63.トラの餌とオッサン
お転婆な印象だけが先行してまして、ミレイア様が王女だって、うっかり失念しそうになりますね。
色々と未来が怖い今日このごろ、皆様いかがお過ごしですか?
アーサー君は、絶賛ヘコミ中です……
こんな大事になるとは、思ってもみませんでした。
まだ憤懣やるかたないって感じでしたが、ミレイア様は女官達に連れられて部屋を後にしました。
やっぱり色々と予定をすっぽかして、俺の部屋に来ていたみたいです。
さて、俺の部屋は先ほどまでの華やかさから一転、とたんに男くさくなりました。
残されたのは俺とダリルさん、それに数日前に見送ったアランさん、部屋づきのメイドさんですね。
メイドさんが唯一の華といいますか、癒やしかとも思うんですが、密議の気配がした途端、何処かへ消えてしまいました。
そして残された男達……
「……はぁ」
沈黙を破ったのは、例によってアランさんのため息でした。
もうすっかり、苦労人ポジションが染みついちゃった感を漂わせながら、どんよりとした目を、こちらに向けてきます。
うん、ごめんなさい。あそこまでミレイア様が、激怒するとは思わなかったの……
「まあ、いずれ姫様の耳には入るとは思いましたが、これほど早く露見するとは、正直予想外でしたね」
力なく笑ったアランさんは、大きく息を吸い込んで意識を切り替えたみたいです。
アランさんが言うには、もう少し捜査が進んだ段階で、それとなく報せるつもりだったとか。
そうすれば、騎士団の命令として、すでに動き出している捜査に、ミレイア様が余計な口出しをする口実が、なくなる予定だったらしいです。
それが、王族からの勅命になると、色々と厄介になるそうでして……
ホントすんません!
って、いうかミレイア様の、あの直感は何?あれも野生の勘ですか?
「ですが正直なところ、ここまで強引な手段を取ってくるとは、思ってもみませんでしたね」
「何かを企んでいるのか、焦っているのか、それともただの暗愚なのか」
アランさんの言葉に答えたのは、ソファに沈み込むように深く腰掛け、ゆったりと足を組んでいたダリルさんでした。
「直接手を出せば、間違いなく王家から調査の手が及ぶという事に、相手も考えが及ばない筈はない。
そうまでして、何を狙ったのか?それを見極めなければならんな」
それは、俺も襲撃を受けた時から、気になっていました。
「ハワーズ辺境伯家が、何か良からぬ事を企てているのか、それともまったく別の勢力なのか、こちらでも背後を探らせています」
「ああ、そう言えばアーサーの奴隷が、逃がした襲撃犯の1人を追いかけている。
アーサーと俺の連名で書いた書状を持っているから、戻ってきたら報告に来れるように取り計らってくれ」
「おや、アーサー君はいつの間に奴隷を?それも裏の働きができる奴隷とは、随分と高かったでしょう。
上がってきた情報を、こちらにも回して頂けるならば、門番に申し渡しておきますが?」
おお、しれっと情報共有をねじ込んで来ましたね。
流石アランさんはやり手ですな。
っていうか、ミレーユはぶっちゃけ手数料込みでも、激安だったんですが、ネタばらしするのは、得策じゃありませんね。
下手をすれば、奴らの仲間と思われて面会どころか、地下牢拷問ツアーに案内されてしまうかもしれません。
その辺は、ミレイア様にもアランさんにも話を濁して伝えてあるので、しばらくは誤魔化せるでしょう。
「それはモチロンです。ですが俺からもひとつ、お願いがあります……」
そう言って俺は、アランさんに頼み事を伝えます。
いや、あんまり事を大きくすると、後々面倒になりそうな気がしますので……ねぇ。
「ふむ、団長にも相談しなければいけませんので、この場で確約はできませんが、おそらく問題ないでしょう。
しかしアーサー君は、本当にミレイア様と同い年ですか?末恐ろしいですね?」
いや、中身は…… うん、無粋だから言わないでおこう。
「ダリルさんも、了承してくれますよね?騎士団に任せっきりでは、ねぇ?」
そう言って俺はダリルさんにチラリと視線を向けると、案の定非常にいい貌で頷いてくれます。
「それなら俺は騎士団の連中に、埋め合わせをしておかなければいかんな。
アーサー、姫のお守りは任せる。俺は騎士団の連中を、少し 『教育』 しておこう」
そう言って、いい笑顔でダリルさんは、アランさんの方を向きます。
あっ、アランさん絶対に今、『姫様の護衛で良かった』って顔してました!
「ああ、新しく入って俺の顔を知らん奴らも多いだろう。アラン、顔つなぎを頼むぞ」
はい、アランさんの死亡が確定しました!
流石ダリルさん、野生の勘がパないっす!
そうして寿命の縮むミレイア様の突入から、黒い密談大会とアランさん死亡宣告が終わり、ようやく一息つけました。
さっきからあんまり美味しいので、アイスティーを何杯も飲んでいたら、当然アーサー君のちっちゃいタンクの容量が、ピンチになる訳でして……
俺は夕食の前にスッキリしようと、部屋を出ましてトイレに向かいます。
まあ、ここは前回ディボと遭遇した接見の間や、王族の居住区とは離れていますので、再遭遇は多分ないでしょう。
っていうか、いま再会したらヤバそうな気がしますね。
ですが一応、入る前に中を確認して誰も居ないことを確かめ、入ってからは確実にロックしてから、放水を開始しました。
ふい~っ、極楽です。
今日は縮み上がるような事が続きましたからね。わが息子も、ようやく緊張から開放されたみたいですね。
スッキリしまして部屋に戻ろうかと、廊下を歩いていると、何やら宿泊場所の入口らしき所が、えらく騒がしいのが目に留まります。
なんでしょうか?警備の兵士さんと、ちょっと太めのオッサンが、何やら押し問答を繰り返しているようです。
見ればすごく切羽詰まった表情で、中に入ろうともがくオッサンと、困った表情の兵士さんの声が聞こえてきました。
「頼む!後生だから、アーサー様に面会させてくれ!」
「すみません、姫様から厳命を受けておりまして、何人たりともここを通すなと言われておりますので」
「そんな!頼む!俺の頭と体が泣き別れする瀬戸際なんだ!」
「いや私も、よく分からないんですが、もし禁を破った場合は、トラの餌にすると、言われたんです!」
なんでしょうか?王城のトイレには、自動フラグ生成機能が実装されてるんですかね?
俺、こっちに生まれてからは、頭も柔らかいので人の顔を覚えるのは、それなりに得意なんです。
ですが、あんなオッサンとは、生まれてこの方一度も会ったことがありません。
それに兵士さんよ、それフラグだから……
うん、それもアンタの預かり知らない所でね。どう頑張ってもへし折れない、丸太並のぶっといフラグが、さっきおっ立ったから。
はてさて、なんだか面倒くさそうな感じがヒシヒシと伝わってきますが、オッサンがひどく深刻そうな事を言っていたのが、少し気になります。
「私に、何か御用ですか?」
俺がそう言って前に進み出ると、兵士さんはギクッとしたような表情を浮かべ、反対にオッサンの方はビックリした顔を浮かべています。
「アーサー様、お部屋にお戻り下さい!」
兵士さんはここで通しては、自分の命に危険が迫ると言わんばかりに、必死な声で俺を制止します。
俺は兵士さんの腰に手を置いて、残念そうな表情でフルフルと首を横に振りました。
うん、あきらめてくれ。もう、君の運命は決まってるんだよ……
俺のジェスチャーで何かを感じ取ったのか、兵士さんはガックリと肩を落としてうなだれてしまいました。
その隙間を縫って、オッサンがそっと前に出てきまして、おずおずと俺に尋ねてきます。
「あの…… 本当に、アーサー・セルウィン様でいらっしゃいますか?」
失礼な!俺以外に、こんなぷりちーなアーサー君が居てたまりますか!
俺は少し憮然とした顔で、オッサンの質問に答えます。
「ええ、間違いなくセルウィン子爵家が子息、アーサーで間違いありませんが、貴方は?」
そもそもこのオッサンが誰なのか、そこからハッキリさせないと話は進みません。
そう思って訪ねてみると、オッサンはウルウルと瞳をにじませて、いきなりアクションを起こします。
「お願いします!私の命を助けて下さい!」
わーお、きれいな土下座ですね~!
って、感心している場合じゃありません。
「頭を上げて下さい。事情が分からなければ、どうしようもありませんよ?」
俺がそう言うと、人目も憚らずに涙を流しながら、おっさんが顔をあげます。
いや、オッサンの泣き顔とか、誰得なんだよ!
なんとかオッサンを落ち着かせまして、話を聞けばこの人、宮廷料理長のピエールさんという、結構えらい人でした。
それがまた、なんで命を掛けるような事になり、俺に土下座までしたのかといえば……
すみません。また俺のせいでした……
「数日前にセルウィン領から届けられたレシピ集は、陛下の興味を、殊の外刺激されたようでして、私へ即座に作るように命ぜられました。
しかし、当日では如何な王城の食料庫と言えど、食材にも限りがあり、しかもこの季節に氷など、簡単に手に貼る代物ではありません。
そこで一昨日、なんとか一部の料理をお出ししたのですが、その再現度に勅使と同行された方々から、異論が出まして」
「なるほど、それはご苦労をかけてしまい、申し訳ありません」
うん、ここは素直に謝りましょう。間違いなく俺のせいですから……
「いえ、とんでもない。陛下は短い時間でよくやったと、褒めて下さったのですが、その……」
「何かあったのですか?」
「実は前々から、さる北部の大貴族の方から、料理人を推挙したいとの圧力がかかっているのですが。
今回レシピの再現度を理由に、私の罷免を求めてきたのです」
「それが何故、命をかけるなどという、大事に発展したのですか?」
「誠に言いにくい事なのですが、少々頭に血が上ってしまいまして。
売り言葉に買い言葉で、さる貴族の方と諍いに……」
「それで職はおろか、命まで賭ける羽目になったと……?」
「はい、面目次第もございません」
うーむ、何となく言いがかりをつけた相手が、容易に想像できるのは気のせいでしょうか?
ええ、あのでっぷりとしたイヤラシイ顔が、ゲコゲコと頭に浮かんだんですよね。
「そこに、このレシピを考案されたアーサー様が登城なされたと聞き、藁にもすがる思いで、面会をお願いしたのですが」
オッサンの声が、尻すぼみに小さくなっていきます。
まあ、そりゃレシピを考案したのが、こんなガキだとは思いませんよね。
一応、レシピの著者はモーリスとウチの料理長の名前になっているのですが。
そう言えば、俺の発案でうんぬん…… ってくだりが、前書きに書かれていたような?
ああ、そりゃ普通なら部下のおべんちゃらで、領主の息子の名を使ったと考えるのが普通ですよね。
ええ、『普通』 ならね……
よっしゃ、自分で撒いた種ですので、収穫までキッチリ手伝いましょうかね!
次回、飯テロ注意!




