41.もしかするとピンチ?
はい、明るい未来が突如として暗転した気分のアーサー君です。
やり過ぎたかもしれません。いや、スミマセン。やり過ぎました……
ドサッと倒れた姫様に皆が走り寄っていきます。
「ミレイア様!」
女官さんが、慌てて駆け寄って姫様を揺さぶろうとしますが、騎士さんの鋭い声がそれを制止します。
「動かすな!すぐに治療魔法の使い手を呼んでこい!」
先ほどまでのすまなそうな顔から一変して、ひどく真剣な顔で姫様に駆け寄った騎士さんが、女官さんに指示を出します。
いや、とっさのことだったので反射的に迎撃してしまいましたので、結構いい一撃を入れてしまいました。
姫様は魔力強化を発動していましたから、致命傷になったりアバラが折れたりはしていないと思いますが、何事にも万が一はありますからね。
俺は姫様に近づくと木刀を横において、片膝をつきながら手をかざします。
うん、呼んでこなくても治療魔法の使い手はここにいますので。
不意打ちへの反撃とはいえ、自分がやった事ですからね。
自分のおしりは、自分で拭かなけりゃなりませんよね。
それも、ウォシュレットをかけたうえで入念に拭いて、しょうこいんm……ゲフンゲフン。
そんな訳で、聖属性の魔法を展開して異常箇所を探していきます。
属性魔法や無属性は、どういう理論なのか判りませんが、体を透過することはないのですが、聖属性は素直に人の体に入っていきます。
この性質を利用して、右手と左手の間に聖属性の魔力を通すと、『魔力の乱れ=具合の悪い箇所』が、感覚的に把握できるんですね。
まあ、これまでさんざん騎士団の稽古で自分の体と、ダリルさんにボコボコにされた騎士達を治療していますので、かなり経験は積んでいます。
骨折なんかも痛みが残るので、その日のうちは安静にしなきゃいけないけど、即日くっつけますよ。
これを聞いて喜んだのは、他でもないダリルさんなんですけどね……
ダリルさん曰く、「それなら、稽古で多少無茶をしても問題がないって事だな」とか言って、暴力のレベルがアップしましたから。
うん、あの時のダリルさんの嬉々とした表情と、騎士達の絶望的な表情は今でも忘れられませんね。
もっとも、そのおかげで俺も含めて、みんな必死になりましたから、そのおかげで強くなれた部分もあるんですけどね。
ダリルさんの暴力がレベルアップしたあの日、稽古が終わった後のみんなの表情は、遠い目をした抜け殻そのものでしたから……
さて、姫様の具合ですが…… うん、頭を打ったり骨折や内蔵損傷なんかはなさそうですね。
それでもやっぱり、木刀が当たった箇所を中心にして、かなり打ち身がありますので、ここは治療しておきましょう。
次は魔力を流して判明した治療が必要な箇所に、集中させる形で魔力を循環させていきます。
理屈は判りませんが、こうして聖属性の魔力を患部に流し込んであげると、急速に回復していくんですよね。
それと、自分に回復魔法をかけてわかったんですが、筋肉の疲労や筋肉痛は、ごく弱めに回復魔法を流してやると
痛みの軽減や超回復の促進につながるみたいです。
これは一般には知られていないみたいで、母様から「秘密にしておきなさい」と倉庫内で『優しく』教えてもらいました。ヒュン!
よしよし、だいぶ魔力を流したので患部は跡形もなく回復したみたいですね。
「これで、大丈夫だと思います」
「アーサー殿、貴方は一体……」
俺は一息つきながら騎士さんにそう告げて、姫様の肩を軽く叩きました。
騎士さんがなにか言いたげですが、ここは処置を優先しましょう。
俺が肩を叩いた事で、少し苦しそうにまゆをしかめた後で、うっすらと薄目を開けやがて意識が覚醒します。
キョロキョロと周囲の状況を確認した姫様は、記憶を確かめているのか、少し考えた後で俺の方に視線を向けてきました。
「私…… 負けたのね」
その言葉に俺は何も答えず、ただ黙っていましたよ。
だって、姫様に勝ちましたとか口走ろうものなら、ソッコー再戦を挑んできそうじゃないですか!
「はい、姫様は完膚なきまでに叩きのめされましたよ」
俺のかわりに口を開いたのは、姫様が意識を取り戻したことに安堵していた騎士さんでした。
その顔は姫様の身を案じる従者としての心配顔ではなく、王国騎士団に属する騎士としての顔でした。
すごく真剣にそう言った騎士さんの顔を見て、姫様は「はぁ……」と小さくため息をつき、再びこちらに視線を向けてきます。
「負けちゃったみたいね。貴方、強かったわ……」
そう言ってそれまでのバトルジャンキーな表情から一転して、年齢相応の笑顔を俺に向けてきました。
くそっ、不覚にも萌えてしまったじゃないか!どんなツンデレキャラだよ!
「ミレイア様、お加減は?」
騎士さんが表情を崩さないまま、姫様に尋ねますが、当の本人キョトンとしております。
そりゃそうでしょう。気合入れて回復魔法かけましたからね。痛みすらないと思いますよ?
「別になんともないわ。倒れる前には確かに、胴を撃ち抜かれた痛みがあった、はずだったんだけど……?」
それを聞いて少しだけ安堵した表情を浮かべた騎士さんは、コホンと小さく咳払いをしてから姫様にお説教を落とします。
「しかし、最後の不意打ちはいけません。騎士道に悖る《もとる》振る舞いです。
奇襲が一概に悪いとは言いませんが、互いに約束事を決めた勝負において不意打ちは騎士のする事ではありませんよ」
それを聞いた姫様は、一瞬顔を曇らせてから反論しようとしたのか、息を吸い込みましたが諦めたように舌鋒を引っ込めます。
「わかってるわ。ついカッとなってしまって、あんなに簡単に1本取られるなんて、思っても見なかったから」
そう言って騎士さんの手を借りて上体を起こした姫様は、こちらに向いて手を差し出してきました。
「強いわね。私と同い年って聞いてたけど、私の周りでは年上の従卒達にも負けないのに」
そう言って握手をすると、なるほど姫様という印象には程遠いような剣ダコが手にできています。
これはよっぽど修練を積んでいるんでしょう。
まあ、俺もそれ以上にボコボk……ゴホン、修練を積んでいますから、お互い似たような手ですね。
姫様も握手をしてそれが分かったんでしょう。一瞬だけ手のひらに視線を落としてから、ニッコリと微笑んでくれました。
強敵を倒すと友になるとか、どんな少年漫画的な設定かと言いたくなりますが、なんだか姫様には似合うような気がします。
「貴様!いくら稽古とはいえミレイアに剣を打ち込んで、あまつさえ王女たる身を地に倒すとは、叛逆罪だぞ!」
なんとか、綺麗に丸めこn…… まとまったと思ったら、なんかわめいているのが1匹いますね?
見れば勝負の間、空気だった小便小僧君じゃないですか。
って、よく考えればコイツ誰?
「ディボ、控えなさい。アーサーは仮にも私から勝負を挑み、それを正々堂々と受けて私を打ち倒したのだから、何の問題もないわ」
「いえ、そうは行きません!ここで貴族の範たる私が王家への叛逆を見逃したとあっては、諸侯に示しがつきません!
この件は、すぐにでも高等法務院に諮って、しかるべき責任を取らせるべきです!
アラン殿!すぐに此奴を捕縛して下さい!」
なんだか、物騒な単語がポンポン飛び出しまして、せっかくまとまりかけた話を蒸し返してくれてますよ。
俺はちょいと小首を傾げて、状況が読めないってジェスチャーをしたら、姫様が小声で耳打ちしてくれました。
いやん、くすぐったい。……って、そうじゃない。
「あいつは、ティボ・ハワース ハワース辺境伯の長子で、残念ながら私の婚約者なの。
でも、私が勝負を挑んでものらりくらりと避けてるヘタレなのよ。正直ウザいヤツ」
ああ、なんかめんどくさそうです。
って事は、俺はもしかすると有力な辺境伯家の息子で、将来王族入りが内定してるヤツにちょっかい出したって事か。
んで、更に婚約者の前で恥をかかされて……
あれ?もしかして俺ロックオンされた?もしかして、コイツのゴリ押しが通ったら、牢獄ないし処刑台こーす?
もしかして、今ピンチ……?
流れ的にちょい短め(´・ω・`)




