数日は、ライオンに精進料理を与え続けたみたいなものでしたからね。
魔力剣ではなく、木刀を正眼に構えて、こちらに真剣な気迫を向けてくるミレイア様に対して、俺も同じように正眼で相対します。
そうして俺とミレイア様が僅かな隙を伺い、探りあいを続けていた時でした。
場の空気を読まずにパチパチと拍手が練兵場に鳴り響いたのです。
俺が木刀を下ろして構えを解くと、ミレイア様がひどく不機嫌な表情で入口の方を睨んでいますね。
俺もそちらに視線を向ければ……
噂をすれば何とやら。
渦中の某辺境伯家のご子息である、口だけ番長さんが、微笑みながらこちらに向けて拍手を送っているではないですか。
ああ、そう言えばそろそろ王都に来るとか言ってましたっけ。
「いやはや、ミレイア様におかれましては、ご壮健で何よりです」
そう言ってにこやかにこちらに近づいてくるディボは、俺を無視してミレイア様の方へと歩み寄ります、
しっかし、俺が領から出る時は、人外とはいえダリルさんと2人だけだったのに、こいつときたら護衛らしき人間を、5人も引き連れて来たみたいですね。
たぶん、世話役やらを含めたらかなりの人数になるんでしょうね。
ちくしょう!どうせ、うちの領は金も人も少ないんだよ!
俺の心の叫びは置いておくとして、接近してくるディボにミレイア様はブンッ!と木刀の切っ先を向けて殺気のこもった視線を飛ばします。
うん、いいぞ!もっとやれ!
「今は稽古中なのが、見てわからないのかしら?」
底冷えするような低い声で、そう言ったミレイア様にディボは、クツクツと忍び笑いをこぼしながら口を開きました。
「いやいや、このような稚技を稽古と言われましても。
一言私に言って下されば、当家の腕利きをいつでも指南役としてお送りするのに」
そういったディボに、ミレイア様は冷めた視線を向けてながらその言葉に反論します。
「実際に見てもいないのに、稚技と判断するとは、貴方には見る目がないと言わざるを得ないわね」
「お言葉を返すようですが、いくら赤獅子の教えを受けているとはいえ、同い年の年端もいかない者に、教えを請うなどお遊びとしか見えませんが?」
うん、ディボの言葉は常識的に考えればもっともですがねぇ……
残念ながら俺が絡んだ時点で、常識は裸足で逃げ出すんですよ。ええ。
「それならあなた自身が、稚技かどうか判断してみたらどうかしら?」
ミレイア様のその挑発的な言動に、ディボは薄く笑って首を横に振ります。
「いえいえ、ミレイア様の気高き強さは十分に承知しております。
それよりも、試すべきは教えを授ける者に、その資格があるかだと思いますが?」
そう言ってディボは、憎悪に燃える感情を隠そうともせずに俺に初めて視線を向けてきました。
……うん、正直言って、昨日捕まえた雑魚キャラよりも、かなり視線がぬるいんですが?
「へぇ、勅旨を受けて私に稽古をしているアーサーを侮辱するって事は、それなりの覚悟があっての発言かしら?」
俺とディボがかみ合わない視線を交錯させていると、少し挑発するようにミレイア様がそう言い放ちました。
いつもなら、余計な波風立てないで!
って、焦るところですが、こっちも命まで狙われていますので、正直言えば、報復したいのは間違いない訳ですね。
そんな訳で、ここは素直にミレイア様の策略に乗ってみようかと俺は考えました。
「いえ、王命に逆らうなど滅相もない!
ですが、当の本人が勅旨を受けるに価するのかどうかは、別問題ではないでしょうか?」
相変わらず、口だけは達者ですね。
間違いなくこいつは、口から先に生まれてきたんだと思います。
「では、どうすれば勅旨に価する人間だと証明できるのでしょうかね?」
ここにきて、はじめてくちをひらいた俺の言葉に、ディボは嘲るように鼻を鳴らして言い放ちました。
「なに、簡単なことさ。皆に実力を示し、認められればいい。 もっとも、君にそんな実力をがあるかどうか、疑わしいがね」
えーっと、こいつは真面目にいってるんでしょうか?
ミレイア様に稽古をつけたいなら、周囲のリスペクトを集めろって話ですよね?
俺が通るたびに、城の兵士さん達が直立不動で出迎えてくれるんですが?
正門通過するのも、短剣出さなくても顔パスなんですが?
っていうか、これ以上王都で目立ちたくないんですけど!
俺の呆れ顔に気づいたのか、ミレイア様も先ほどまでの冷淡な表情から、違う意味で表情を消してるんですが……?
「そこまで言うなら、貴方が立ち合ってその資質を確かめればいいじゃないの?」
若干、素を出すと言うか呆れ気味にそう言い放ったミレイア様の言葉に、我が意を得たりと言わんばかりにニヤリと笑ったディボがウンウンとうなづきます。
「ええ、それは良いお考えです。ですが私は先ほど城に着いたばかり。
立ち合いたいのは山々ですが、ここはひとつ私の名代として、ここにいる私の護衛と立ち合って頂きましょう」
そう言って口先番長が指さしたのは、いかにも強そうな外観を持つ、筋肉ダルマみたいな護衛の一人でした。
うーん、ぶっちゃけこいつ一人倒しても、「偶然だ!」 とか、「まぐれだ!」とか、言われる気がするんですよね……
「そこまで言われるのでしたら、護衛の方々全員お相手致しましょう」
うん、ここで護衛の戦力を削っておけば、ミレイア様がディボに決闘を申し込んでも、代理を立てづらくなるんじゃないかと思って、俺はそう口にしました。
こっちとしても、合法的にぶちのめせるなら、願ったり叶ったりですよね!
俺が平然とそう言い放つと、ディボは予想外だったのか、一瞬怯んだみたいでしたが、護衛の面々を見て不敵に笑うと大きく頷きました。
「セルウィン家の方は、随分と自信家でいらっしゃるようで……
私の護衛は、当家でも指折りの強者ですが、それでもよろしいので?」
「ええ、問題ありませんよ?」
俺は表情も変えずに決然と言い切りました。
うん、ぶっちゃけ倍に増えても、この程度の力量なら間違いなく勝てますからね。
ディボは、俺の自信がどこから来るのかわからないらしく、少し困惑しながらも、護衛達に目配せをして木剣を取りに行かせました。
ほら、騎士団の人達が、憐れみの視線を護衛達に向けているのが、分かりませんかねぇ……?




