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57.先を急ぎましょう



昨晩はお楽しみでしたかって?ええ、モフり倒しましたからね!

何かムツゴ○ウさんになったような気がする、アーサー君です。



ミレーユから聞き出した情報によれば、盗賊ギルドの仲介人からの依頼で、俺達が高価な剣を持っているらしいから、それを盗んで欲しいと依頼されたという。

それで宿に入った所から観察していたが、ダリルさんがかなり強そうだったので、陽動として男達をけしかけたそうだ。


まあ、肝心かなめの刀は、空間魔法で俺が肌身離さず確保してますから、完全にミレーユは無駄足というか、捕まり損だった訳ですが……



それで、肝心の依頼を出した者の話は、盗賊ギルドが間に入っており、これ以上の調査は難しいだろうという事になりました。

なんでも盗賊ギルドは、有名な闇ギルドで非合法ではありながら、各方面に一定の影響力があり、その顧客には大口の商人や、名だたる貴族もいるらしいです。

それ故にギルドを潰すことも、捜査も及ばないらしいですね。


今回の襲撃は防ぐ事が出来ましたが、黒幕の依頼者が捕まっていないと言うことは、まだまだ油断はできませんね。



ん?ミレーユがどうなったかって?



「ハァハァ、ひどいニャ…… こんなに撫で回されて。もうお嫁に行けないニャ……」



尋問の後で、こんな不穏な一言をのたまったわけですよ。


何か嫌な予感がした俺が、どういう意味かと聞いてみれば、本家ぬこ様がスリスリやるマーキングと同じように、猫人族の耳や顎下には、フェロモンを発する器官があるらしいのです。


そんな大切な場所を、縛られて不可抗力とはいえ、他人に撫でられまくって匂いをつけられたということは、猫人族の間では求愛にも近い行動らしいのですよ。

えーと、臭い付けっていうのは、ペアというかつがいを識別するための大切な行為らしくて、他人の匂いがついてしまうというのは、アウトらしいです。


ええ、まあ。何となく後半から薄々気づいちゃったんですが……


どうやら、またやっちゃったみたいです。


「もう逃げたりしないニャ…… でも、責任とってほしいニャ」


そう言って縄をほどいても、ヘナヘナと座り込む始末です。


そんな訳でダリルさんと少し相談しまして、ミレーユは奴隷として契約することになりました。

何となく領地に帰った後の事が怖いのですが、他に選択の余地はありません。


いや、モフり倒した手前、情が湧いたというか……

盗人とは言え、犯罪奴隷として劣悪な環境で酷使されるのは、流石にはばかられます。

そう話をすると、夜だったのに自警団のおっちゃんが、光の速さで奴隷商人を連れてきまして、あっという間に契約完了となったのですよ。


なんでも、こうした場合に備えて専属の奴隷商人がいるという事で、しかも契約手数料の一部が、自警団に入る仕組みらしいのです。


なんという手回しの良さ……


そんな訳で、手数料と奴隷の代金合せて、金貨数枚で驚くほどあっさり、契約完了してしまいました。



いやはや、8歳にして奴隷を持ってしまいましたよ。どうなってるんでしょう?

奴隷ハーレムとか、以前は少し憧れましたけど、現状の異性の比率を考えると……ねぇ?



現在ミレーユはと言えば……



魔力強化で脚力を強化して、俺達の前方をひた走っています。

ええ、斥候として前方の露払いをしてもらいながら、王都への道を順調に消化中ですね。



今回初めて奴隷契約とか結んだわけですが、どうやらこの世界では体のどこかに奴隷契約の刻印が刻まれるらしく、首輪は必要ないんだそうです。

一応、それ専用の首輪も存在するらしいのですが、それは奴隷であることを公に示す場合や、単なる趣味とか……


趣味って、アンタ……



まあ、そんな感じで外見上は普通の人と、それほど変わらないらしいですね。

もしかすると、領内でもすれ違ったうちの誰かが、誰かの奴隷だったりするかもしれません。


奴隷契約の刻印は意外に便利でして、例えば魔力探知に共鳴するというか、詳しい原理はわかりませんが、現在位置の特定が容易にできます。

それに、両者の血を垂らした契約文書スクロールに書かれた契約内容に違反すると、死なない程度の激痛が全身に走るそうです。

その痛みは、こちらでも任意に与えることができるそうですが、今のところは必要ないので使っていません。



それで、街道といえども油断していると、ランクの低い魔物が稀に出てくるのですが、そんな魔物もミレーユが仕留めてくれますので、意外と楽ちんですね。



「これまでのところ、先に異常はないニャ!」



昼過ぎの休憩で、立ち寄った休憩所でミレーユが、そんな感じで報告をしてくれます。


「そっか、ありがとね。お腹すいたでしょ。スープ作ったから食べよう」


俺はそう言うと椀によそったスープとパンを、ミレーユに差し出しました。


「んニャ!奴隷になった亜人に、こんなまともなご飯食べさせてくれるのかニャ!」



いや、これ普通の携行食で作ったスープと、保存用の固いパンですから。

なんか喜んで、むしゃむしゃ食べてますね。


これまで、どんな食生活してたんだ?



「まあ、ちゃんと役に立つ仕事してくれるんなら、まともな食事とキチンとした生活は保証するから」



そう言うと、ミレーユは目を輝かせてコクコクと頷いてくれます。

なんか安っい忠義みたいな気もしますが、まあいいでしょう。



ダリルさんはと言えば、アクシデント的にミレーユが旅に加わる事になっても、特に動じることもなく「好きにしろ」と言ってくれました。

まあ、こんな感じで突然旅に加わったミレーユですが、なんとかなるでしょう……



……なるのかなぁ?




さて、ホラーク男爵領も無事に通過しまして、今夜の宿はフリツ子爵領の途中で取ることになりました。

ここの子爵領は、ウチと似ていまして北部に山岳地帯がそびえており、平地面積はそれほどでもないのですが、東側の二領と接していて王都との交通の要所として、それなりに栄えています。


距離的にも王都まで約一日の距離ですので、食料品などの輸出もあり、羨ましい限りですね。


これだけ人の往来があれば、何があるかわかりません。

さすがに昨日の今日で襲撃されるかどうかは未知数ですが、用心に越したことはないでしょう。


そこで今日も早めに宿場町に到着しまして、宿を取った後で、子爵領の騎士団に情報収集に来ました。

ええ、昨日は寝てしまいましたが、今日は後学も兼ねてダリルさんが情報を聞くのに、同行させてもらいましたよ。


宿から少し離れていましたので、宿は部屋だけをキープして荷物もそのままに馬で、まずは騎士団の詰め所に向かいました。


流石に宿場町で馬を乗り回すのは気が引けましたが、その辺はミレーユが手綱を引いてくれまして、すごく助かりますね。


そうこうして、目的地である騎士団の詰所に到着したみたいです。



「すまないが、少々訪ねたい」


「ん?何かな?」



騎士団の詰所に近づいたダリルさんと俺、それからミレーユは、少し気の抜けた感じのする立番の兵に出迎えられます。


何でしょうか?少し牧歌的というかフレンドリーというか……


こうして見るとウチの騎士団って、手前味噌ながらかなり統率がとれているんじゃないんでしょうか?


いや、王都の兵や騎士達もそれなりに規律正しいと思いましたけど、ウチの場合は上役が『これ』(ダリル)ですからね。

比較するのが可哀想と言いましょうか……ゴニョゴニョ


まあ、それでも騎士団の任務といえば、年に1~2人は死者が出るような危険な職場なんですが、ダリルさんが騎士団長に就任してからは、一人の死者も出していないんですよね。


訓練でのケガ人は、山のように出ますけどね……



「俺はセルウィン子爵領の騎士団長ダリルと言う者だ。責任者を呼んでもらえるか?」


ダリルさんが懐からウチの紋章が入った短剣を出しまして、立番の兵に示します。


「はぁ。少しお待ち下さい」



その兵士が少し要領を得ないと言った感じで、のんびりと奥に引っ込んで行ったのですが、次の瞬間にものすごい勢いでこちらに走り寄って来る足音が響きました。



「ハァハァ…… ダ、ダリル様がおいでになるとは、聞き及びませんで、出迎えもせず…… 失礼致しました!」



壮年の騎士と思しきおっさんが、鎧をガチャガチャ鳴らしながら全力で駆け寄ってきましたよ!



「いや、今回は身分を公にしての移動ではない。楽にしろ」



ダリルさんはそう言いますが、騎士さんは一向に直立不動を崩そうとしません。



「詳しい話は、どうぞ中でお伺いしますのでお入り下さい!おい、誰か馬をお繋ぎしろ!」



そう言ってあれよあれよという間に、最上級の扱いで詰め所の奥に案内されてしまいました。



「まずは紹介しておこう。こちらはセルウィン領主のご子息であるアーサー殿だ。

今は勅旨を受けて王都に向かう途中だが、故あって身分を隠して向かわれている」



俺をそんな風に紹介してくれたダリルさんの言葉で、おそらくこの場で一番偉いであろう騎士の方が、ビシリと頭を下げてくれます。


「ご紹介にあずかりました、セルウィン子爵家が長子、アーサーです」



そうして挨拶を交わしてから、ダリルさんは本題とばかりに言葉を発します。



「さて、これから俺達は王都に向かう訳だが、ここ最近、治安や周囲に不穏な兆候や動きはあるか?」


「いえ!これまで王都への街道で不審な兆候や、犯罪の報告はありません!」


「ふむ。そうか…… 俺達は早朝に出立するが何かあれば、この先の宿屋に泊まっている」



ガタッと、椅子を倒しかねない勢いで再び直立不動になった騎士さんを残して、ダリルさんはスタスタと入口の方へ向かっていきます。



「つかぬことを伺いますが、ダリルさんってそんなにすごい人なんでしょうか?」



俺はダリルさんの後ろ姿を見ながら、未だに直立不動を崩さない騎士さんに小声で聞いてみました。

昔からちょっと疑問だったんですよね。王国騎士団に所属していたのは聞いているんですが、それ以上のことは結局聞けていないんですよ。


この騎士さんは、他領の人ですが何となくダリルさんと面識があるようだったので、ふと思って聞いてみたんです。


よく、王国騎士団を引退した後は郷里に戻って、地元の騎士団の指導や訓練、自警団の組織に携わる人が多いと聞きます。



「そうか、君は知らないのか。あの人はね……

王国騎士団の中でも最強と謳われた、赤獅子中隊を率いていた方だ。


現役の頃には、居合わせた冒険者と協力して、とある貴族の反乱を、たった20人で鎮圧した、恐ろしい伝説を持つ人だよ」




当時の様子を知っているのか、騎士さんはブルリと震えてから、そう小さく答えてくれました。



「アーサー、いつまでお喋りしている! 置いていくぞ!」



入口の方から、ダリルさんの大きな声がひびきました。

毎日の稽古のせいでしょうかね?


俺と騎士さんは、その声に条件反射でビクッと反応して、ダッシュで入り口まで走りましたよ。ええ……



入り口にたどり着くと、馬の番をしてくれていたミレーユが、手綱を引いて待っていてくれました。

ダッシュで戻ってきた俺の姿を見て、ダリルさんは何も言わずに馬にまたがります。



「ああ、そう言えば……」



俺も置いて行かれてはマズいので、慌てて馬に乗ろうとしている時に、思い出したようにダリルさんがつぶやきます。



「ここの騎士団の連中は、少し規律が緩んでいるんじゃないか?

今度、チェス…… ウチの領主殿に頼んで、交換訓練が出来ないか聞いてみてやろう」



「ああ…… あ、ありがとう……ございます……」



うわ~、騎士さんの顔から、一瞬で色が抜け落ちましたよ。


でも、その気持ちは痛いぐらい良く分かります。

なんせ、その絶望的な空間に、俺も5年近く放り込まれていますからね……



あれ?気のせいですかね?

一瞬だけ、ダリルさんがニヤリとしたように見えたのは?



うん、きっと気のせいでしょう……たぶん。



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