64.服は……あります!
人間、何事も経験って大切ですね。
今日ほどそう思ったことはない、アーサー君です。
さて今俺は、宮廷料理長であるオッサンこと、ピエールさんに連れられまして、厨房に急いでおります。
もう夕方に近く、時間が限られていますからね。さっさと、とりかからなければ、間に合わなくなるんですよ。
そんな訳で、厨房の入口に差し掛かった訳ですが、問題発生です。
なんと厨房へ入るには、一度衣服を全て脱いで検査を受け、それから着替えないと入れないのです。
いや、全裸になるのは得意……じゃなかった。 『特に』問題がないのですが、問題はその後です。
『厨房へ入るのに、着ていく服がない……』
ええ、厨房備え付けの調理服には当然の事ですが、子供用などありません。
これは盲点だったわ……
なんとか一番小さいサイズを着て中に入りましたが、袖まくりやらブカブカで、動きにくいったらありゃしませんね。
なんだか、検査の人も俺の着替えを見て、ニヤニヤしてますし。
ちくしょう!俺の生着替えを間近で見るとか、金とるぞ!
そんなこんなで、やっと厨房に入ったら、今度はその規模に圧倒されそうになりました。
いや、ちょっとした体育館くらいの、大きさがあるんですよね。
その中でも、今日は大規模な晩餐会など行事が少ないので、火が入っているのは、ごく一部らしいです。
ですが、それでもやはり内部は暑くて、そしてこの国の料理における最高峰って事で、気合が入ってますよ。
中で動いている人達も、非常に真剣な様子で、キビキビ動いていますね。
ええ、だからって、邪魔者を見るような目で、チラチラこっちに視線を送らないで下さい!
「アーサー殿、ここが城の食を司る場所です。如何ですかな?」
「ええ、すごく規模が大きいですね。これなら、どんな料理も作れそうです」
俺がそう言うと、ピエールさんは先ほどまでの情けない顔から一転して、満足そうに微笑んでくれます。
やっぱり、誇りがあるんでしょうね。
「まずは、食材を見せて下さい。そうですね、できれば生鮮食品を先に」
俺の言葉でハッと我に返ったピエールさんは、真剣な様子で頷くと、足早に食材庫に向かいます。
いや、待って! 今の服装ダブダブで動きづらいの!
そう言って案内された食材を蓄えた部屋は、これまた圧巻でありとあらゆる食材が揃っていました。
この食材を見ると、料理人魂が刺激されますね。
まあ、俺の料理経験なんて、前世での大学時代のバイトぐらいですけどね。
大学時代は、まかないが出るって事で、ホテルから小さなレストランまで、色々とお世話になりましたよ。
俺はざっと食材を確認して、備え付けのメモ用紙にガリガリと、今日のメニューを書き出していきます。
「えっ、頂いたレシピを作るのに、手を貸して頂けるんじゃないんですか!?」
ピエールさんは、驚いた様子で俺に声をかけます。
「ええ、時間がかかるメニューもありますし、何より同じメニューを出して、難癖をつけられたら旗色が悪くなりますからね」
そうなんですよね。あの嫌らしい性格を考えれば、うるさい口は料理で塞いでしまうのが一番です。
手を動かしながら、そんな事を考えていましたら、遠くから半鐘が聞こえてきました。
「時間がありません。忙しくなりますよ!」
「わかりました!よろしくお願いしますね」
こうして、俺とピエールさんの戦いが始まったのです。
まず俺の最初の仕事は、人が楽々入れそうな大きさの木箱を用意してもらい、そこに氷を満たす事から始まりました。
これを見た時、ピエールさんをはじめとして、周囲の人達はアゴが外れそうなほど、驚いていましたね。
いや、そろそろ隠すのも限界なので、氷の魔法は近々母様の論文として発表される予定です。
そんな訳で、少々フライング気味ですが、問題ないでしょう。
「これが、あの氷の正体だったんですか!」
なんだか、ガックリとピエールさんがうなだれています。
なんでも氷の調達に苦心していたらしくて、一番近い山脈から冒険者を雇って氷を取ってくるように、依頼を出してしまったとか……
えーっと、なんか色々とすんません。
お詫びに、俺が城へ滞在する間に魔法が得意な料理人に、氷魔法を教えることにしました。
そこからは、まず俺しか作れないであろう、デザートなどを優先して作りながら、ピエールさんをはじめとした料理人達に、指示を飛ばします。
流石、この国いちばんの料理人達でして、俺の指示を受けてテキパキと料理を作っていきます。
こうしてひと通りの仕込みと、盛り付け見本を作り終えた所で、急に呼び出しを受けます。
「セルウィン家のアーサー殿は、こちらにおいでか?」
いきなり呼ばれまして、何かと思えば伝令に来た厨房警備の兵士さんが、俺の寿命を縮めるマジックワードを唱えやがりました。
「ミレイア様が、アーサー殿を晩餐に招待したいと、言伝を頼まれました。急ぎご支度を!」
ゴフゥ、どっちかといえばこの場で、まかない作って料理人達と食べるのを楽しみにしていたのですが……
例によって、拒否権なしのドナドナ決定です。
チラリとピエールさんに視線を向ければ、自信を持って頷いてくれました。
こちらは、どうやら大丈夫そうですね。
俺は呼びに来た兵士さんに連れられて、厨房を後にして自室に戻ります。
っていうか晩餐とか、あんまりしっかりした正装は、持ってきていないんですが?
そう思ってたら、いつの間にか部屋づきのメイドさんが、俺の正装を準備してくれています。
えっ? 俺サイズとか、測った覚えはないよ?
そう言いましたら、「立ち姿を拝見したので、目測で準備させて頂きました」ですって!
『晩餐に着ていく服がない』 は回避できましたが、できれば胃が痛くなりそうな晩餐自体を、回避したかったですね。
そうして、あれよあれよという間に、城の奥に連行されまして、気づけば晩餐会の会場に連れて来られた訳です。
いや~貧乏子爵家とは比べるべくもないのですが、なんというか調度品が無駄に豪華ですよね。
あのシャンデリアだけで、ウチの税収くらいありそうです。
そうして慌ただしく席につくと、ほかの出席者達もぞろぞろと集まってきました。
大半が知らない顔ですが、ああ1人だけ知っている顔が出てきましたね。
うん、例のウシガエルが、のっしのっしと歩いてきますよ。
「これはフロック様、先日はご足労頂き、ありがとうございました」
おれは、営業用スマイルでウシガエルに挨拶をすると、それまで上機嫌だったハズのフロックが、驚いた様子で俺を凝視してきます。
いや、お前にそんなに見つめられたら何か減りそうな気がするから、あんまり見るんじゃないよ。
「っおぉ、誰かと思えば、セルウィン家のご子息殿でしたか。もう到着されたのですな。
しかしこの部屋は、限られた者しか入る事の適わない晩餐の会場、場所をお間違えではないかな?」
なぜかいつもより多めの汗をかきながら、ウシガエルがそんな嫌味を言ってきます。
「いえ、この場で間違いはないと思いますが? ミレイア様より、直々のご招待を頂きましたので」
俺がそう言うと、ウシガエルは苦虫を噛み潰したような顔を一瞬浮かべ、小さく鼻を鳴らしました。
おいおい、仮にも下級とはいえ貴族なんだから、顔芸……じゃなかった、腹芸くらいは覚えろよな。
「そ、そうでしたか、それは失礼を。
そう言えば、本日の晩餐のメニューは、セルウィン領から献上されたあのメニューが出るそうですが。
アーサー殿の口に合えば良いですな。最近は、少々料理人の質が問題になっていまして、嘆かわしい限りで」
こらこら、お前は何故そうまでして自爆したがるのか……
それじゃあ、自分がピエールさんに無理難題ふっかけたのが、まるわかりじゃないですか。
「そうですか、我が領のレシピが早速活用されているとは、嬉しい限りですね」
俺はそう言って、その場をはぐらかし自分の席に戻りました。
ウシガエルみたいに、嬉々として自爆する趣味は持ち合わせていませんからね。
席に戻ってからも、周囲からは遠慮のない視線が向けられます。
まあ、仕方がない事ですが、やはり落ち着かないことは確かですな……
そうこうしていると、周囲の兵士達が一斉に姿勢を正し、石の床を槍の石突で打ち鳴らします。
「エドガルド両陛下、ミレイア王女様、御来場!」
ビシリと芯の通った声が響きまして、奥の大扉が開き、エドガルド王と王妃様、そしてミレイア様がやってきます。
ああ、警護のアランさんもいますね。おかげで、ちょっとアウェー感が薄れましたよ。
全員が起立して王族を出迎え、偉いさんが着席してから出席者達も、それぞれ席に腰を下ろしました。
っていうか、この席順ホントにいいんですか……?
いや、王族の皆様が奥側の中央、その対面中央から普通は序列や位の高い人間が座るわけですよ。
それなのに、そんな順番をすっ飛ばして、俺の席がミレイア様の真向かいって、あなたねぇ……
本来なら、俺の席は一番入口に近い末席でしょう。
俺が席順に戸惑っていると、先程とは違うドレスを着たミレイア様が俺に視線を投げかけまして、ニコッと微笑みます。
なるほど、間違いなくこの人の仕業でしょう。
俺は周囲に聞こえないように、小さく溜息をこぼして運命を受け入れました。
ええい!もう、なるようになれ!
「皆、揃ったか……
今宵の晩餐はフロックのたっての希望でな。
先般献上された、セルウィン領の料理に納得がいかないと言う話で、再び場を設えた。
調度良い時期に、ミレイアに剣を献上するということでな。
そのセルウィン領から、子息のアーサーが城に滞在しており、晩餐に招いたのだ。
アーサーよ―― 料理について、忌憚なき意見を頼むぞ。
今宵はピエールが真剣に取り組み、存分に腕をふるったと聞く。皆、楽しむがよかろう」
王様が、いきなり挨拶で俺の存在に触れまして、ビビリましたがなんとか一礼して対応出来ました。
いや、ホント心臓に悪いから勘弁して下さい。
「それでは、晩餐を始めさせて頂きます……」
初老の給仕長さんが、そう宣言をしまして、まずは食前酒が運ばれて来ました。
「……ほぅ」
そのグラスを見て、まずは王様が感心したように、小さな声をあげます。
晩餐の会場はそれどころではなく、食前酒に釘付けになって、ざわざわと騒がしくなっています。
それもそうでしょうね。
グラスの透明度はあまりよろしくありませんが、それでもグラスを通して、浮かぶ氷と、沈められた赤い液体が見えます。
グラスの表面が結露していますから、よく冷えているでしょうね。
王様が、少し手を挙げて周囲を鎮めると、給仕長に視線を送りました。
「はっ、こちらは食前酒となっております。
食前酒も料理の一環として見た場合、手を加える事で、料理や場の雰囲気を、より一層楽しめるようにとの料理長の配慮でございます。
こちらには、少量の癖のない蒸留酒、それに白ワインと大量の氷、底に沈められているのは、ワイルドベリーのシロップにございます」
ええ、この世界はまだ、カクテルの概念は存在していないようでして、急ごしらえでしたが、食前酒を作ったんですよ。
白ワインに氷が入れば薄くなるので、少し蒸留酒を足して、それにシロップを沈めたんですよ。
レシピは適当ですが、味は保証できますね。
当然、俺とミレイア様の前には、違う種類のグラスが置かれていまして、こちらは果汁100%ジュースに同じくシロップを沈めてあります。
テキーラ・サンライズのアルコール抜きですね。
ミレイア様も喜んでいるみたいですが、なんで俺の顔とグラスを、交互に見るんですかね?
説明が終わると、再び静かに辺りでは会話が交わされておりまして、氷の出処などを推理していますよ。
「氷については、魔法で生成されたものであると聞いております。すでに毒味も済んでおりますので、ご安心を」
周囲の声を拾ったのか、給仕長さんがそう言って場を沈めてくれました。
その言葉で、周囲に一層動揺が走りますが、王様の声がそれを打ち消しました。
「なるほど、セルウィン領での料理は、あのレシピによれば、舌だけではなく目でも楽しむと書かれていた。
これが、その一端であろう」
王がそう言うと、グラスを掲げ乾杯に移ります。
それに倣って、参加者がグラスの冷たさにびっくりしながらも、グラスを掲げます。
「女神様への感謝と、王国の繁栄、そして皆の健康を願って」
そうしてグラスが掲げられ、食事が始まりました。
飯テロ延期!
長くなったので、分割なのじゃ!




