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61.小動物⇔剣姫



誰か、俺に平穏な日常を下さい!

ここ最近、切実にそう思うアーサー君です。



ええ、ミレイア様に淑女としての振る舞いや、嗜みと言うのは存在しているのでしょうか?

突然着替え中の男の子の部屋へ突入してくるなど、淑女失格ですよ!


一度王家の教育担当の人に、小一時間ほど問い質したい感じです。



俺は上半身裸のままでフリーズしまして、鼻息荒く突進してきたミレイア様も、同様にドアノブに手をかけたまま、固まっていますね。


っていうか、俺ノックも聞いてなければ、入室をお願いした覚えもないのですが?



「なっ…… な、な、な、なんて格好してるのよっ!」



慌ててドアの外に戻りながら、ミレイア様の声だけが部屋の中に聞こえてきます。

うん、廊下へ戻る前に顔が真っ赤になってましたね。ちょっと意外な一面を見た気がしますね。



俺も手早く頭を拭きまして、シャツを羽織り身支度を整えました。

突然押しかけられたんですから、格好が不敬だとかは勘弁して欲しいですね。



「もういいですよ」


俺は、柔らかなソファに腰掛けてミレイア様に声をかけました。


「ホントに…… 大丈夫でしょうね?」



この姫様、ホントにこの前と同一人物でしょうか?

なんか、この前は騎士服みたいな乙女感ゼロの服装でしたけど、今は普通に姫様らしいフリルの付いたドレスを着ていますね。


ああ、やっぱり勘違いされてしまったのか、腰の横にはしっかり俺が預けたナイフが添えられていますよ。


言ったら確実に殺されそうですけど、できれば返してください!



そんな格好だけは淑女レディらしいミレイア様はと言えば、頬を赤くしてドアの横からチョコンと顔を出して、こちらの様子をうかがっています。



「ええ、ちゃんと服を着ましたから大丈夫です。それよりも、こんな事がありますから、きちんとノックはして下さいね」


「ええ、そうね…… ちょっと、舞い上がってしまって……」


今のセリフ、聞かなかった事に出来ませんかね?



メイドさんは、ミレイア様が引き起こすハプニングには慣れっこなのか、涼しい顔でお茶を出してくれます。

おお、アイスティーですか!


流石訓練されたメイドさんです。風呂あがりの暑いタイミングで、これは嬉しいですね。



「…………」



ふぅ…… このアイスティーも、もう少し冷えていれば美味しいんですが、氷がありませんからね。

それでも冷たい井戸水で冷やされているんでしょうね。少し果実の香りがしますし、ほのかに甘いので、疲れた体にしみますよ。



「………………」



それで、目の前の小動物は、いつになったらしゃべるんでしょうか?

なんかカップを持ったまま、顔を赤くして時折チラチラと、こっちを見てるんですよ。



「えっと、ミレイア様?」



俺の問いかけにミレイア様は、ビクッと一瞬固まりまして、ますます顔を赤くしていますよ。

おい、この姫様デレやがった!


なにこの生物(いきもの)、不覚にもちょっと可愛いって思っちゃったんですけど!


なんて言うんですかね?エリカの庇護欲とはちょっと違って、からかいやすそうなオーラが出てますよ。

ですが、あんまり調子に乗ると不敬罪で処刑台送りですから、なんとももどかしいですね。



俺は無言が耐え切れなくなりまして、共通の話題を切り出すべく立ち上がりました。

いや、そんな心配そうな顔しなくても、追い返したりしませんから!


クローゼットを探すフリをして、空間魔法から木箱に入った献上品の脇差しを取り出します。


静かにテーブルにそれを置き、ミレイア様の反応を見ます。



おや?さっきまでの小動物オーラが消え去りまして、目に光が戻ってきましたよ?



「……開けてもいいかしら?」


「どうぞ、そのためにお持ちしましたからね」



俺はそう言って、わずかに腰を浮かしました。

いや、何となくね。いつでも逃げられるようにしておいた方がいいって、本能が訴えてるんですよ。ええ。



ミレイア様はゆっくりと木箱を開けて、その中から布に包まれた包みを取り出して、スルスルと解いていきます。

白い布が取り払われて、姿を現した真紅の拵えは、思った通りミレイア様によく映えますね。



見惚れたように脇差しを見つめていたミレイア様は、チラリとこちらに視線を向けました。


「抜いてもいいかしら?」


「どうぞ、親指で鍔を押し上げて、鯉口を切ってから抜いて下さい」



ハバキと鯉口がピッタリと密着していますからね。無理に引き抜くと勢い良く抜けて、ケガをしてしまいます。


さっきまでのオドオドは、ホントに消え去りまして、クンと持ち上げた鍔の下から、ハバキとわずかに刀身が覗きました。

そこからは何の抵抗もなく、滑るように抜けてきます。


うん、ミレイア様すでに脇差しに夢中で、俺のことなんざ一切目に入っていないみたいですね。


コトリと鞘をテーブルに置き、見上げるように切っ先まで独特の刃紋を眺めてから、ほぅと小さくため息を吐きましたよ。


いや、濡れるッ!! とか言い出さないでしょうね?


なんか、恍惚とした顔してますよ?



「本当に美しいわね……」



うむ、それに関しては、完全にミレイア様に同意ですね。

エルモさんの腕はホントに素晴らしいとしか言いようがありません。


それでも謙遜なのか、はたまた事実なのか、エルモさんは「まだまだ、師匠の足元にも及ばない」なんて言うんですよね。

いや、エルモさんがその域に達するのも、俺は時間の問題だと思いますよ?



「前に、アーサーの剣を見せてもらった時も思ったけど、本当に独特な形をしているのに、すごくキレイ」


「ええ、一種の完成された形ですからね。すべての形に意味があるんですよ」


そう言って、各部の名称や機能性を説明し、ミレイア様もそれを熱心に聞いてくれました。



「なるほど、この独特な反りにも、そう言う意味があるのね……」



なんだか、2人とも話に熱が入ってきまして、ミレイア様なんて今にも脇差しを振り回しそうですよ。

これはいったん、会話の流れを変えたほうが良さそうです。


「ミレイア様、一度刀を鞘に戻して下さい。木刀も持参していますから、それに持ち替えましょう。

もしこの場で刀にキズが入ったら、まだ献上前ですからね。俺の責任になっちゃいます」



ミレイア様は少し不満そうでしたが、俺の責任って言葉に反応して、渋々ですが刀を納めてくれました。

伝達式は、予定通りなら明後日ですからね。それまでは、待ってもらわないといけません。


俺は脇差しを丁寧に箱へ収めなおして、クローゼットに向かうと先程と同じ要領で空間魔法を展開します。

まずは脇差しを仕舞い、その代わりに2本の木刀を取り出しました。


この木刀も、俺の自作ですね。

大森林に入って探し出した赤鉄樹という、メチャクチャ硬い木を削りだして作ったワンオフ品です。

姫様の刀を作る相談をした後で、ヴェーラさんに挨拶に行った時、ついでに採取しておいたんですよ。


まあ、練習で使ってくれるだろうと、簡単に考えていたんですが……

よもや持参して自分が稽古をつける羽目になるとは、予想もしてませんでしたね。


実を言えば赤鉄樹の枝は、トロールやオーガのこん棒に使われたりしますね。

その強さや強度は一級品ですから、簡単に相手を撲殺できる物騒なシロモノだったりします。



「これは俺が作ったんですが、練習用に使って下さい」


そう言って木刀を差し出すと、何を勘違いしたのか少し顔を赤らめたミレイア様が小さく頷いて、そっと受け取ってくれました。

あれ?また少し小動物が入ってますよ? もしかして、ミレイア様って、剣を持つとマジで人格変わる系?



俺は気を取り直して、自分も練習用の木刀を前にかざして、先ほどの話の続きを始めました。



「先程の話の続きですが、この刀の反りも意味があるんですよ。

騎士の持つ長剣は、重さと長さを生かして押し切るのがメインですが、この刀はあくまで、切る事を前提に造られているんです」


そう言って正眼に構えた木刀を振り上げて、スルリと振り下ろします。

こうやって横から見ると、いかに対象物を切るのに適しているかがよくわかるんですよね。


それを見たミレイア様は、俺の横で同じように木刀を振りますが、やはりこれまで練習してきた西洋剣の型が色濃く出ていますね。

どこか、直線的な振り方なんですよね。


「もっと手首を絞って、手前に引くようなイメージで振り下ろして下さい」


「わかったわ! それにしても……フッ! ……難しいわね」



格好がドレスで、木刀を振り回すというのもなかなかにシュールな絵面ですが、まあ本人が望んでいるのでいいでしょう。

それに、幸いにして過分なほど広い部屋に通されましたので、素振りをするぐらいのスペースは十分にあります。


ああ、さっきお茶を出してくれた有能なメイドさんですがね。

姫様に脇差しを渡した時には、気づいたら部屋の一番遠い場所に瞬間移動してましたよ。流石ですね!



「もう少し、肚を意識して足先から伝わる力を切っ先に乗せるように!」



なんだか俺もいつの間にか指導に熱がこもってきまして、腕の振りや姿勢について声をかけてしまいます。

昔ジジイの所で、幼年部の指導をしていた事を思い出してたんでしょう?



「そうじゃない。切っ先で円を描くつもりで!力ではなく速度を意識しろ!」


「はい!」



気づけば、ミレイア様の手をとって素振りの修正をしていまして……



「……あっ」



ふと我に返って小さく声を出したら、どうやらミレイア様も、それで状況に気づいたみたいです。



「あっ……」



俺は赤くなったミレイア様を見て、咄嗟に手を離してしまったんですが……



やめてください!

そんな切なそうな顔で俺を見ないで!



もしかして、俺は地雷原でタップダンスする趣味でもあるんでしょうか?




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