46.エルモさんと打ち合わせです
はい、和やかな朝食が、一転して修羅場になりかけたアーサー君です。
いやはやエリカは可愛いんですが、ゲットするにはボス戦が待ち構えてそうで、ビビりますね。
屋敷を出た俺は、そのまま坂を下りまして領都の町へ出かけていきます。
嫌なことはサクッと終わらせてしまいたいので、今日中に武器屋でエルモさんと打ち合わせて、早々に剣を仕上げてしまおうと考えています。
剣さえ送ってしばらくすれば、母様が手紙を送ってくれたようですから、この話題も沈静化するでしょう。
ああ、そう言えば説明していませんでしたが、母様はハワース辺境伯家の縁戚に当たるそうです。
と言うか、現当主の異母兄弟で面識もあるそうでして……
なんでも第二婦人の長女として母様が生まれたそうですが、政略結婚の駒として扱われるのを嫌い、王都に出たそうですよ。
魔法の才能があった母様は、高等魔法学園から宮廷魔術師団への入団が決まっていたそうです。
ですが、そこで父様と出会い安定した宮廷仕えを蹴ってまで冒険者として活動したのだそうです。
母様曰く、 「だって、チェスターったら私がいないと、何しでかすか分からないんですもの!」 だそうです。
はいはい、ごちそうさまです。
相変わらずラブラブなご様子で、この調子だと近い将来、兄弟の顔が見られるでしょうね。
まあ、王都の宿屋でギシアン始まった時は、さすがに壁ドンしようかと思いましたけど……
そうこうしているうちに、いつもの武器屋が見えてきました。
だいぶ儲けたんでしょうね。今では表の商店のスペースは建て替えしてまして、ずいぶん立派になっています。
俺は朝が早いにもかかわらず、すでに買い物客がチラホラ見える表には回らずに、裏手に直行します。
以前、俺が切り倒しちゃった壁を修復する時、ついでに勝手口を作ってもらったので、あの面倒な土下座店員の相手をしなくて済みます。
っと、思ったら裏木戸をくぐった瞬間に、遠くのほうで『ズサッ!』っという音が聞こえてきます。
『主任、いきなり土下座なんかしてどうしたんですか!?』
『いや、何故かは知らないが、体が勝手に動いたんだ……!』
どうやらあの店員さんは遺伝子レベルで、あの妙技が刷り込まれているみたいですね……
気を取り直して工房に入ると、すでに見習いの人達が材料の搬入や下準備で忙しく動きまわっています。
「おはようございます。エルモさん、もう出てますか?」
俺は前から務めているエルモさんの弟子を見つけて、声をかけました。
この人も今では部下として見習いを置くぐらいに成長してまして、今では量産品の割り込みの剣を担当しています。
「ああ、アーサー様、おはようございます。エルモさんならもうすぐ……」
そう言いかけたら、ちょうどいいタイミングで奥の部屋から、エルモさんが出てきました。
ここも最初は職人さんの休憩小屋だったんですが、今では住み込み職人の部屋になっています。
「おお、アーサー、王都から戻ったか! はて?今日は手伝いの予定じゃなかったと思うが?」
俺は空間魔法から酒瓶を数本取り出しまして、エルモさんに手渡します。
「これ王都の土産です。ウチの執事の目利きですから、間違いないと思いますよ」
俺の言葉を聞いてエルモさんは、ニヤッと笑ってからそれを弟子の一人に渡しました。
「おう、俺の部屋に持ってけ。ちょろまかしたら、背中に鋳鉄流しこむからな!」
おおぅ、ドワーフの酒への執念は凄いっすね。
その迫力にちょっとビビりつつも、俺は今日の用件を切り出しました。
「いや、実は王都に行った時に王女様から、剣を頼まれまして……」
そう言って俺は、あちこち細部をぼかして事の経緯を説明しました。
俺の話を半ば呆れつつ聞いていたエルモさんは、「まあ、おまえだからな」 と、短く言って勝手に納得してしまいました。
なんでしょう? 一応領主の息子で貴族のはずなんですが、扱いが軽い。
でも日頃の行いを顧みると、言い返せない。悔しい!
「それで、その姫様ってのは、どんな剣を使ってどのくらいの体格だ?」
エルモさんは、俺の扱いについてはスルーして、早速剣の話題に食いつきます。
うん、いいんだ。別に悲しくなんてないもん!
「姫様の体格は俺より少し低いぐらい。筋力は女の子にしちゃかなりの力ですよ。
手を握った感触では、かなり修練を積んでますね」
「ほほう、噂には聞いていたが、そこまでお転婆な姫様だったか」
俺はミレイア様の戦闘スタイルや、感じた事を素直にエルモさんへ伝えます。
本当なら本人に会って色々と話すのが一番いいんですがね。
さすがに王族に気軽に面会はできませんし、何より俺が王都に行くのはしばらくゴメンです。
エルモさんは俺に話を聞きながら、少し唸って石版に炭の欠片でカリカリと、長さやら諸元を書き出していきます。
「ふむ、剣ではなくて刀が欲しいって事でいいんだよな?」
「ええ、ミレイア様の腕なら問題なく使いこなせると思いますよ?」
「仕様についてはどうする?装飾を多めにして普通に鉄で打つか?」
「いえ、あの姫様の性格ですから、装飾は最小限にして実用重視で行きましょう」
そう言って俺は、諸元の所に自分の脇差しと同じように、魔光銀とミスリルの割り込みと書き込みます。
「意匠を凝らすなら、刀身よりも鞘や鍔に……」
「なら、鞘は朱塗りで……」
俺とエルモさんは周りそっちのけで、新しい刀の仕様について検討を重ねます。
こういう時間は楽しいですよね。それに、エルモさんはさすがに熟練の鍛冶師だけあって、ポンポンと仕様が固まってきます。
「おい、誰か紙を持ってこい!この石版を書き写せ!」
ガシガシと書きなぐられた石版は、すでに9割方埋まってます。
「そう言えば、アーサー。お前の背も伸びてきたんじゃないか?
そろそろ新しい刀を、考えておいたほうがいいんじゃないか?」
弟子さんがエルモさんの難解な殴り書きを書き写す間に、一服つけたエルモさんが、そんな事を言い始めました。
言われてみれば確かに、8歳になりまして身長も130を超えた所ですね。
今使っている脇差しは、まんま脇差しサイズで、一尺五寸(約45センチ)で作ってもらいました。
身長を基準に考えると、そろそろリーチ的には厳しくなってきましたね。
まあ短くても魔力を込めて切り飛ばせば、距離はあんまり関係ないんですが……
でも刀だけで純粋に切り結んだ時は、流石に不味いかもしれません。
俺は少し考えてから、エルモさんに切り出します。
「そうですね。俺の背も伸びてきましたから、ぼちぼち考える必要があるかもしれません」
「ふむ、それならこの姫様の刀を打ったら、お前の得物を打つ事にするか」
ぷかりとキセルの紫煙を吐き出しながら、エルモさんがそう言い出しました。
「いいんですか?工房も忙しいんじゃないんですか?」
すでに領内どころか、王国中に名がとどろいているこの武器屋のバックオーダーは、かなりのものです。
特注の剣なんて1年待ちとかいう話も、小耳に挟んでいますし。
「なに、店のことは気にするな。それにな……
お前が手伝えば、すぐに終わるだろう?」
おおぅ、バイト追加です。
いや、俺も父様に比べるとそんなに量はないんですが、仕事たまってるんですが……
「よし、それじゃ、すぐに取り掛かるぞ!」
しまった!逃げ場を塞がれてしまった!
期せずして、本日は鍛冶仕事になりそうです……




