48.再び鍛冶屋に潜入です
お宝って、ある所にはあるものですね。
わらしべ長者的に、とんでもない物をもらってしまったアーサー君です。
土産を渡して剣を貰ってからは、いつもの通り玄関先で魔法の練習をさせてもらいました。
ここは広いし、壁に防御魔法が組み込んであるらしく、高魔力の魔法ぶっ放してもビクともしません。
っと言いつつ最近はあんまり派手な魔法は使わずに、新しい魔法や属性の組み合わせなんかが中心で、あんまり魔力は使っていません。
秘密の練習場もいい環境なんですが、人目がありますので、ヤバイ魔法を研究するには都合が悪いんですよね。
ヴェーラさんは練習中、気が向くとフラッと現れてアドバイスしてくれたり、魔法を教えてくれたりします。
まあ基本は放置ですがね。
そんな訳で、いつもの通りに練習をしてから、帰り際にチラッと挨拶をして、早めに森を抜けました。
ヴェーラさんはと言えば、ソファに横になって怠惰に酒をかっ食らってましたよ。
「小さい体で飲む酒は、周りが早くて効くのじゃ!」とか、末期的な独り言が聞こえましたが、スルーしましょう。
さて、帰り道は少し歩きます。っというのもヴェーラさんから貰った例のブツの扱いについてですよ。
「鋳潰して新しい剣の材料にするのじゃ」 と言われたんですが、果たしてそれでいいのかと、悩むわけです。
現状お金には困ってないのですが、もしこれを売っぱらえば領内の改革や、財政問題は一気に片付く訳です。
しかし、出処を聞かれた場合、困ってしまうのも確かなんですよね。
まさか、ヴェーラさんの存在をバラす訳にも行きません。
そんな事をしたらカネに目が眩んだ馬鹿が、ヴェーラさんのねぐらに突撃して不興を買ってしまいます。
下手すれば怒った彼女に、領都を吹き飛ばされるかもしれません。
それならば、彼女の言うとおり鋳潰して刀にしたほうが、よっぽど隠しやすいとも言えます。
問題はコイツの加工ですね……
エルモさんの工房に持ち込むしかないんですが、情報がもれると大変なことになります。
それにミスリルは問題なく加工できましたが、オリハルコンとなれば、それも未知数ですね。
これは早々にエルモさんに相談するほうがいいでしょう。
エルモさんに加工が無理って事になったら、改めてヴェーラさんに相談してみるしかないでしょうね。
よし、そうと決まれば、早速エルモさんの所を経由して帰るとしましょう!
俺はテクテク歩いていた所から徐々に走り出し、そこに魔力強化を加えてどんどん速度を上げていきます。
ええ、走るのはもう馬並みに早いですよ。魔力の続く限り息も切れませんしね。
そうしてあっという間に町の中まで到達すると、今度は逆に魔力を消して、素早く武器屋の裏口に回っていきます。
わずかに戸口を開いてスルリと中に滑りこむと、周囲を見回します。
この時間はもうすでに火造りの工程は終わっていますので、エルモさんは仕上げや細工を行う自分の工房に引っ込んでいるはずです。
勝手知ったる何とやらですので、誰にも会わずに工房の中まで入れました。
控えめに扉をノックすると、わずかに間があってから「入れ!」と低い声がひびきます。
この声は何か細工や細かい作業をしている時の声ですので、俺は極力それを邪魔しないように静かに入り込みます。
するとエルモさんは、細いノミで特注の剣に彫金を施しているところでした。
ひとしきり小さな金槌とノミが一定のリズムで動き、複雑なツタの文様が彫られていきます。
区切りのいいところで顔を上げたエルモさんは、俺の顔を見て意外そうな表情で口を開きました。
「なんだ、アーサーじゃないか。こんな時間に尋ねてくるなんて珍しいな。
まさか酒でも一緒に飲もうって訳じゃないだろう?どうした?」
「いや、俺の剣を打つ件で、ちょっと内密の相談がありまして」
俺がそう切りだすと、エルモさんは手に持っていたノミを道具入れに戻して、こちらに体を向けてくれます。
エルモさんは他の職人さんや大人達とは違い、話があると言えば決してそれを鼻で笑ったりせず、真摯に聞いてくれるんですよ。
その辺が信頼できるんですよね。
いや、領地の開拓や新製品の開発をしようと奔走していた時は、手柄を横取りしようとしたり、話も聞いてくれない大人もいましたからね。
そんな人達はトラウマになるまで追い込むか、領主権限でむりやり言う事を聞いてもらいましたが……
領主の命令って便利ですよねー!
忙しい時を見計らって、署名マシーンと化していた父様の書類に紛れ込ませて……ゲフンゲフン
おっと、話がそれました。
俺は静かに頷いて、空間魔法から例のレイピアを取り出してエルモさんに手渡します。
一瞬怪訝そうな顔をしたエルモさんでしたが、黙ってそれを受け取ると手元のランプにかざして、レイピアを観察しています。
ジジッと、ランプの芯が燃える音が、静かな室内にやけに大きく聞こえますよ。
手に持った瞬間からエルモさんの表情が変わりまして、ランプの明かりに透かして食い入るようにレイピアを凝視してます。
まあ、そりゃ国宝クラスの剣ですからね。驚くのも無理ありません。
「俺もずいぶん長いことこの仕事をしているが、こんな業物を見たのは、師匠の所にいた時に一度だけだな」
机の上にゴトリとレイピアを置き、深い溜息をついてから俺の方に、真剣な眼差しを向けてきました。
「それでこの大層な代物、どこで手に入れた?」
「大森林の奥で、偶然発見しました」
まさか古代竜の友人から酒のお礼に貰ったとは、口が裂けても言えませんね。
「なるほどな。アーサーが人目を避けてまで俺の所に来る訳だ……」
エルモさんは少し考えてから、レイピアに布をかけて隠すと、大声で叫びました。
一瞬、エルモさんまでレイピアの価値に目が眩んだのかと、ドキリとしてしまいました。
「おい、誰かいないか!?」
その声にいつもの弟子さんがパタパタとやって来まして、扉をノックしてから入ってきます。
エルモさんは鍛冶で鍛えた腕力こそありますが、それほど腕が立つ訳じゃありません。
それに弟子さんだって、普通の町人ですから2人まとめてかかってきても、余裕でレイピアを奪還して逃げることは可能です。
俺が少し身構えて、腰を浮かすとエルモさんがそれに気づいて、目で訴えてきます。
「親方、何がありましたか? おや、アーサー様もう帰られたのでは?」
俺はわずかに黙礼だけして、2人との間合いを測りつついつでも動ける体制を維持します。
「なに、ここ最近ずっと忙しかったからな。お前が引率して下の連中を、飯にでも連れて行ってくれ」
そう言ってエルモさんは懐から銀貨を何枚か出して、弟子さんに手渡しました。
「えっ、どんな風の吹き回しですか! こりゃ明日は大雨でも降るんじゃ……」
「うるせぇ、俺の気が変わらないうちに、さっさと行って来い!」
そう言って拳を振り上げたエルモさんの大声で、弟子さんはさっと踵を返して、あっという間に見えなくなりました。
遠ざかる足音を聞いてから、エルモさんは改めて口を開きます。
「これで余計な奴らは消えたわい。オリハルコンに関する話は、ドワーフの中でも秘中の秘だからな」
そう言って口の端を吊り上げて不敵に笑います。やだ、このひげモジャのおっさんカッコイイ!
俺もエルモさんの意図がわかって、ほっと一息ついたのがわかったらしく、改めてエルモさんが口を開きました。
「オリハルコンの精錬はかなり難しい。神銀とともにその採掘や精製の技術は、未だにわかっていない。
だが、迷宮や古代の遺跡からはインゴットやオリハルコンの装備が出てくることがある。
それらを鍛える技術は、ドワーフの中でも大ぴらには伝わっておらんが、一人前の鍛冶師と、一流の魔術師が必要不可欠だ」
各所に点在するダンジョンや古代の遺跡は、冒険者の格好の稼ぎの場になっているらしく、よく父様から話を聞かされましたね。
なんでも父様は黄金と神銀のインゴットまでは、冒険者時代に見つけたことがあるらしいです。
父様と母様の婚約指輪は、なんでもその時に見つけた神銀製らしいですよ。
わが親ながら、なんだかあまりのイケメンの格好いい所業に、前世を思い出して、やさぐれそうになってしまいましたよ。
「それで、エルモさんは加工できるん……ですよね?」
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる!」
そう言って自分の胸を、でっかい拳でドンと叩いたエルモさんは、なんだかすごく頼もしく見えますね!
「ただ、さっきも言ったように、オリハルコンの加工には魔力が欠かせん。そこで……」
「俺の出番ですね」
「そういう事だ。人払いも済んだ。今夜のうちに一気に火造りを終わらせてしまうぞ」
「すみません、午前に続いて無茶な注文押し付けてしまって」
「気にするな。ドワーフってのは、自分の魂が騒ぐような仕事と、酒には目がないんだ。
1日のうちに、そんな仕事が2度も訪れるなんて、ドワーフ冥利に尽きるわい!」
そう言ってエルモさんはガハハと、豪快に笑い出しました。
こりゃ、今夜は遅くなりそうです。
俺とエルモさんは、頷きあってから揃って鍛冶場に歩いて行くと、ちょうどさっきの弟子さんが工房の人達を連れて食事に出るとことでした。
約一名何か土下座してますが、見なかったことにしましょう。
俺は弟子さんを捕まえて、俺の小遣いの中からも、何枚か銀貨を出して握らせます。
「いつもお世話になってますから、これは俺からです。
それと、途中で騎士団の人に、姫様の剣について打ち合わせしているから、帰りが遅くなると伝えてもらえますか?」
銀貨を握りしめて、俺の話を聞いた弟子さんはすごくいい笑顔で了承してくれました。
うん、お金の力って凄いですね。
工房の人達を見送ってから、俺とエルモさんは揃って工房に入ります。
「それじゃ、始めるとしよう」
俺も大きく深呼吸すると、大きく頷いてそれぞれの持ち場につきました。
さあ、頑張りましょうかね。




