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58.のんびり旅を……楽しめませんでした!


いや、すごい人だとは思ってましたけど、予想以上の凄さに若干引き気味のアーサー君です。




はい、2日目のフリツ子爵領の宿場町では特に何もなく、平穏無事に過ごせました。

ただし、ミレーユが夕食の時に「こんなにいっぱい魚を食べていいのニャ!」なんて大声で言いましてね。

食堂で思わず苦笑いでしたよ。ええ。


そして次の日の朝です。

予定では今日の夕方には王都に入りまして一泊。


明後日には、城へ報告に赴く予定ですね。



さて、今日も昨日と同じようにミレーユに前方を警戒してもらい、俺とダリルさんは油断なく周囲を警戒しながら進んでいきます。

ただし、昨日までよりも少し視線に鋭さがあるというか、警戒のレベルが一段上がった感じです。



挿絵(By みてみん)



っと、いうのも進む場所の問題でして、セルウィン領から王都に向かうには2通りのルートがあるんです。

ひとつはホラーク男爵領から、カシュカ伯領を抜けて北に向かうルート。

もう一つは同じくホラーク男爵領から、俺達が通ってきたフリツ子爵領を西に向かうルートですね。


昨日の夕食時にダリルさんから聞いた話では、もしダリルさんが襲撃するとして考えたら、ここから先で網を張るだろうと予想を教えてくれました。

いや、その前にダリルさんに襲われたら、間違いなくどうやってもへし折れない、強固な死亡フラグなんですが、それ。



挿絵(By みてみん)



まあ、言われてみれば簡単なんですが、スタートとゴールが決まっていれば、必ず通るルートが発生する訳ですね。

それが、ウチの領からホラーク男爵領までの内のどこか。そして、フリツ子爵領から王都までの街道……


つまり、本日のルートがそれに当たるわけです。


「明日は何が起こるかは分からん。今日はゆっくりと休んで英気を養え」



昨日の夕食時にダリルさんからそう言われたら、英気を養わないわけには行きませんよね。常識的に考えて。


そんな訳で、早めの夕食を終えてからは、ミレーユを散々モフってから満足して床につきましたよ。

うん、十分に英気は養った!



そんなこんなで今日は、少し警戒して進んでいます。

しかし、周囲は牧草地や小麦畑が広がって、まばらな森が周囲に点在する非常にのどかな光景ですよ。

いや~、夏の青空と緑がキレイですね。



……おや?


前方の方で何かがキラリと光りましたね。あの光は……


「……ダリルさん」


「ああ…… あの猫人族の娘、どうやらいい仕事をしたようだな」



ええ、ミレーユを一行に加えるにあたり、幾つか取り決めをしたり、こうした緊急時の合図を決めたんですね。

俺は同じように手鏡を出すと、キラリと光が反射した方向に向けて、光を返します。


俺とダリルさんは、とりあえず街道沿いの樹の下で木陰に入り、ミレーユが到着するのを待ちます。



「戻りましたニャ! この先の丘を下った所に、いくつか森があるんだけど、なんか妙な匂いがするニャ!」



息も切らさずに俺達の所に戻ってきたミレーユは、開口一番そう言うと、褒めてと言わんばかりに耳をピクピクと動かしている。

その言葉を聞いたダリルさんは、無言のまま馬を降りると、適当な枝を拾い地面に何やらガリガリと線を引き始めましたよ。


馬上から軽くミレーユの頭をなでてから、俺も馬を降ります。いや、まだほら、身長差がね……



「おい猫娘、この先の街道の様子と森の位置はどうなっている?」



ダリルさん…… 言わんとする事は判るんですが、短縮し過ぎじゃないですか?ミレーユは妖怪じゃないから!


俺の無言のツッコミは華麗にスルーされ、ミレーユもしゃがみこんで枝でガリガリと、森や街道の位置関係を書き始めましたよ。


ところで、魔物がいるんですから妖怪のたぐいは、アンデットに分類されるのかな?

はい。素朴な疑問です。



俺は相談する2人をよそに、魔力探知の範囲を広げ周囲に目を凝らします。

時折、視線を下に落としてダリルさんとミレーユの話を頭に入れていきました。


ミレーユの話をまとめると、ここから3キロほど行った所に丘があるらしいです。

その丘を登って下った先は、まばらな森になっており、そこから複数の人間のニオイがするそうだ。


その丘は視線を遮るものがなく、丘の頂上を超えると見つかる可能性があるので、丘の下は確認できなかったらしい。


地面の汚い図をじっと見ていたダリルさんは、俺とミレーユに鋭い視線を向けてきます。

ですが、これまでの厳しい視線ではなく、何かを考えるような目線です。


何となくその意図がわかった俺は、その視線から目をそらさずにわずかに頷き、じっとダリルさんの言葉を待ちました。


「猫娘、ここから北に街道をそれて迂回し、森の中を確かめてこれるか?」


不意に俺から視線を外したダリルさんは、ミレーユに目を向けます。

それだけでミレーユの耳はビシッと立ち上がり、コクコクと頷きます。


「できるニャ!馬では厳しいけど、徒歩なら丘を迂回して森の中に入れるニャ!」


なんか、ミレーユも本能的にダリルさんの強さを察している感じですね。

俺には甘えてくるんですが、ダリルさんには一定の距離を保って受け答えもハキハキしてますね。


あれ? たしか俺がご主人様だったような……?



二言、三言と言葉をかわしてからミレーユは、街道を外れて麦畑の中を突っ切り、見えなくなってしまいます。

魔力探知で見れば、かなり速いスピードでまっすぐに北へ向かっていますね。



俺とダリルさんは、ミレーユが戻ってくるまでここで待機という事になりました。

わずかに水筒の水で喉を湿らせて、街道の先に目を凝らします。


相変わらずのどかな風景は続いていて、ミレーユの存在がなければ、今も警戒は怠らずともどこかのんびりと馬乗で揺られていたでしょうね。


どこかでチチチッと、小鳥が鳴いて飛び立ち、風が小麦畑を撫でて過ぎ去って行きます。



「アーサー、どうだ……? やれそうか?」



不意にダリルさんが、俺に声をかけてきました。


その言葉の意味は、十分にわかっています。



「ええ、問題ありません」



いまさら魔物を散々仕留めていますし、この世界に転生した時から、こんな状況になるのは薄々わかっていましたからね。

っというか、散々っぱら前世で武道をやってまして、その頃から『もしかしたら』と思っていましたね。



うん、自分で思っているよりも、かなり落ち着いていますね。



「……そうか。それならいい」



短く、それでいて満足そうに答えたダリルさんも、同じように街道の先に目を向けます。



俺は無言のまま、空間魔法を展開しまして、新作の小太刀を取り出しました。

相手が人間なら前に危惧した通り、リーチの長さが問題になるかもしれません。


試し切りもなく実戦に使うのは気が進みませんが、前世むこうでは毎日のように刀を握っていましたから、大丈夫でしょう。


ダリルさんは俺の新しい刀に目を細めましたが、あなたの剣もエルモさんの特注ですからね。


脇差しの位置を直して、腰に小太刀を差し込みます。やっぱり2本挿しは落ち着きますね。


よし、これで戦闘準備は完了です。





小一時間も待ったでしょうか?

ミレーユが戻ってきたのが魔法探知に引っかかります。

半径1キロほどを捜索していましたから、まもなくここに着くでしょう。


俺は、街道の先から麦畑の方へ向き直ると、少しだけ風の流れとは違う動きが見えまして、ミレーユが顔を出します。


往復で結構な距離を走ってるはずですが、息一つ切らしてないとかもしかしてミレーユって、体力バカですかね?


「ミレーユ、疲れてない?」


俺の問いかけに、『うにゃ?』という表情で小首を傾げたあたり、たぶんそうでしょう……



「よし、ご苦労だったな。それで、森の中はどんな具合だった?」


うん、ダリルさんはブレませんね。



「ニャ、森の両側に別れるように分散して配置されてるニャ。

数はどっちも10人ぐらいずつで、ガッツリ武装してるニャ!」


ミレーユの答えに、ダリルさんは少し意外そうな表情を一瞬だけ浮かべ、それから腕を組んで、何かを考え始めました。



俺も盗みが失敗に終わったとすれば、暴力に訴えてくるのは考慮していましたが、ここまで本気で殺りに来てるとは思いませんでした。

言ってみれば王家が呼んだ貴族をぶっ殺すとか、王家舐めてんの?って話ですからね。


もし俺らに何かあったとすれば、王家は威信にかけて犯人を探しだすのが、容易に想像できます。

いや、それ以前に俺に何かあれば、間違いなく王都が火の海になりますよ?



「……思っていたよりも、数が多いな」


俺が思わずそう口走ると、ダリルさんはニヤリと笑ってから、楽しそうに口を開きます。



「なに、王都に着く前の軽い運動だ。楽しめ……」



ああ…… 間違いなくダリルさん、スイッチ入りましたね。



そう言うとダリルさんは、地面の図で作戦を説明し始めます。




なんだか、ダリルさんがすごくイキイキしています。


ごめん、誰か『気のせいだよ』って言ってくれ!



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