68.一夜明けまして……
いやはや、よもや8歳であんな駆け引きをすることになるとは、思ってもみませんでした。
勇者さんが引きこもった理由が、何となくわかる気がするアーサー君です。
翌朝は珍しく寝坊をしまして、メイドさんに起こされてしまいました。
寝ぼけて、リーラと勘違いしまして、慌てて飛び起きたのはナイショです。
さて今日の午前中から、ミレイア様との稽古が始まるんですが、めっちゃ気まずいです。
そりゃあ昨日、あんな会話があったばっかりですからね。
俺は騎士団の練兵場に向けて、朝の稽古に向かいました。
「明日から騎士団の連中を少し揉む。アーサーも顔を出せ」
とまあ、ダリルさんからお達しが出ておりますので、ミレイア様に稽古を付ける前に自分の鍛錬に行くんです。
今日ぐらいはゆっくりさせて欲しいと思いましたが、ダリルさんに言っても……無駄です。
それどころか、そんなことを口にすれば、当社比2割増しで訓練量が増加するので、死んでも口に出来ませんね!
練兵場に向けて歩きながら、昨日の出来事について、ついつい考えてしまいます。
神託の勇者については、王様へ明確に否定しましたが、そもそも現在魔王の存在は確認されていませんし、そんな依頼も受けていません。
いっそあの堕女神の所へ、聞きに行ければ話は早いんですが、今のところ手段がないのでどうしようもありませんね。
あっ、そう言えばのじゃロリドラゴンのヴェーラさんが、災厄が起こるかもとか言ってた気もしますね。
まあ事が起こってから、そんな神託降ろされたら、その場で説教してやりますけど。
それに俺が聞いているのは、どう頑張っても文明が発展しないから、前世の知識を持つ俺がこの世界を引っかき回して、刺激を与えて欲しいということ。
魔王のまの字も、聞いていませんからね。
領内の改革については、ある程度目をつけられるのは仕方ないでしょう。
査察官や徴税官が来た時に備えて、何らかの対策を考える必要があるかもしれません。
俺が王家に直接仕えるのは、他に子供がいないウチの家では難しいですね。
いや、いっその事俺が早く結婚して、俺の子供に継がせるって手もあるんですが、俺1人の考えではどうにもなりません。
っと、その前に結婚相手の問題が……
つーか、あれだけ両親ともハッスルしてるのに、なんで第二子が出来ないんだよ!
なんか問題でもあるのかしら?
ミレイア様の問題に関しては、俺もどうしていいのか、正直思い浮かびません。
身分違いの恋とか、物語としてはいいかもしれませんが、現実は世知辛いです。
そこまで考えてから俺はふと足を止めて、練兵場に通じる中庭で空を見上げました。
あれ?俺ってミレイア様の事を、どう思ってるんだろう?
最初の出会いは最悪で、メンドクセーって思ってたはずなんですが、再開してからはおもいっきりデレてまして、ちょっとドキッとしたのは確かですよね。
それに、一応俺も貴族ですし婚姻について、もう少し真剣に考えなければいけません。
前に聞いた話では、今のところ俺に決まった婚約者はいないそうです。
特に周辺領主との仲もこじれていない、縁を結びたいと思う場所や領主も見当たらないと、父様がこぼしていました。
それでいいのか?と、不安にもなりましたが、まあ、盛り返してきたとはいえ、弱小子爵家の息子なんてこんなもんなんでしょうか?
そんな適当な父様とは違って、母様はもう少し現実的な話をしてくれました。
12歳になったら高等魔法学園に入学するのですが、そこで同じような家柄の同年代の子を見つけて、家を通してお伺いを立てるのが多いとか。
俺はふと、周囲にいる女性陣について思い浮かべました。
エリカはどちらかと言えば、保護対象と言うかマスコット枠?
リーラはメイドで、現状オチ担当、ヴェーラさんに至っては種族が違います。
おや……? こうして見ると、俺の周りには結婚の対象として考えられるような女性陣が、いない?
前世の感覚を引きずっていたのか、結婚なんて随分先の話だろうと思っていましたが、そう言えばこの世界って、20歳で晩婚とか言われるんですよね。
成人は15歳ですし……
って事は、成人まで後7年!
ちょっと、大丈夫なんですかね?
そんなことを考えていたら、いつの間にか練兵場に到着したんですが、妙に静かですね?不思議に思って、ふと周囲を見れば見れば……
周囲は死屍累々でした。
おふぅ、ダリルさん初日から、随分と飛ばしていますね。周囲からは小さなうめき声しか聞こえませんよ。
俺はいつものように、軽く準備運動をしてから木刀を素振りして、ダリルさんの所に向かいます。
「おはようございます、ダリルさん」
「おお、アーサー。やっと来たか。スマンがその辺に転がってる野郎どもに回復魔法を頼む。
それが終わったら打ち合うぞ。こいつらでは準備運動にもならん!」
俺は神妙な顔で頷き、周囲に回復魔法をかけて回りました。
うっわ~、骨折とか打撲とか、えらい勢いで揉まれてますね。
でも大丈夫です。キッチリ回復させますし、辛いのは最初の数日だけです。
後は感覚がマヒしてきますから……
ええ、経験者が語るんですから間違いありません。
今朝、寝ぼけまなこで敏腕メイドさんから聞いた話では、予定通り本日からミレイア様の稽古が始まるそうです。
まずは様子を見て10日間、午前中に稽古をつけて、午後からは自由時間となるそうです。
前回は通りいっぺんの所しか王都の中を見れませんでしたので、落ち着いたら観光でもしましょうかね。
それよりも、探索に出たミレーユが、いつ戻ってくるのか?
戻ってきたら、どう対処するか?
その辺も考えないといけませんから、結局は忙しい日々になるんですかね……
ああ、そんな中でも小さな喜びは、お願いしていた城の蔵書室への立ち入りが許可された事でしょう。
城だと油代も気にしなくていいので、少し夜更かしして、夜は本を読みあさりましょうか。
すでに、打撲や骨折に関する回復魔法は、すでに職人芸へ達してますので、今後の予定を考えながら、サクサクと処置していきます。
手早く処置を終えると、俺は木刀を片手にダリルさんの所に向かい、声をかけます。
「ダリルさん、こっちは終わりましたよ」
うん、呆然とした表情とか、腕をさすってる人なんかの不思議そうな顔が見えますが、今は放おっておきましょう。
彼らはいつもの調子だと、これからもう2,3回は同じ運命をたどりますからね……
「よし、それではかかってこい!」
そう言ってダリルさんは、ダラリと木剣を下げたまま、俺に向かって言い放ちます。
俺は全力でダリルさんの懐に飛び込むと、左右の腰に2連撃を打ち込み、そこから木刀を引き、喉元を狙って死角から突きを打ち込みます。
ですが、最初の胴打ちは、ダリルさんの木剣で防がれ、最後の突きもわずかに体を傾けたダリルさんに躱されてしまいます。
ですが、このくらいの攻防は、挨拶代わりみたいなものです。
突きを繰り出して、伸びた上体を利用して、そこから俺は木剣を握るダリルさんの腕を狙い、一転してコンパクトな斬撃を打ち込みました。
しかし、ダリルさんの腕に当たる直前で、目標にしていた腕が掻き消えました。
背中にゾワリとした感覚が広がり、咄嗟に木刀を引きつけて防御に移ると、その瞬間にものすごい衝撃が襲いかかり、両手がしびれます。
ダリルさんが反撃とばかりに、横薙ぎの一撃を繰り出してきたのですが、ダリルさんの剣はホント、どれも一撃必殺並の威力です。
その衝撃で、下がりたくないのに体が吹き飛ばされてしまい、咄嗟に距離を取ります。
ですがその距離はダリルさんの間合いなんですよ。ええ、リーチ的に……
バックステップで距離をとった筈なのに、気づけばダリルさんはすぐ目の前にいて、片手で嵐のような斬撃を無数に繰り出していきます。
うごぉ!このハメ技はズルいです!
一瞬でも気を抜けばあっという間に、先ほど治療した人達の仲間入りをしてしまうんですよ。
ガンガンとおよそ木剣同士とは思えない音を出しながら、防御を続けていると、不意にダリルさんの攻撃がやみました。
その瞬間に、一度距離を取って仕切り直そうとしますが、ダリルさんは木剣を収め、小さくため息をついてしまいます。
「どうしたアーサー? 剣先に迷いが出ているぞ?昨日の襲撃で剣を握るのが怖くなったか?それとも別の理由か?
そんな腑抜けた剣では、稽古を付ける意味が無い」
そう言ってダリルさんは、手近な騎士を捕まえて稽古をつけ始めました。
俺はそれを、ただ黙って見ているしかありませんでした……
短くてごめんね(´・ω・`)




