55.王都に向けて旅立ちます!
まったく、領内の仕事に集中したかったんですが、本社の呼び出しには逆らえませんね。
はい、あれよあれよという間に、出立の日となりました、アーサー君です。
「アーサー、気をつけてな」
「無事に帰ってきてね。何かあったら母様も王都に行くからね」
いや、母様あなたが来たら、王都が火の海になる未来しか見えないのですが……?
「アーサー君……」
エリカが今にも泣きそうな顔で、ロイドさんの手を握りこちらに視線を向けてきます。
俺はそんなエリカに微笑んで、軽く手を振りました。
「アーサー君、気をつけて行ってきて下さいね」
うん、ロイドさんは一見するとさわやかな笑顔なんですが、相変わらず視線だけは怖いです。
「今生の別れという訳でもない、そろそろ出発するぞ」
おおぅ、ダリルさん、そりゃそうなんですが、情緒もなにもあったもんじゃないですわ……
そうしてみんなに見送られて、俺とダリルさんは領主館からこうして出発したのです。
パカラッ、パカラッっと馬が進み、順調に街道を進んでいきます。
俺は騎士団の所有している馬の中でも、気性の大人しい栗色の馬、ダリルさんは黒の大きな軍馬ですね。
それぞれの馬には、両サイドにバッグが括りつけられて旅の道具が入れられており、その上に折りたたまれた毛布が載せられています。
一応、これからの計画では途中の街で宿を取るか、野宿をしながら王都を目指すことになっています。
俺が考えただけで、本当に宿屋が取れないかどうかはわかりませんからね。
「ダリルさんは、本当に何か仕掛けてくると思いますか?」
周囲に油断なく視線を向けているダリルさんに向けて、俺は訪ねます。
いや、道中ダリルさんが無言でちょっと辛くなったとか、そんな事はありませんよ。
「余計なことは考えなくていい。しっかりと周囲に注意を向けていれば、何かあっても対応できる」
アッハイ、その通りですね。
まあ、俺の場合は周囲に魔力探知を走らせまして、周囲1キロ程度を常にスキャンしています。
今のところは、それほど変な反応はありませんね。
そしてまた無言ですよ……
することがなくなった俺は、小便小僧ことディボがそこまで陰湿に、俺を目の敵にする理由を考えていました。
まあ、婚約者の前で恥かかされたとすれば、判らんでもないんですが、ミレイア様と結婚決まってるんですからねぇ。
そのまま王族の仲間入りすれば、それこそ将来は安泰でしょうに……
ナニが小さい男ってのは、肝まで小さいんでしょうか?
他にも何か見逃している要素とかあるんですかね?
う~ん、情報が足りません。
そうこうしているうちに、セルウィン領を抜けまして、お隣のホラーク男爵領に入りました。
ここもウチに負けず劣らず、お世辞にもあまり発展しているとはいえないのですが、幾つか特産品があるおかげで何とか回ってるみたいですね。
初日はそれほど無理はしませんで、宿場町で宿を取ることにしました。
まだ日は高いのですが、もしここで懸念しているような宿泊拒否があった場合、他の宿屋に当たるか、もう少し進んで野宿をする場所を探す必要があります。
前世の街みたいに街灯がある訳でもないですし、夜はほんとに真っ暗ですからね。
「2人だ。今晩の宿は空いているか?」
「はいよ、合せて銀貨1枚だよ」
「ああ、それでいい」
「部屋は3階の奥だよ」
そんな感じで目についた宿屋に入ると、考えすぎだったのでしょうか?すんなり泊まれました。
ちょっと拍子抜けな気もしますが、よくよく考えてみれば王都からかなり離れた場所で、俺達を宿泊拒否させるとか、どれだけの行動力と影響力だよって感じですね。
「日が落ちたら下で飯にする。それまではよく休んでおけ。俺は少し出かけてくる」
そう言うとダリルさんはフラリと何処かへ行きまして、俺は宿屋で一人取り残されました。
さて、長距離の乗馬で少々内股が痛いですが、それほど疲れているわけでもありません。
本当であれば他の領内を見て回りたいところですが、荷物にはミレイア様への刀もありますから、これを手元から離すわけには行きませんね。
大人しく宿屋で待っているとしましょうかね……
走行して日が暮れて、戦闘時の豪快さとはやや異なるダリルさんのノックで、俺は目を覚ましました。
「おい、アーサー飯に行くぞ」
おや、もうそんな時間ですか?
気づけばあたりは暗くなってまして、いつの間にかウトウトしてしまったみたいですね。
そう言えば、昨晩はあんまりよく眠れなかったような……
俺はベッドから降りまして、ダリルさんとともに1階の酒場を兼ねた食堂に降りました。
さすがに宿場町というべきか、かなり賑わっておりましてざわついていますね。
こういう雰囲気で食事って、なんというかファンタジーっぽくて、ちょっと興奮します。
空いた席に腰掛けまして、ダリルさんはエール、俺は水を頼んでしばらくすると食事が運ばれてきました。
メニューは俺の顔ほどもある大きなパンと、スープに蒸かした芋、それに鶏肉のステーキでした。
けっこうなボリュームですね。最近は手の込んだ料理が続きましたから、こういう素朴な料理も悪くありません。
えっ?なんで手の込んだ料理が続いたかって?
いや、ほら俺がいないと冷蔵庫の維持が難しいんですよ。
そんな訳で冷蔵庫掃除も兼ねまして、豪勢な食事が続いたんですよ。
喜んでたのはリーラくらいでしょうか?
使用人達にも、お肉がいつもより多く配られたらしいのです。
「それで、宿についてからダリルさんは、どこに行ってたんですか?」
パンをちぎりながら俺はダリルさんに訪ねました。
一応、名目上はダリルさんは俺の護衛ということになっていますが、それを放り出して出かけるってのがチョット気になります。
「ん?ああ、自警団の詰め所に行って、この辺の情報を仕入れていた」
おお、一応仕事してたんですね。
「それで何か収穫は?」
スープでパンを飲み下してから、そう問いかけるとダリルさんが鶏肉を頬張りながら、首を横に振ります。
「この辺では精々が喧嘩やコソ泥程度で、大きな事件や何かは起きてないそうだ」
「そうですか、それなら安心できそうですね」
「いや、油断するんじゃない。この宿場町はセルウィン領から出るならば、必ず通る場所だ。
俺が何か仕掛けるならば、この宿場町か王都に入るあたりを狙うだろう」
なるほど、それも一理ありますね。
俺はダリルさんの言葉に頷いて、食事を続けました。
「おいおい、この酒場はいつから子供が出入りするようになったんだ?」
食事を終えて、そろそろ部屋に戻ろうかと言う頃になって、少し離れたテーブルからそんな言葉が投げかけられました。
まあ、そりゃよっぽどの事情がなければ、子供を旅に連れて行くことは、あまりありませんからね。
「おい、小僧!ミルクでも飲んでんのか?」
そう言って向こうのテーブルから笑い声が上がります。
まあ、酒も入ってますからそのくらいは大目に見ましょう。
それにもう食事も終わりましたから、後は部屋に引っ込むだけです。
実害も出てませんし、放置でいいでしょうね。
ダリルさんに目配せをすれば、流石に目立ちたくないのか俺の意図を察してくれたのか、エールを飲み干して立ち上がります。
しかし、階段に通じる廊下に出るには、例のテーブルの前を通らなければなりません。
俺とダリルさんは、揃って階段に向けて歩いていきますが、いかにもガラの悪そうなそのテーブルの一人が、ふらりと立ち上がって俺達の行く手を塞ぎます。
「おいおい、話しかけてやってんのに無視して、いなくなろうってのか?」
「とんだ腰抜けだな!」
そう言ってゲラゲラと男達は大笑いしています。
うっわ~、知らねぇぞ。俺はまだいいけど、ダリルさんはセルウィン領で犯罪者やら魔物を狩りまくっている、歩く危険物ですよ?
俺を引き連れて歩いている訳ですから、俺にはダリルさんの背中しか見えないんですがね。
MINAGOROSIとか勘弁ですよ?
「おいおい、このガキ。いっちょ前に剣なんか持ってやがるぜ」
おや、後ろからもう一人のバカが俺に絡んできました。
そりゃあ、何があるかわかりませんから、一応帯剣ぐらいはしてますよ。
さすがに小太刀は持ち歩けませんので、いつもの脇差しですがね。
ソイツは無造作に俺の方に歩いてきて、俺の脇差しに手を伸ばしてきました。
左手で俺の頭をわし掴みにして、右手で俺の脇差しを奪いに来ます。
これは非礼を通り越して無謀ってやつですな。
俺は相手の左手を下からつかみ、後ろに一歩下がります。
それだけで刀を取ろうと前かがみになっていた男は、バランスを崩しますのでそのまま横に転がしてやります。
ガシャンと派手な音を立てて、相手がテーブルの角に鼻をぶつけて悶えてますね。
「おい、このガキ!何しやがる!」
うるせぇ、文句なら人の頭に汚え手を置いてきた、そこに転がってる野郎に言って下さい。
頭に血が上ったのか、何人かがテーブルの瓶を割って手に持ったり、懐からナイフを取り出します。
店員のおねーちゃんが悲鳴を上げて、楽しく飲んでいたお客達が、とばっちりを恐れて逃げはじめました。
「刃物を抜いたということは、覚悟はできているんだろうな?」
あっ、ダリルさんのスイッチ入ったみたいです。
「どうします?ダリルさん」
俺は一歩引き下がって、ダリルさんの背中に近づき小声で確認します。
「多少は暴れても構わんが、殺すなよ。それと、身分は出すな」
はい、許可が出ましたー!
油断なく周囲を見ていれば、こっちには2人。ダリルさんの方には3人ですか。
特に問題はないですね。っというか2人とも腰が引けてますよ。
これなら刀を抜くまでもありません。
俺は右手に魔力を集めて小さめの魔力弾を作ると、合計4発撃ち出します。
飛んでいった魔力弾は、正確に相手の手元と眉間に着弾しました。
あっさりとナイフと瓶を弾き飛ばされて、気絶させられた男達は一呼吸置いてからドサリと床に崩れ落ちました。
さて、ダリルさんの方はと言えば……
こっちも瞬殺ですね。
うん、剣も抜かずに素手だけでしばき倒してます。
俺は腕に魔力強化を発現して、自分が倒した男を引きずってダリルさんの所に連行します。
ダリルさんはソイツらをひとまとめにすると、どっかりと椅子に腰を下ろします。
「騒がせてスマンな。自警団を呼んでくれるか?それと、エールを1杯頼む」
ダリルさんは店員のねーちゃんに、金貨を1枚弾いてそう言い放ちます。
「アーサー、先に部屋へ戻っていろ。俺はこいつらを自警団に突き出してから戻る」
俺にそう言って、運ばれてきたエールをダリルさんはグビリと煽りました。
やれやれ、初日からこれでは先が思いやられますね。
俺はそんなことを考えながら、階段をのぼり部屋に向かいます。
ん?
何か魔力探知に変な反応がありますよ?
そっと部屋に近づけば、何者かの気配が感じられます。
こっちが本命なんでしょうかね?




